子ども時代の最高傑作は、大人が見たら通報するレベルだった。海外掲示板Redditで「友達や兄弟と考えた最もバカバカしいゲームは?」が話題になり、「空から下痢が降ってくるゲーム」「おならしたら腕をパンチされるゲーム」「ゴーカートで鬼ごっこ」「発泡スチロールの鎧でダーツを投げ合うゲーム」…。全てのゲームに共通するのは「ルールが意味不明」「危険度が高い」「全員が爆笑してた」。大人になった今、あの頃に戻りたくなる30選をお届けします。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
「空の下痢」。歌を歌いながら「空から下痢が降ってくる」フリをする。他の子は毛布の下に隠れる。下痢から身を守るために。──何から始めればいいかわからない。なぜ「雨」ではなく「下痢」なのか。なぜ歌があるのか。なぜ毛布が防御手段なのか。本人も「なぜこんな発想になったのか自分でも謎」と書いてる。でもこれが子どもの遊びの本質。「なぜ」は不要。「楽しい」が唯一のルール。
2. 名無しのReddit住民
「ドアノブ」。誰かがおならをした瞬間、「safety!(セーフ!)」と叫ばなければならない。言い忘れた場合、匂いを嗅いだ人が「ドアノブ!」と叫び、おならをした人の腕をパンチできる。パンチを止めるには──ドアノブに触れなければならない。なぜドアノブなのか。誰にもわからない。でもこのゲームのルール設計は意外と精巧。①違反(おなら)→②救済チャンス(safety)→③罰則(パンチ)→④解除条件(ドアノブ)。4段階の法体系。子どもが作った「おなら裁判制度」。
※ 「ドアノブ」ゲームは英語圏で驚くほど広く知られており、地域によって細かいルールが異なる。「safety」を言う前に誰かが「doorknob」と言ったら有効、など。Reddit上では「このゲーム、うちの地域にもあった!」の反応が多い。起源は不明だが、少なくとも1990年代から確認されている。
3. 名無しのReddit住民
妹たちと「フライ返しゲーム」。家中の毛布を全部積み上げる。二人が毛布の中に潜る。三人目がプラスチックのフライ返しで思いっきり叩く。……以上。「なぜ毛布の中にいるのにフライ返しで叩かれるのか」は誰も質問してない。叩く側は楽しい。叩かれる側も(なぜか)楽しい。毛布がクッションになるから痛くない。「痛くないけど叩かれる」の快感は、大人には理解不能。子どもには自明。
4. 名無しのReddit住民
「大統領、伏せろ!」誰かが突然耳に指を当てる。全員が真似する。最後にできなかった人は──全員にタックルされる。「シークレットサービスが大統領を守る」の再現…ではなく、「最後の一人をみんなで潰す」の口実。ルールの表面は「反応速度ゲーム」。本質は「合法的にタックルする方法」。子どものゲームの多くは「暴力を合法化するシステム」。ドッジボールも同じ構造。
5. 名無しのReddit住民
「おっと、ごめん!」。学校の歩道にある低いレンガの壁の上に全員で立つ。押し合って落とす。落としたら「おっと、ごめん!」と言う。──謝罪が組み込まれてるのが天才的。「ごめん」と言えば許される社会契約。落とされた側も「ごめん」を聞いた瞬間に怒れなくなる。「暴力+謝罪=遊び」の方程式。「ごめんなさい」を言いさえすれば何をしてもいいと思ってた時代。大人になって通用しないと知った時の衝撃。
6. 名無しのReddit住民
ゴーカートタグ。普通の鬼ごっこだけど、鬼がゴーカートに乗ってる。触れたらアウト。ぶつけてもアウト。ゴーカートが行けない場所に逃げるのは禁止。──「鬼ごっこ」に「車両」を追加するだけで、ゲームのジャンルが「遊び」から「サバイバル」に変わる。鬼がエンジン音を響かせながら追いかけてくる恐怖。「バカなゲームが山ほどあったから一番は決められない」と本人が書いてたけど、ゴーカートタグは客観的に「最もケガのリスクが高い」部門で優勝。
7. 名無しのReddit住民
