「史上最も見事な軍事的勝利は?」という質問に、古代から近代まで、時代も大陸もバラバラの戦いが集まった。並べてみると評価されているのは、ほとんどが数で負けていた側の勝利ばかり。そして毎回のように話題をさらう、鳥に負けた国の話も。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
カンナエの戦い。ローマ軍86,400に対してカルタゴ軍は50,000。ハンニバルは当時の常識と逆に、一番弱い兵を中央に、精鋭を両翼に置いた。ローマ側は中央さえ突き破れば終わりだと思って突っ込んで、実際に中央はどんどん押し込まれていく。でもそれこそが狙いで、中央がへこむほど両翼が自然に回り込み、ローマ軍はU字の袋の中に閉じ込められた。そこへ騎兵が敵騎兵を蹴散らして背後に回り、完全包囲が完成する。密集しすぎて武器を振り上げられない兵まで出たらしい。戦死したローマ兵は5〜7万、捕虜が1〜2万、逃げ切れたのは数千人だけ。カルタゴ側の戦死は6〜8千。この2000年、軍を率いる立場になる人間はほぼ全員これを読まされてる。
※ カンナエの戦い=古代ローマとカルタゴが地中海の覇権を争った第二次ポエニ戦争の一戦。カルタゴの将軍ハンニバルが、数で勝るローマ軍を野戦で丸ごと包囲して壊滅させた。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
何千年も語り継がれてる理由がまさにそこなんだよな。普通の戦いで将軍が動かせるのは自分の部隊だけ。カンナエのハンニバルは敵の部隊を動かしてる。前に出たくなるように仕向けて、罠の中まで自分の足で歩かせた。しかもやってることは単純で、図を一枚見れば誰でも理解できる。それが逆に怖い。3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
ローマ側の損失を人口比で見るとちょっと現実感がない。うろ覚えだけど、徴兵年齢の男性の1割くらいが一日で消えてる。執政官は2人とも戦場にいて、元老院議員も300人前後死んだ。ハンニバルは戦死したローマ貴族の指輪を部下に集めさせて本国の元老院に届けたんだけど、それだけで宝箱がひとつ埋まったらしい。
※ 執政官=共和政ローマの最高職で定員2名。行政のトップであると同時に軍の最高指揮官も務めた。その2人が同じ戦場にいて両方失われている。
4. 名無しのReddit住民
どれだけ地獄だったか想像したいなら、『ゲーム・オブ・スローンズ』で主人公が敵の大軍に囲まれて押し潰されかける、あの有名な戦闘回を見るといい。人が人に押されて身動きが取れなくなる画がまさにあれ。武器の問題ですらなくなってる。
※ 『ゲーム・オブ・スローンズ』=世界的にヒットした海外ドラマ。中盤のシーズンに、味方が敵陣に飲み込まれて圧死寸前まで追い詰められる大規模な戦闘シーンがある。
5. 名無しのReddit住民
戦術の見事さもそうなんだけど、あれだけやられておいてローマがまた立ち上がってきたことのほうが自分には理解できない。社会を支える成人男性のかなりの部分を一日で失って、それでも「よし、もう一回やるぞ」ってなる集団だぞ。何度負けても戦い続けた。あの粘りのほうが正直こわい。
6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
そしてハンニバルは戦場では勝ち続けたのに、戦争そのものには最後まで勝てなかった。戦術で勝って戦略で負ける、というのを教科書みたいに体現した人なんだよな。だからこそカンナエの完成度だけが浮いて見える。
7. 名無しのReddit住民
ハンニバル・バルカはもっと有名になっていい。象を連れて山を越えて、本国からの支援もろくにないまま敵地の真ん中で何年も暴れ回った人だぞ。ハリウッドがなぜ手を出さないのか本気で分からない。素材としては完璧すぎる。
8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
