「本当に、いちばん過酷な人生を送った有名人は誰だと思う?」というお題に、1,000件を超える回答が集まっていた。名前だけなら誰もが知っている人ばかりなのに、その裏側までは意外と知られていない。読んでいると、有名になることと幸せに生きることの間に、ほとんど何の関係もないことが分かってくる。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
フィンセント・ファン・ゴッホ。人生の大半を精神科の施設に入ったり出たりして過ごして、生前に売れた絵はたった1枚。37歳で自ら命を絶った。今は世界中の美術館の目玉になってる画家が、だよ。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
去年アムステルダムのゴッホ美術館に行ってきたんだけど、彼が画家になったのは牧師になれなかった後だったって、そこで初めて知ったよ。いちばん胸に来たのは、自分の腕と才能に対する自信がまるでなかったことだった。それが今では自分の名前のついた美術館を持ってる。ちなみに美術館としても本当に良いから、行く機会があるならぜひ。3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
一番切ないのは弟テオとの関係だな。テオは大人になってからずっと兄と兄の作品を支え続けて、兄が亡くなったときに打ちのめされて、自分も1年以内に亡くなってる。4. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
美術館で驚いたのは、テオの妻だった義理の妹が、二人が亡くなった後に絵を売って世に広めることに、どれだけ本気で取り組んだかという話だった。彼女にとって生活を支える手立てが本当にあの絵しかなかったんだよ。そして実際にやり遂げた。今この画家が知られてるのは彼女のおかげでもある。5. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
生前は友人や店の主人に絵をあげてたんだけど、もらった側はそれを売り払って「このひどい絵の上から塗り直せばいい、キャンバスはまだ使えるから」と説明して売ってたらしい。想像すると本当にきつい。
6. 名無しのReddit住民
暗号エニグマを解いて、事実上連合国側に大戦の勝ちを引き寄せた人物が、その後に自国の政府から同性愛を理由にホルモン投与の処分を受けて、2年後に亡くなった。青酸中毒で、自殺と判断されてる。戦時中の功績が公に認められたのは、死後何十年も経ってからだ。悲劇という言葉では足りない。
※ アラン・チューリング。ドイツ軍の暗号機エニグマの解読で大戦の期間を大幅に縮めたとされる数学者。英国政府が公式に謝罪したのは2009年、恩赦は2013年だった。
7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
去年、恋人とブレッチリー・パークに行ってきた。自分の中ではちょっとした巡礼のつもりで、彼と同僚たちが実際に働いていた場所をこの目で見たかった。行ける機会があるなら本当におすすめする。展示も面白いし、敷地の散歩コースも気持ちがいい。
※ ブレッチリー・パーク=英国の暗号解読拠点だった施設。現在は博物館として公開されている。
8. 名無しのReddit住民
ジュディ・ガーランド。あの人は最初から最後まで削られっぱなしだった。
※ ジュディ・ガーランド=映画『オズの魔法使』でドロシーを演じた歌手・女優。1969年に47歳で亡くなった。
9. 名無しのReddit住民(>>8への返信)
ジュディ・ガーランドは本当にひどい。十代になる前から、起きるための薬と眠るための薬を与えられてたんだよ。しかも映画会社が体重を管理するために、食事をスープと煙草だけにさせてた。あの状態であれだけ長く走り続けたこと自体が異常だと思う。10. 名無しのReddit住民(>>8への返信)
ブリトニー・スピアーズはある意味もっとつらい。こっちは全部リアルタイムで見てしまったからね。しかも手遅れになるまで、誰も止めに入らなかった。