物を投げ合うシリーズ。弟と別々の木に登って「棒を投げ合う」(ツリーハンター)。靴を脱いで「靴を投げ合う」(靴ゲーム)。発泡スチロールで鎧を作って「ダーツを投げ合う」。石を投げ合う「ロックファイト」…。子どもの遊びの50%は「何かを投げ合う」に集約される。投げるもののアップグレード順:ボール→靴→棒→石→ダーツ。危険度が右肩上がり。「ツリーハンター」は木の上から投げるので「重力+距離」のボーナスダメージつき。「当てたらポイント、キャッチしたらポイント」のシンプルなルール設計は美しいけど、参加者の安全は考慮されてない。
※ 「ロックファイト(石合戦)」は歴史的に世界中の子どもの遊びとして存在する。日本の「石合戦」は中世から記録があり、戦国時代には実際の軍事訓練として行われていた。現代では当然禁止されているが、「投げ合う本能」は文化を超えて普遍的。
8. 名無しのReddit住民
「誰がキスしてる?」。お互いに目隠しして、誰が誰にキスしてるか当て合う。「もちろん変な意味はない」と本人が念押ししてた。──念押しが必要な時点で、何かがおかしい。でも子どもにとって「キス」は「くすぐり」と同じカテゴリの身体接触であり、大人が考える意味はない。この無邪気さが10歳を過ぎると急速に失われる。10歳以下限定の遊び。11歳でやったら「学校に呼ばれる」案件。
9. 名無しのReddit住民
家で「図書館ごっこ」。母が読書好きで本がたくさんあったから、全部作者順に並べて、カードカタログを作って、貸出カードも作った。開館した。──来館者ゼロ。誰も来ない。だから自分が「司書」と「利用者」を一人で演じた。「いらっしゃいませ」「はい、この本を借りたいのですが」「2週間でお返しください」…。一人三役。このスレッドで最も暴力的ではないゲームであり、最も切ないゲーム。でも本人は楽しかった。「楽しい」の定義は他人が決めるものではない。
10. 名無しのReddit住民
「oochamapatcha」。ぬいぐるみを使って意味不明な言葉を叫びながら壁に投げつけるゲーム。名前はロシア語で「未開封」という意味(らしい)。ルールは「叫びながら投げる」。それだけ。得点なし。勝敗なし。目的なし。「今では普通に育ってるから安心して」と本人が補足してたのが一番笑える。安心していいのか。たぶんいい。「意味のない行為を全力でやる」は子どもの特権であり、ストレス発散の最も原始的な形式。
11. 名無しのReddit住民
ブロウガンタグ。鈍いプラスチックの矢を吹き矢に詰めて、夜にかくれんぼ+鬼ごっこ。暗闘で角から飛び出してきて、お腹を狙われる。「すごく楽しかった」。──「吹き矢」×「暗闇」×「かくれんぼ」。3つの要素を組み合わせただけで、軍事作戦レベルの緊張感が生まれてる。「見えない敵からの射撃」を楽しいと感じる子ども時代の胆力は異常。大人になったら同じ状況はPTSDの原因。
12. 名無しのReddit住民
「デボウデスマッチ」。中学の裏にある空の排水溝で、二人が両端に立つ。誰かがフットボールを遠くに投げる。ボールを持ち帰った方が勝ち。基本ルールなし。──「ルールなし」が最も危険な3文字。「排水溝」「フットボール」「ルールなし」の三要素が揃った瞬間、これは「ゲーム」ではなく「グラディエーターの戦い」。「怪我人続出で先生に見つかった」。先生の心臓に同情する。
13. 名無しのReddit住民
「パワーゲーム」。公園でヒーローごっこ。キャラ設定、能力、敵の侵攻シナリオを全部作って、木に登って戦う。「子どもの頃の無茶苦茶な設定を今思い返すと笑える」。──「無敵バリア」を宣言したら本当に無敵になれた時代。「俺の攻撃は10万ダメージ」「じゃあ俺は100万ダメージ」のインフレ。最終的に「俺は死なない」vs「俺も死なない」で永遠に決着がつかない。「ルールは全員の合意で成立する」を学んだ最初の場所。民主主義の原体験。
14. 名無しのReddit住民
「ピクル」。庭の両端に安全地帯。真ん中にテニスボールを持った人が立つ。走る人はボールに頭を当てられないように反対側まで走る。投げる人は全力で当てようとする。──「頭を当てられないように」。頭。狙うのは頭。「結構危ないけど楽しかった」。子どもの「楽しかった」は大人の「労災」。ルールに「頭を狙う」が含まれてる時点で、保険会社なら却下。
15. 名無しのReddit住民