象を連れて雪の山を越える画だけで冒頭10分は余裕で持つのにな。ローマ側から描いた作品はそこそこあるのに、カルタゴ側を主役に据えたものになると途端に見つからなくなる。負けた側の話は残りにくい、の典型だと思う。
9. 名無しのReddit住民
オーストラリアで人類がエミューに敗れた件を推したい。相手は飛べない鳥で、こちらは機関銃を持った軍隊。それで撤収するはめになったんだから、堂々と戦史に載せていいと思う。
※ 1930年代のオーストラリアで、作物を荒らすエミューの駆除に軍が動員された出来事。「エミュー戦争」と呼ばれ、ネタとして世界中に広まっている。
10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
「飛べない鳥であって、戦えない鳥じゃない」って誰かが言ってたのが的確すぎた。飛べないとは書いてあるが戦えないとは一言も書いてない。あの読み違えから全部が始まってる。11. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
エミュー戦争、実は人間側がかなりの差で勝ってるんだよ。みんなネタにするけど誰も後半を調べない。農家が軍に駆除を頼んで、兵士が出ていったら銃が詰まりまくって、数日でエミューのほうが人間を避けることを覚えてしまった。一週間で数百羽しか減らせず、笑い話として報道された。そのあと銃を替えたら数週間で数千羽。ただ記者はもう帰ったあとで、勝った側の話は誰も書かなかった。しかも最終的には農家が柵を作り直して片がついたので、軍はもう必要なかったという。
12. 名無しのReddit住民
このスレ、エミュー戦争を本物の戦争だと思ってる人のコメントで100件埋まるほうに賭けてもいい。この話題が出るたび毎回そうなるんだよな。
13. 名無しのReddit住民
トラファルガーの海戦を挙げたい。イギリス艦隊27隻に対して、フランス・スペイン連合は33隻。数で負けている側のネルソン提督が出した指示が、艦隊を2本の縦列に分けて敵の陣形を真横からぶち抜け、というもの。突き抜けたあと各列が反転して分断された相手を包み込み、至近距離の殴り合いに持ち込んだ。結果はイギリス側が死傷1,500人ほどで沈没艦ゼロ、連合側は死傷と捕虜を合わせて14,000人規模の損失を出し、22隻を失っている。トラファルガー広場のネルソン記念柱があんなに高いのには理由がある。
※ トラファルガーの海戦=ナポレオン戦争期、スペイン南西の沖合で行われた海戦。イギリス海軍が勝ったことでナポレオンの英本土上陸計画は事実上潰えた。ネルソン記念柱はロンドン中心部にある巨大な石柱。
14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
数字が正気じゃない。相手が20隻以上失ってこっちの沈没ゼロって、同じ海で戦ってたのか疑いたくなる。しかもあの縦列突撃、敵の列を突き抜けるまでの間、先頭の艦はひたすら一方的に撃たれ続けるんだよな。理屈は分かるけど、先頭に配置された乗員のことを考えると胃が痛くなる。
15. 名無しのReddit住民
朝鮮の李舜臣が戦った鳴梁の海戦。1597年、日本側が133隻を送り込んだのに対して朝鮮側は12隻。それで日本側が引き上げることになった。『バトル・オーシャン 海上決戦』という映画にもなっていて、これがなかなか良い出来だった。
※ 鳴梁(ミョンリャン)海戦=豊臣秀吉による朝鮮出兵の後期に、朝鮮水軍の提督・李舜臣が狭い海峡の激しい潮流を利用して、艦数で十倍以上の相手を退けたとされる海戦。韓国では英雄譚として広く知られている。
16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