11. 名無しのReddit住民
ちなみにブリトニーの「Lucky」は、ジュディ・ガーランドのことを歌った曲だよ。世界一有名なのに夜になると独りで泣いてる女の子の歌。後から知ると、あまりに出来すぎてて怖くなる。
12. 名無しのReddit住民
マリリン・モンロー。
みんなが覚えているのは華やかさの方だけど、その裏側にいたのは、人生の大半を「捨てられること」と「利用されること」と「人ではなく商品として見られること」に費やした人だった。史上もっとも有名な女性のひとりになったのに、本人が求めていた静かさは最後まで手に入らなかったように見える。
13. 名無しのReddit住民
リタ・ヘイワース。メキシコ系であることを隠すよう求められていただけじゃなく、暴力的な相手との結婚を何度も繰り返して、そのうち何人かには金も持っていかれた。最後はアルツハイマー病で亡くなってる。唯一の救いは、献身的な娘が最後まで介護して、その経験を認知症の啓発に使ったこと。当時はまだそういう発信がほとんどなかった時期だからね。
元夫のひとりだったオーソン・ウェルズは、彼女についてこう言っている。「彼女の人生はすべて痛みだった」。自分が与えた痛みについても深く後悔していたそうで、あの人が自分の振る舞いを後悔することなんてほとんどないのに。
※ リタ・ヘイワース=1940年代ハリウッドを代表する女優。オーソン・ウェルズは『市民ケーン』の監督で、彼女の二番目の夫だった。
14. 名無しのReddit住民
ローズマリー・ケネディが真っ先に浮かぶ。彼女には知的な発達の遅れがあったけど、今の基準ならかなり軽い部類だった。成長するにつれて、今なら双極性障害と呼ばれそうな症状が出て、時々ふるまいが不安定になって問題を起こした。
そこで家族が選んだのが、脳の手術だった。結果として彼女は事実上、生涯赤ん坊のような状態になり、そのまま70年近く生きた。
※ ジョン・F・ケネディ元大統領の妹。1941年に23歳でロボトミー手術を受け、以後は施設で暮らした。1960年代まで家族はその事実を公にしていない。
15. 名無しのReddit住民
ハイン・S・ニョール医師。カンボジアでクメール・ルージュから逃げるために、手術台の上の患者を置いて走らなければならなかった。逃避行の途中で妻を失っている。
それでも生き延びて米国にたどり着き、人生初の演技で映画『キリング・フィールド』に出て、アカデミー賞を受賞した。演じたのは同じくカンボジア出身のジャーナリスト、ディス・プランで、この人もまた尋常じゃない人生を送っている。
これだけのことを潜り抜けたなら、あとは静かに暮らす資格が十二分にあるはずだろ。なのに1996年、米国で強盗に襲われて殺された。55歳だった。
※ 『キリング・フィールド』=1975年からのカンボジア内戦と虐殺を描いた1984年の英国映画。ニョール医師は俳優未経験のまま出演し、助演男優賞を受けた。
16. 名無しのReddit住民
ABBAのアンニ=フリードもここに入れていいと思う。1945年ノルウェー生まれで、父親は占領下に駐留していたドイツ兵。戦後、母と祖母は「ドイツ兵の子」への報復を恐れて彼女を連れてスウェーデンに逃げた。母は2年後に亡くなり、彼女は貧しい環境で祖母に育てられている。
父は死んだと聞かされて育ったのに、実際に初めて会ったのは1977年、32歳、ABBAが絶頂だった時期だ。しかもその対面は報道陣に徹底的に追いかけられた。事務所側が「ナチス」の切り口で書かれる前に、自分たちの筋書きで先に出そうとしたからだよ。彼女は後に父と疎遠になっている。ノルウェーを去るとき母の妊娠を知っていたかどうかについて、嘘をつかれたと考えたからだ。
1998年、娘が31歳で交通事故により亡くなる。その翌年、夫が癌で亡くなる。2023年には、いちばん上の孫が34歳で癌で亡くなった。母親が亡くなった年齢より、わずかに上だっただけだ。
17. 名無しのReddit住民
フリーダ・カーロ。体の痛みも、人間関係の複雑さも、どちらも生涯続いた人だ。バスの事故で背骨と骨盤を砕かれて、そこから30回以上の手術を受けながら描き続けてる。あの自画像の目つきの強さは、あれだけのものを抱えてないと出てこないんだと思う。