「マイン!」テレビに美人が出た瞬間に「マイン(俺の)!」と叫ぶ。最初に叫んだ人が勝ち。やがてエスカレートして、ランプ、ソファ、冷蔵庫にまで「マイン!」を叫ぶようになった。「所有権」を声量で主張する。原始時代の領土宣言。テレビの美人から始まった「所有欲ゲーム」が、最終的に家具に適用される。「欲望のインフレ」の完璧な縮図。
16. 名無しのReddit住民
殴り合い系の集大成。中学の地下室でみんなで殴り合いながら笑ってた。「ブラッディナックルズ(拳の殴り合い)」。名前のない遊びでお尻を蹴り合って、数日間座れなかった。──「痛い」と「楽しい」が同居するのは子ども時代だけ。大人は「痛い」を避ける。子どもは「痛い」を笑う。「痛みの共有」は「友情の証明」。「俺もお前を殴る、お前も俺を殴る、だから対等」。暴力ではなく「信頼のプロトコル」。…大人になった今、この理論は通用しない。
17. 名無しのReddit住民
家の前を通る車から隠れるゲーム。見つかったかどうかは永遠にわからない。──この「勝敗が不明」なのが素晴らしい。勝ったかもしれないし、負けたかもしれない。でもどっちでも楽しい。「結果が重要じゃないゲーム」。大人の世界では全てのゲームに結果がある。KPI、スコア、評価…。「結果がなくても楽しい」を最後に経験したのはいつだろう。
18. 名無しのReddit住民
レゴの飛行機の艦隊を作って空中でぶつけ合う。壊れにくい方が勝ち。最終的に天井のファンに向かって投げて「がんばれミニマン!」と叫んでた。──「運転免許を取る直前の頃」にやってたらしい。つまり16〜17歳。「免許を取れる年齢なのにレゴの飛行機を天井ファンに投げてる」。でも「あの頃に戻りたい」と書いてる。大人になることは多くのものを得ること。でも「レゴを天井ファンに投げる純粋な喜び」は失うもののリスト。
19. 名無しのReddit住民
近所で20人の大規模かくれんぼ。古い木がゴール。自転車で近所、森、友達の家、店、ゴミ箱に隠れる。ルールはほぼなし。「店の人に警察を呼ばれそうになった」。そして──「2003年の夏の停電中は最高だった」。停電。街全体が暗闇。20人がそれぞれ自転車で消える。これはもうかくれんぼではなく「都市型サバイバル」。「2003年の夏」という具体的な年号が、この記憶の鮮明さを物語ってる。20年以上前のことを、昨日のように覚えてる。
※ 2003年8月14日の「北東部大停電」はアメリカ北東部とカナダ南東部で約5500万人に影響を与えた大規模停電。多くの人がこの停電を「近所の人と初めて話した夜」「星が見えた夜」「子どもの頃の最高の夜」として記憶している。災害が「最高の思い出」になる矛盾は、子ども時代特有の魔法。
20. 名無しのReddit住民
基地作りゲーム。それぞれのチームが基地を作り、敵の基地から人を捕まえて自分のチームに編入。最後に一つだけ残った基地が負け。──「負けたチームが最後まで残る」のルールが逆転してて面白い。「勝つ」=「全員を吸収する」=「帝国の拡大」。子どもは無意識に「征服ゲーム」を作る。リスク、カタン、帝国主義…。全部の起源はこの庭にある。
21. 名無しのReddit住民
「チャンネル」。寝る前にテレビのチャンネルを切り替えるフリをして、「25チャンネルにはスポンジボブがいて…」と架空の番組を実況する。──スマホもタブレットもない時代。「想像上のテレビ」で十分楽しめた。「エンターテインメント」はデバイスの中にあるのではなく、脳の中にある。「暗い部屋で兄弟と想像のチャンネルを回す」は、Netflixの前身。月額料金ゼロ。コンテンツは無限。
22. 名無しのReddit住民
冬の休み時間に坂道をひたすら磨いて氷の滑り台にし、ジャンプ台を作って高さを競う。着地でお尻が痛くてしばらく座れなかった。──「自然環境を改造して遊具にする」は子どもの天才的エンジニアリング。設計図なし、安全基準なし、テスト走行は自分の体。「座れなかった」は品質テストの結果報告。不合格だけど改良はしない。翌日また同じ坂で滑る。
23. 名無しのReddit住民
カルビンボール。これは「カルビンとホッブス」(ビル・ワターソンの漫画)に登場する「毎回ルールが変わるゲーム」。「僕たちが作ったわけじゃないけど、毎回ルールを変えて遊んでた」。──カルビンボールの唯一のルールは「前と同じルールでやってはいけない」。つまり「毎回新しいゲームを発明する」メタゲーム。子どもの遊びの90%は実質カルビンボール。ルールは10分で変わり、異議申し立ては5秒で処理され、「俺が言ったから」が最高裁判所。
