「30代の女性のみなさん、若さと無知でやってしまって、いまだに午前3時にふと思い出してしまう決断は?」というお題に、450件を超える答えが集まっていた。笑って話せるものから、当時は誰にも止めてもらえなかったものまで幅が広い。読んでいると、後悔の中身より「あのとき誰も何も言わなかった」という一点が共通していることに気づく。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
もう40代だけど、20代の頃の話ならできる。今はもう会うことも連絡を取ることもない相手に好かれようとして、本気で無理をしすぎていた。誰がどう思うかなんて放っておいて、自分が居心地よくいられる形でいたほうがいい。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
うわ、刺さる。結局は何にもならなかったことに、どれだけの気力を注ぎ込んだのかを考えている時間の量まで含めて、もったいない。3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
私は今まさにそれの最中。高校の頃からの友達は友達じゃなかったんだと気づきはじめてる。あの人たちの中で受け入れられるために、自分のかなりの部分を隠してきた。
4. 名無しのReddit住民
一度目の時点で間違いだと自分でもう分かっていた相手に、二度目のチャンスを渡したこと。
5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
そして三度目と四度目と五度目。6. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
私の場合、それは「最初の彼氏」の別名です。
7. 名無しのReddit住民
18歳のときに30歳と付き合ったこと。自分が30代になった今、18歳を見ると分かる。あの男はただの気持ち悪い駄目な人間だった。当時は自分だけが大人扱いされてるつもりでいた。
8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
私は17歳、相手は32歳で、その人の家に転がり込んだ。それでも誰も何も言わなかった。抜け出せたのは25歳のとき。50代になった今振り返ると、本当に何も見えていなかったんだと分かる。9. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
30代の男だけど、そもそも何を話すことがあるのか想像もつかない。共通の話題が一つも浮かばない。
10. 名無しのReddit住民
居心地が悪いときに「いやです」と言っていいと教わらなかったせいで、大人になった今振り返るとぞっとする状況に何度も置かれていたこと。その場では、断ることが選択肢として頭に浮かびすらしなかった。
11. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
だから娘には「ノーはそれだけで一つの文として完結してる」と一生懸命教えてる。理由を付け足さなくていいし、相手を納得させる必要もない。たまにその教育がこちらに跳ね返ってくるけど、それでいいと思ってる。
12. 名無しのReddit住民
被害を受けたのに届け出なかったこと。相手に「これが自分にとって3件目の告発になるから、そうなったら刑務所行きだ。お前のせいでそうなるんだぞ」と言われて、そのまま黙ってしまった。
13. 名無しのReddit住民(>>12への返信)
まだ時間はあるよ。私は30年前に受けた被害について、最近になって申し立てをやり直した。相手は当時の警察官で、その頃の組織は腐っていて彼を守った。今は私の住む地域にも性犯罪の専門部署ができていて、前よりずっと真剣に扱ってもらえている。もうすぐ大陪審にかかる見込み。14. 名無しのReddit住民(>>12への返信)
届け出なかったことを悔やまないでほしい。やったのはあなたじゃなくて相手。3回分の責任は全部そっちにある。
※ 米国では性犯罪を専門に扱う捜査部門が地域ごとに整備された時期に差があり、州によっては時効の扱いが変わって古い事件が再び動くことがある。大陪審は起訴すべきかどうかを市民が判断する制度。
15. 名無しのReddit住民
彼氏がいたという理由だけで、大学の1年間の留学に行かなかったこと。これはいまだに飲み込めていない。
16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
分かる。大学時代の束縛の強い彼氏のせいでやらなかったことの量も、私の後悔の上位に入ってる。17. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
大学のルームメイトが同じことで揺れてた。留学したいのに、彼氏から「行くなら別れる」と言われてた。しかもその彼氏は同じ国に住んでもいなかったから、行こうが行くまいが彼の生活には何の影響もない。ただ支配したかっただけ。
私は「行かなかったとして、それでも結局いつか別れたらどうするの」と聞いた。一生後悔することになる、と。
結果、彼女は別れて留学して、人生が変わるような時間を過ごして帰ってきた。
18. 名無しのReddit住民
そこは終わり方次第だと思う。俺は留学するつもりだったし、軍に入るつもりも、旅をするつもりも、車で暮らして身の丈で生きるつもりもあった。全部やめて彼女のそばに残った。結果的に結婚して家庭を作って、同い年の連中がそれを探して苦労してるのを見ている今、後悔はゼロだよ。毎朝目を覚ましたときに、そこに大事なものがあるなら、あれを全部やっていた意味って何なんだろうと思う。
19. 名無しのReddit住民
ヨーロッパ以外の人向けに説明すると、エラスムスというのはEUの助成制度で、別の国の大学で半年か1年過ごしても、単位が全部自分の学位に算入される仕組み。住居費と食費の手当まで出るから、かなり良い経験になる。