18. 名無しのReddit住民(>>17への返信)
その並びならエドガー・アラン・ポーも入れてくれ。あの人の話を始めると長くなるから普段は避けてるんだけど、悲劇という枠に収まらないレベルだよ。幼くして両親を失って、育ての親とは決裂して、妻を若くして病気で亡くして、最後は路上で意識不明で見つかって、何が起きたのか今も分かっていない。
19. 名無しのReddit住民
ソロモン・ノーサップは絶対に上位だろ。有名な歌手の名前ばかり並んでるけど、この人は自由な身分だったのに家族から引き離されて、12年間も奴隷として売られてるんだぞ。しかも解放された後、元の自分には二度と戻れなかった。
※ 自伝が映画『それでも夜は明ける』の原作。19世紀の米国北部に生きた自由黒人が誘拐され、南部で奴隷として売られた実話。
20. 名無しのReddit住民
ニコラ・テスラも、エジソンにやられて以降はかなり悲惨だった。精神的な問題を抱えていたこともあるけど、最後はホテルの一室で誰にも看取られず、貧しいまま亡くなってる。この人が今の世界をほぼ一人で成立させたことは、何十年も経ってからようやく知られるようになった。
21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
ヘディ・ラマーも構図が同じだよ。ナチスに武器を売っていた夫のもとから文字どおり逃げ出して、無線を妨害されにくくする技術を考案した。それでもハリウッドでは「あなたの価値は見た目だけだ」と言われ続けた。何十年も経ってから、その周波数を飛び移らせる考え方が今の無線技術の土台のひとつになったと言われるようになったけど、本人にも遺族にも金は入ってない。枢軸国と戦うために役立てたくて、技術を政府に無償で渡していたからだ。
※ ヘディ・ラマー=オーストリア出身のハリウッド女優。作曲家と共同で周波数ホッピングの特許を取得し、後年その発想が無線通信の基礎技術のひとつとして再評価された。
22. 名無しのReddit住民
ロイ・オービソン。1960年代の彼の身に起きたことは、まともに受け止めるのが難しいレベルだ。1966年、妻のクローデットがバイクの事故で亡くなる。そのわずか2年後、巡業で家を空けている間に自宅が火事になり、幼い息子2人が亡くなった。それでも彼は歌い続けた。
※ ロイ・オービソン=「オー・プリティ・ウーマン」で知られる歌手。物憂げな高音の歌声が特徴で、日本でもCMなどで曲が使われている。
23. 名無しのReddit住民
ウディ・ガスリー。
母をハンチントン病で亡くす。
娘二人を同じ病気で亡くす。
別の娘を火事で亡くす。
姉妹も別の火事で亡くす。
息子を自動車事故で亡くす。
そして本人もハンチントン病で亡くなった。
※ ウディ・ガスリー=1930年代から活動した米国のフォーク歌手。ボブ・ディランをはじめ後の世代に決定的な影響を与えた。ハンチントン病は遺伝性の神経の病気。
24. 名無しのReddit住民
恵慶宮洪氏。西洋ではまず知られてないけど、泣きたい気分のときに彼女の回想録を読んでみてほしい。
彼女は幼い頃、王がたまたま姿を見かけて「世子の妃にふさわしい」と決めたせいで、家族のもとから連れ出された。結婚後、夫である世子は父王に追い詰められて心を病み、人を手にかけるまでになる。そして最後は、米を入れる大きな櫃に閉じ込められたまま亡くなった。
家族から引き離され、心を病んだ相手と結婚させられ、若くして未亡人になった人生だ。
※ 18世紀の朝鮮王朝、思悼世子の妃。夫が米櫃に閉じ込められて死んだ事件は韓国の時代劇でも繰り返し描かれている。彼女が晩年に記した回想録は『閑中録』として残っている。
25. 名無しのReddit住民
ジョゼフ・メリック、これしかない。彼がどんな日々を送っていたかを想像しただけで泣きそうになる。見世物として生きるしかなくて、ようやく病院に保護されて人として扱われるようになったのが最後の数年だけだった。