李舜臣の一連の戦いがすごいのは、条件が全部逆風なところ。もともと海の指揮官ではなかったし、常に数で劣勢だったし、朝廷からの支援もほぼ無かった。おまけに彼が指揮を執らなかった一戦だけは水軍が壊滅している。指揮官ひとりで結果がここまで変わった例として、異常なくらい分かりやすい。17. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
この人の名前が海戦好き以外にほとんど知られてないのがもったいない。史上最高の提督は誰かという話になると必ず名前が挙がる人なのに、教科書で見た記憶がある人は少ないと思う。
18. 名無しのReddit住民
アウステルリッツの戦いが真っ先に浮かぶ。ナポレオンの戦役をひと通り習ったなかで、これだけは頭の使い方が桁違いだと感じた。わざと自軍の一角を弱く見せて、敵に「そこを叩けば勝てる」と思わせて動かすところが本当にえげつない。相手は自分の意思で動いたつもりでいる。
※ アウステルリッツの戦い=ナポレオン戦争期、現在のチェコ東部で行われた会戦。ナポレオンがロシア・オーストリアの連合軍を破り、彼の生涯最高の勝利と評されることが多い。
19. 名無しのReddit住民
1809年、ポルトガルに展開していたイギリス軍の司令官ウェリントンが、フランス軍の進撃を止めるためにトーレス・ベドラス線を築いた。異常なのは、これを完全な秘密裏にやったこと。本国にいる味方の司令官たちですら存在を知らなかった。28マイル半(およそ46キロ)の区間に152もの防御拠点を作り、その全部に大砲を据え、2万の兵を配置して、しかも動員できた技師は18人だけ。その間ずっと本人はスペインとポルトガルでフランス軍を蹴散らして回ってる。半島戦争は全体的に頭がおかしい。本国から遠く離れた比較的小さなイギリス軍が、7年近くフランス相手に暴れ続けたんだから。
※ ウェリントン=のちにワーテルローでナポレオンを破るイギリスの将軍。半島戦争はスペイン・ポルトガルを舞台としたナポレオン戦争の一部で、当時の軍の指揮官職は金で買えるものだった。
20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
技師18人で152か所は正気じゃない。というか、それだけの規模の工事をやって情報が漏れなかったことのほうが信じられない。今の時代なら着工3日で衛星写真に写ってるし、翌日には誰かが地図に書き込んでる。
21. 名無しのReddit住民
ミッドウェー海戦。太平洋の戦争の流れそのものが変わった一戦だけど、あの結果になったのには相当な幸運も絡んでる。数分単位のズレで逆になっていた可能性がある戦いを「見事な勝利」と呼んでいいのか、自分はいつも少し迷う。
※ ミッドウェー海戦=太平洋戦争の序盤、ミッドウェー島付近で行われた日米の空母同士の戦い。アメリカ側が日本の主力空母を失わせ、以後の攻守が入れ替わった。
22. 名無しのReddit住民
サマール沖のタフィ3。護衛用の小型空母部隊が、レイテ湾の上陸作戦を叩きに来た日本の主力艦隊とばったり出くわしてしまった一戦だ。数でも火力でも準備でも完全に負けているのに、あまりに執拗に食い下がったせいで、日本側の提督は自分が米海軍の主力機動部隊と戦っていると誤認して反転を命じた。どれくらい必死だったかというと、弾も爆弾も撃ち尽くしたパイロットが、コックピットにあるものを手当たり次第に投げつけたという。クリップボードまで投げたらしい。伝説になるわけだ。
※ タフィ3=アメリカ海軍の小規模な護衛空母部隊の呼称。本来の任務は上陸部隊の護衛で、艦隊決戦を想定した装甲も大口径砲も持っていなかった。
23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
クリップボードの話、最初に聞いたときは完全に作り話だと思ってた。というか、そこまで追い詰められると人間は本当にそういう行動を取るんだな。冷静に考えると笑うところじゃない。
24. 名無しのReddit住民