当時の彼氏と私は、同じ派遣先に決まった。ワルシャワだった。その1週間後に電話が来て、ストックホルムの枠が一つ空いた、次はあなたの番だと言われた。そこは私の第一希望だった。でも彼と一緒に行く前提で頭が固まっていたので、断ってワルシャワに行った。
結果は全部空振り。大学は平凡で、彼は外国にいるのに旅をしたがらないし何もしたがらない。おまけに現地の政治が大きく動いた直後で、露骨な差別的な出来事も何度かあった。ワルシャワは留学生活が派手なことでも知られてたけど、当然そっちも味わえていない。帰国後、彼とはもう1年だけ続いて終わった。
ストックホルムに行っていたら人生がどうなっていたか、想像がつかない。ちなみに6年後に今の仕事を受けたのは、この件があったからだよ。別の国への引っ越しが条件で、そのせいで5年続いた別の関係が終わった。こちらの後悔はゼロ。
20. 名無しのReddit住民
進学先を間違えたこと。評定は満点、ボランティア歴あり、推薦状も良いものが揃っていて、共通試験の点も高くて、課外活動も何年分もあった。それなのに、合格者の平均評定が2.1という学校を選んだ。研究の機会は皆無で、これは大学院を目指している今になって本当に効いている。酒も出ないし寮もない通学中心の校風で、催しもなく、田舎で、周りは特定のバンドを聴いて「攻めてる」と言っている人たちだった。編入すべきだったのに、当時はなぜかそれが中退と同じことだと自分に言い聞かせていた。
21. 名無しのReddit住民
大学時代に日焼けマシンに入ったこと。今どれだけ高い美容医療に金を注いでも、あのときの肌のダメージだけは消せない。
22. 名無しのReddit住民(>>21への返信)
母が日焼けマシンを買って、地下の寝室に置いてた。何がいいのか私にはまるで分からなかったけど、母はとにかく小麦色でいたがった。肌のための商品も山ほど使ってた。どれも効かなかったし、母は47歳で亡くなった。
23. 名無しのReddit住民
たばこ。18歳から25歳まで完全に掴まれてた。妊娠が分かってようやく手を離せた。あの7年分の金額を計算する勇気は今もない。
24. 名無しのReddit住民
どうでもいいものにクレジットカードで90万円分の借金を作ったこと。返し終わるまで永遠とも思える時間がかかったし、利息でいくら余計に払ったのかは知りたくもない。
根っこにあるのはお金の知識がまったくなかったことだと思う。芸術寄りの十代で、高校を出て文学を学ぼうとして中退して、そのまま飲食のバイトをずっと続けた。仕事があるんだから趣味の物書きは続けられる、それで問題ないと本気で思ってた。30代前半になった今、看護の学校に入り直してる。20代のどこかでやっておけばよかった。
25. 名無しのReddit住民
2010年にビットコインを買って、そのまま当時の使い道どおりに全部使い切った。今のレートで持っていたら、と考えると笑うしかない。笑いながら泣いてる。
26. 名無しのReddit住民
12歳のとき、ビキニのトップスとショートパンツで野外の大型ロックフェスに行ったこと。何を考えていたのか自分でも分からない。そして、それを止める大人が周りに一人もいなかったことの方が今は怖い。
27. 名無しのReddit住民
睡眠と日焼け止めと貯金を、全部「未来の自分が何とかする問題」として扱っていたこと。未来の自分は今ここにいて、まったく喜んでいません。
28. 名無しのReddit住民
2018年のこと。ハドソン川沿いで酔っぱらってた。暗かったし、ほとんど覚えていない。ただひとつ確かなのは、その数年前にユニオンスクエアの年末市で買った、世界に一つしかないアルパカの毛の帽子をなくしたということ。
毎年あの帽子のことを考える。出店していた業者を調べたし、手工芸の販売サイトの作家にも片っ端から連絡した。跡形もない。消えた。
29. 名無しのReddit住民
バーで潰れるまで飲んで、友達と全員はぐれた夜のこと。道に迷って縁石に座り込んでいたら、たまたま通りかかった女の子たちの集団が拾ってくれて、配車を呼んで家まで送り出してくれた。そこでようやく、部屋の鍵を持っていないことに気づいた。電話に出てくれた唯一の友人は男の子で、その家の地下で寝た。翌朝、ルームメイトが起きて部屋に入れるようになるまで、その子に送ってもらった。
悪いほうに転ぶ分岐がいくつあったのか数えたくもない。何も起きなくて本当によかった。でも、姪や娘が同じことをしていると聞いたら、私は寿命が縮む。
30. 名無しのReddit住民
私は41歳で、つい先ほど、まだ中にいるか確かめるために攻撃してもいないスズメバチの巣に水をかけました。誰が刺されたと思う?たぶんこれも午前3時に思い出す側の記憶になる。何歳になっても馬鹿な決断はできるという話。
まとめ
並んだ後悔を眺めていると、ひとつの型が浮かんでくる。多くの人が悔やんでいるのは「間違った選択をしたこと」そのものではなく、「間違っていると分かっていたのに、断る言葉を持っていなかったこと」の方だ。一度目で駄目だと分かった相手に二度目を渡した話、断ることを教わらなかったせいで危ない場に居続けた話、彼氏に反対されて留学を諦めた話。どれも判断力の問題ではなく、その場で「いやです」と言える練習をしてこなかった、という一点でつながっている。娘に「ノーはそれだけで一つの文だ」と教えているという返信が、この構造をいちばん的確に突いていた。
一方で、同じ選択をしても後悔していない人がいるのも印象的だった。留学も軍も旅も諦めて残った結果、今の家庭があるから後悔はゼロだという声もある。つまり後悔の量を決めているのは選択の中身ではなく、その後に何が積み上がったかということなのだろう。そして最後の一人が示しているとおり、この能力は年齢では解決しない。41歳でスズメバチの巣に水をかける人はいる。皆さんが今も、ふとした瞬間に思い出してしまう決断は何ですか?

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