※ 通称「エレファント・マン」。全身の骨と皮膚が変形する重い病気を抱えた19世紀英国の男性。同名の映画で広く知られた。長く「ジョン」と紹介されてきたが、本名はジョゼフ。
26. 名無しのReddit住民(>>25への返信)
本人が残した言葉に「もし僕の腕が届くくらい長ければ、世界中を抱きしめられるのに」というのがある。あれを知ってから、あの映画を落ち着いて観られなくなった。
27. 名無しのReddit住民
ティナ・ターナー。母親との関係が最初からうまくいってなくて、夫だったアイク・ターナーからの暴力もひどかった。晩年は体調の問題も続いて、実の息子二人にも先立たれている。あれだけの声と存在感で世界を取った人が、私生活ではずっと殴られ続けていたという事実は、何度聞いても飲み込めない。
28. 名無しのReddit住民
まだ誰も出してないので挙げておく。サミー・デイヴィス・ジュニア。
生涯を通じて人種差別と戦い続けた人だ。片目を失うことになった自動車事故のとき、命を救ったのは「この人は有名人だ」と現場の誰かが言ったことだった。それがなければ黒人が救急搬送を急いでもらえる状況ではなかった。南部の映画館が上映を拒むリスクを避けるという理由で、失った出演の機会は数え切れない。舞台の上では仲間内から人種をネタにした冗談を浴びせられ、相手は「俺たちだって普段お互いをひどい呼び方で呼び合ってるだろ」で片付けた。同じじゃないんだよ、それは。
本人にも薬物と浪費の問題があって、亡くなった後、未亡人は生活のために工場の事務職に就くことになった。それでも同僚には誇らしげに「私はサミー・デイヴィス・ジュニアの妻です」と言っていたそうだ。
29. 名無しのReddit住民
プロレスのフォン・エリック一家。あれは本当に悲惨な話だよ。父親が息子たちをそろってレスラーにして一時代を築いたのに、6人の息子のうち5人が父より先に亡くなってる。長男は幼い頃の事故、次男は日本での巡業中に24歳で急死、その後も三人が相次いで亡くなった。最後まで残ったのはケビン一人だけだ。
※ 1980年代の米国プロレス界を代表した一家。日本でも全日本プロレスへの参戦で広く知られ、次男デビッドは1984年の来日中に亡くなっている。
30. 名無しのReddit住民
自分にとってはこの三人だな。
クリストファー・リーヴ。落馬で首から下が動かなくなってからの脊髄損傷への取り組みを見て、人生というものの見え方が完全に変わった。
マシュー・ペリー。あんなに笑わせてくれた人はいない。『フレンズ』を観ていたのは12歳のときで、なぜ彼の顔が季節ごとに変わっていくのか当時は分からなかった。大人になって、薬物が顔の輪郭を変えることや、酒がむくみを起こすことを知った。画面の外でも画面の中と同じくらい楽しい現場なんだと思い込んでいたよ。
ロビン・ウィリアムズ。とんでもない才能と面白さを持ちながら、内側の痛みと、最後は体の痛みを抱えたまま自ら命を絶った。
まとめ
並んだ名前を眺めていて気づくのは、「悲劇」の中身が大きく三つに分かれることだ。ひとつは、才能が生きているうちに認められなかった型。ゴッホ、テスラ、ヘディ・ラマーがこれにあたる。全員に共通しているのは、価値が確定したのが死後何十年も経ってからで、その恩恵は本人にはまったく届いていないという点だ。ふたつめは、有名になった代償として人生を差し出させられた型。ジュディ・ガーランド、マリリン・モンロー、ブリトニー・スピアーズが並ぶこの系統には、周囲が誰も止めなかったという共通点がある。
そして三つめが、本人の実力とも名声ともまったく関係なく、ただ不運が続いた型だ。ウディ・ガスリーやアンニ=フリード、ロイ・オービソンがそうで、これは有名かどうかに関係なく誰の身にも起こりうる。だからこそ、この系統の話がいちばん胸に残るのかもしれない。ハイン・S・ニョール医師のように、地獄を潜り抜けて栄誉まで手にした人が、その後に理不尽な形で亡くなる例もある。皆さんが「この人の人生を知ってから見方が変わった」という有名人はいますか?

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