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海外「あんなに素敵な人がお父さんだったなんて、あなたは運がいいね」何年経っても消えない一言…

海外「あんなに素敵な人がお父さんだったなんて、あなたは運がいいね」何年経っても消えない一言… 人間関係・恋愛

誰かが何気なく口にしたひとことが、なぜか十年、二十年と頭の中に居座り続けることがある。r/AskRedditに「何年経っても忘れられない一言って何?」という質問が立ち、576件の返信が集まった。父を亡くした直後に見知らぬ人からかけられた言葉、床屋のおじさんが唐突に語り出したトイレットペーパー理論、そして親から浴びせられて二十年消えていないひとこと。刺さり方の方向は、驚くほどバラバラだった。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
父が亡くなったあと、実家の配管工のおじさん——名前も知らない人だったんだけど、その人にこう言われた。「あんなに素敵な人があなたのお父さんだったなんて、あなたは本当に運がよかったね」。他の人はみんな「ご愁傷さまです」だった。その一言で初めて、ああ、自分は運がよかったんだ、と気づいたんだよ。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
これはわかる。葬式でかけられる言葉って、結局は全部「お悔やみ申し上げます」の言い換えなんだよね。悪気なんてないし、こっちも同じ顔で頷くしかない。だからこそ、その定型から半歩だけ外に出た言葉は、残り方がまるで違う。

3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
うちは逆パターンで、母の葬儀のときに近所の人から「まあ、長かったからねえ」と言われて、二十年経った今もそこだけ引っかかってる。同じ定型外でも、外れる方向を間違えると一生刺さったままになる。あなたの配管工さんが当たりで本当によかったよ。

4. 名無しのReddit住民
「一日は長い。なのに一年は短い」。聞かされたのは自分がまだ二十代の頃で、当時は正直ピンとこなかった。今は毎年12月になると、頼んでもいないのにこの言葉が勝手に頭の中で再生される。

5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
子どもができてから意味がわかった。夜泣きに付き合ってる一晩は永遠かと思うくらい長いのに、気がついたらもう抱っこできない大きさになってる。育児中の人間にとって、あの一文はほとんど凶器だと思う。

6. 名無しのReddit住民
「一時の感情で、取り消せない決断をするな」。これは本気で自分の中に残った。仕事を辞めるのも、人間関係を切るのも、髪を全部落とすのも、夜のうちに決めたやつはだいたいロクなことにならない。

7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
うちの職場に「午前2時に書いたメールは午前9時にもう一度読み返してから送る」という縛りを自分に課してる先輩がいて、あれは完全に正しい。夜中の2時の自分は他人だと思っておいたほうがいい。

8. 名無しのReddit住民
「みんな人生は一周目なんだから、もう少しお互いに甘くしていい」。これを聞いてから、レジで手間取ってる人にイラッとする回数が本当に減った。誰も予習してきてないんだよ、この人生。

9. 名無しのReddit住民
高校の公民の先生が言っていた。「同じ部屋に誰かがいて、その人の言うことを一つも疑わずに信じている自分に気づいたら、その人はあなたにとって世界で一番危険な人間だ」。最近はニュースを見るたびに思い出す。

10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
言いたいことはわかるんだけど、何もかも疑ってかかる生き方もそれはそれでしんどいよ。うちの親父がまさにそのタイプで、医者の説明すら半分しか信じないから処方された薬を飲まない。結局は程度の問題だと思う。

11. 名無しのReddit住民
高校生の頃、デートに出かけようとしてる俺に親父が言った。「気をつけろよ。気をつけられないなら、せめて安全にやれ。安全にできなかったら、生まれてきた子には俺の名前をつけろ」。二十年経っても一字一句そのまま覚えてる。

12. 名無しのReddit住民
「お前には無理だ、と言ってくる人間は、たいてい自分ができないだけだ」。これを教わってから、他人の断言を額面どおりに受け取らなくなった。あれ、こっちの限界じゃなくて向こうの限界の話をしてるだけなんだよね。

13. 名無しのReddit住民
連れ合いを亡くして二週間ほどのとき、いとこの結婚式に招かれた。大好きないとこなのに、出席することを考えるだけで本当に気分が悪くなった。そのとき、当時69歳だった父——父自身も2002年に連れ合いを見送っている——が、ひとことだけ言った。「『行かない』が、いちばん前向きな返事になることもあるんだよ」。その瞬間、自分に欠席する許可を出せた。あれから何年も経つけれど、父はいまだに私の相談役でいてくれている。

14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
断ることを前向きな行動として言い換えてくれる人、人生に一人はいてほしい。自分は誰かの誘いを断るたびに罪悪感で三日くらい引きずるタイプだから、その一文はメモ帳に保存した。

15. 名無しのReddit住民
十代の頃、自分が書いた詩を父に見せたときに返ってきた言葉。「お前には、俺には一生見えないやり方で世界が見えてる。それを誰にも手放させるな。とくに俺にはな」

16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
最後の「とくに俺にはな」が効きすぎる。自分がいつか子どもの邪魔をする側に回るかもしれない、と先回りして認めてる親なんて、そうそういないよ。いいお父さんだ。

17. 名無しのReddit住民
祖父の家で週末を過ごしたことがある。あとから考えると、たぶん祖母の命日と重なっていたんだと思う。その日はずっと祖母の話をしていた。会話が途切れたとき、祖父がぽつりと言った。「この世でいちばん寂しいのは、自分ひとりだけが誰かを愛してる状態だよ」。誰のことを言ってるのか、聞き返すまでもなかった。