ロルクズ・ドリフトの防衛戦も上位に入るはず。前日にイサンドルワナでイギリス軍はズールー軍と衝突して壊滅している。相手の決意と数を完全に見誤って、1,300に対して20,000で押し流された。そこから3,000〜4,000のズールー兵が本隊を離れ、ロルクズ・ドリフトの拠点に向かった。守っていたイギリス兵はたったの150人。普通なら一方的に踏み潰されて終わるところを、守備側はここで踏みとどまると決めて持ちこたえた。最終的にイギリス側の戦死は15人、ズールー側は351人。単一の戦闘としては最多となる11個のヴィクトリア十字章が出ている。
※ ヴィクトリア十字章=イギリスで最高位の武功勲章。ズールー戦争は19世紀後半の南アフリカで、イギリスと現地のズールー王国が戦った戦争。
25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
ズールー側も相当おかしいからな。近代的な火器で武装した軍を野戦で正面から壊滅させた前日のほうが、軍事的にはよほど衝撃的だと思う。守り切った側だけが語り継がれてるのは、記録を残したのがどっちだったかという話でもある。
26. 名無しのReddit住民
対馬沖の海戦も候補に入れていいはず。ロシア艦隊が地球を半周してはるばる日本まで来て、着いた先で見事に沈められた。損害の偏り方が極端すぎる。もっとも、あの長い航海を終えた時点で乗員も艦もぼろぼろだったはずで、戦う前からある程度は勝負がついていた部分もあると思う。
27. 名無しのReddit住民
冬戦争でフィンランドがソ連相手にやったことを推す。国の規模で言えば勝負にすらならない相手に対して、森と冬をそのまま武器にして食い下がった。装備の数だけで戦争の結果が決まるわけじゃないと分かる例。地形を知り尽くしている側が地元で戦うと何が起きるか、という話でもある。
※ 冬戦争=第二次世界大戦の初期、ソ連がフィンランドに侵攻して起きた戦争。圧倒的な兵力差にもかかわらず、フィンランド側は深い森と厳寒を活かした戦い方で長く抵抗した。
28. 名無しのReddit住民
アジャンクールはどうだろう。少数のイングランド軍が、はるかに大きなフランス軍を打ち破った戦い。狭い戦場に大軍を押し込むと数の優位がそのまま呪いに変わる、という見本みたいな話だと思ってる。
※ アジャンクールの戦い=百年戦争中にフランス北部で行われた会戦。長弓兵を主力とするイングランド軍が、重装備の騎士を揃えたフランス軍に勝った。シェイクスピアの『ヘンリー五世』の題材にもなっている。
29. 名無しのReddit住民
エチオピアがイタリアを退けた話も入れてほしい。19世紀の終わり、ヨーロッパの列強がアフリカの地図を勝手に線引きしていた時代のことだぞ。侵攻してきた側が正面からやられて引き上げた。当時のヨーロッパ側が信じ込んでいた前提を、そのままひっくり返した一戦だと思う。
30. 名無しのReddit住民
ここまで読んで気づいたけど、アレクサンドロスもモンゴルも一件も挙がってないな。あと補給の話がほとんど無い。実際には相手の補給線を切って飢えさせた側が勝つ戦いのほうが数としては多いはずなのに、みんなが「見事」と感じるのは、数で劣る側が地形と度胸でひっくり返した試合なんだと思う。地味に兵站で勝つやつは名前すら覚えてもらえない。
まとめ
挙がった戦いを並べると、称えられているのはほぼ全部が「数で負けていた側」の勝利だった。カンナエは敵の判断そのものを操った戦い、トラファルガーとサマール沖は勝てるはずのない配置から相手の頭を混乱させた戦い、鳴梁と冬戦争は地形と気候を武器に変えた戦い。裏を返せば、強い側が順当に押し切った勝利を「見事」と呼んだ人はひとりもいなかった。もうひとつ目立ったのが、勝った側だけでなく負けた側の粘りに敬意が向くところで、壊滅したあと何度でも兵を集め直したローマや、鳥相手に一度引き下がったオーストラリアがネタとして愛され続けているのも同じ延長線上にある。日本で共通認識のある日本海海戦やミッドウェーが、海外の議論でもまったく同じ棚に並んでいるのは少し不思議な感覚だった。皆さんが「これは人間業じゃない」と思う戦いは、どれですか?

コメント