18. 名無しのReddit住民
16歳のとき、母に言われた。「あんたは父親よりひどくなる。18でヘロイン漬け、20で死ぬよ」。今32歳。意地だけで一族の誰よりまともな暮らしをしてる。持ち家、それなりの貯金、住宅ローン以外の借金なし、大学も出た。今は自分の家族を作ってるところ。ちなみに自分は法律上の全盲で、障害の認定も受けてる。それでもだ。あの二人がくれなかったものを、自分の子どもにはやるつもりでいる。

19. 名無しのReddit住民
「お前に友達がいるのは、みんながお前をかわいそうだと思ってるからだよ」。12歳のときに言われた。当時、母は脳出血で人工呼吸器につながれてた。言った人間の顔と声だけ、いまだにはっきり再生できる。

20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
うちは母だった。2002年、14歳のとき。父の浮気で離婚の話が進んでる時期で、母が勝手に俺の部屋を漁って物を捨てたから怒鳴ったんだ。そうしたら「そういうところ。だから私はあんたを愛せないの。父親そっくり」。それだけ言って部屋を出ていった。二十年以上経つけど、あの一文だけは消えない。

21. 名無しのReddit住民
高校生のとき、スーパーで袋詰めのバイトをしてた。うちの店は少し高級な部類で、車を横付けするとスタッフが荷物をトランクや後部座席まで積んでくれるサービスがあって、年配のお客さんがよく使ってた。ある晩、その担当に入っていて、暇な時間帯に年配の女性が車で来た。言われたとおり後部座席に荷物を置いたら、その人が俺の手を取って、目をまっすぐ見て「あなたは、かけがえのない人よ」と言った。それから笑って走り去っていった。落ち込んだときは今でもあれを思い出す。もう15年前の話。

22. 名無しのReddit住民
1987年、高校のパンクバンドでベースを弾いてた友人が、俺の人生で一番賢いことを言った。新曲を持っていったんだけど、15、6歳の四人組にしてはやたら凝った構成で、途中に長ったらしいギターソロが入るやつだった。それを説明してたら、そいつが遮ってこう言った。「みんなが覚えてるのはシンプルな曲だけだよ。バーベキューでイングヴェイ・マルムスティーンをかけるやつなんかいない」。あれから40年、今は古いフォークを弾いて食っていて、作詞作曲の集まりも主宰してる。月に一度は必ずダンの名前を出して引用してるよ。安らかに、友よ。

※ イングヴェイ・マルムスティーン — スウェーデン出身のギタリスト。超高速の速弾きで知られ、技巧を突き詰めた曲風の代名詞的存在。「聴き流す音楽の対極」のたとえとして持ち出されている。

23. 名無しのReddit住民
初めて管理職になったとき、先輩に「お前が抱える問題の8割は、部下の2割から出てくる」と言われた。何年経ってもこれが外れたことはない。新しい職場に移るたび、その2割が誰なのかを見極めるのが最初の仕事になってる。

24. 名無しのReddit住民
自動車教習の先生の言葉。「墓石に『彼には優先権があった』と彫ってもらうことはできるよ。それが望みならね」。教習を受けたのは1988年の秋。以来ずっと頭の隅に置いてある。

25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
うちの親父が運転を教えてくれたときは「どんなときも自分に逃げ道を残しておけ」だった。防御運転の本質そのものなんだけど、そのまま人生の助言としても通用するのがずるい。

26. 名無しのReddit住民
最初に世話になった不動産屋は正直かなりダメな人だったんだけど、一つだけ「真ん中に黄色い線が引かれてる道沿いの家は買うな」と言われて、それだけは物件を見るたびに今でも思い出す。

※ アメリカの道路では、中央の黄色い線が対向車線との境界を示す。つまり黄色線のある道=生活道路ではなく通り抜けの交通がある道で、車通りと騒音が多くなりやすい、という意味。

27. 名無しのReddit住民
みんなの話が良すぎて申し訳ないんだけど、自分が人生で一番何度も反芻してる一文は「ミトコンドリアは細胞の発電所である」なんだ。あの授業の内容は他に何ひとつ残ってないのに、これだけは死ぬまで消えない気がしてる。

※ 英語圏の学校で生物の授業に必ず出てくる定型句。「習ったことは覚えているのに、人生で一度も使い道がない知識」の代表としてネット上でネタにされ続けている。

28. 名無しのReddit住民
「愛はおならと同じだ。無理して出そうとしてるなら、それはたぶんクソだ」。品はまったくないけど、これ以上に正確な恋愛アドバイスを聞いたことがない。

29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
うちの祖母の助言も同じ路線で、「陰口を言われてる気がしたら、その場でおならをしなさい」だった。理屈は今もまったくわからないんだけど、たしかにその場は解散する。

30. 名無しのReddit住民
18歳のとき、床屋のおじさんが何の脈絡もなく言った。「人生はトイレットペーパーみたいなもんでね、終わりに近づくほど減りが早くなるんだ」。今34歳。しょっちゅう思い出す。というか、ロールが軽くなるたびに思い出してる。

まとめ

読み進めていて気づくのは、何年も残っている言葉のほとんどが「相手を変えてやろう」として発された言葉ではないことだ。配管工のおじさんも、床屋も、スーパーに来た年配の女性も、誰かの人生に十年単位で居座るつもりなんてなかったはずだ。定型の慰めや世間話から半歩だけ外に出た一言が、たまたま受け手の急所に当たっただけである。そして厄介なことに、この仕組みは悪い方向にもまったく同じように働く。12歳や14歳のときに親から浴びせられた一文が二十年消えないのも、言った側がとっくに忘れているという点まで含めて同じ構造をしている。言葉は刃物にもお守りにもなるが、どちらになるかは言った本人には選べない、ということなのだろう。皆さんが何年も覚えている一言は、誰の、どんな場面のものですか?

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