※ 「カルビンとホッブス」(1985〜1995年連載)は、6歳の男の子カルビンとぬいぐるみのトラ・ホッブスの日常を描いたアメリカの漫画。カルビンボールは作中で繰り返し登場し、「子どもの遊びの創造性」と「大人のルールへの風刺」を象徴するエピソードとして人気が高い。
24. 名無しのReddit住民
「チキンチキンボックボック」。3人の弟妹と庭の小さなプールの周りをぐるぐる歩きながら歌って、渦巻きを作っては逆回りにする。──ルールは「歌いながら回る」。それだけ。得点なし、勝敗なし、目的なし。でもゲーム名がある。名前があるということは「繰り返しやってた」ということ。何度もやるほど楽しかった。「プールの渦巻き」以外の楽しさが外部の人間には見えない。でも4人の兄弟姉妹にだけわかる「楽しさ」がそこにあった。「内輪の楽しさ」は説明できないから最強。
25. 名無しのReddit住民
「酔っ払いのパパ」。8歳の時。酔っ払ったフリをして家中を走り回りながら兄弟を追いかける。──このゲーム名のダークさに気づくのは大人になってから。8歳の子どもが「酔っ払いのパパ」をロールプレイしてる。つまり「酔っ払いのパパ」を見てる。遊びとして消化してたことが、大人になると別の角度で見える。「子どもは遊びで現実を処理する」は発達心理学の基本。この子が笑いながら走ってた理由は「楽しい」だけではなかったかもしれない。
26. 名無しのReddit住民
このスレッドで最も多かったゲームの構造は「日常のアクティビティに”暴力”を追加する」。かくれんぼ+吹き矢=ブロウガンタグ。鬼ごっこ+ゴーカート=ゴーカートタグ。木登り+棒投げ=ツリーハンター。全て「既存の遊びに危険度を上げる改造」。子どもは「つまらなくなったら危険度を上げる」本能がある。「もっと速く」「もっと高く」「もっと痛く」。「安全な遊び」は5分で飽きる。「危険な遊び」は記憶に残る。
27. 名無しのReddit住民
もう一つの構造は「ルールがない、または毎回変わる」。ロックファイト:ルールなし。デボウデスマッチ:ルールなし。近所のかくれんぼ:ルールなし。カルビンボール:ルールは毎回変わる。大人のゲームは「ルールが固定」。子どものゲームは「ルールが流動的」。ルールは「その場の全員の合意」で成立し、「誰かが泣いたら」変更される。「泣く」が唯一のルール改正メカニズム。
28. 名無しのReddit住民
そしてこのスレッドで全員が感じてること。「あの頃に戻りたい」。レゴを天井ファンに投げてた人が書いてた。20人でかくれんぼしてた人が「2003年の夏」と書いてた。「あの頃」の何が良かったのか。暇だったこと。スマホがなかったこと。「次に何をしよう」を自分で考えなきゃいけなかったこと。「退屈」が「創造」の母だった。今の子どもにはYouTubeとTikTokがある。退屈する暇がない。退屈しないから「空の下痢ゲーム」を発明しない。
29. 名無しのReddit住民
「なぜ子どもはこんなバカなゲームを作るのか」。答えは「全てのルールが自分たちで決められるから」。大人の世界はルールだらけ。仕事のルール、交通のルール、社会のルール。全て「他人が作ったルール」に従う。子ども時代は「自分がルールを作る側」。「おならをしたらドアノブに触れ」は自分で作ったルール。バカバカしい。でも「自分で作った」。その「自分で作った」の感覚が、大人になると消えていく。
※ 発達心理学者ジャン・ピアジェは、子どもの遊びにおける「ルール作り」を道徳的発達の重要な段階として位置づけた。幼児期は「一方的なルール」(自分に有利なルール)、児童期は「相互的なルール」(全員が合意するルール)に移行する。「子どもの遊びのルール交渉」は、社会的スキルの原体験。
30. 名無しのReddit住民
このスレッドを読んだ全員が「うちにもあった」と思ったはず。ゲームの名前は違う。ルールは違う。でも「友達や兄弟と庭で意味不明なことをして爆笑してた」経験は同じ。「空の下痢」は世界に一つだけのゲーム。「ドアノブ」は地域を超えて存在するゲーム。でもどちらも「大人が見たら意味不明」で「やってた本人には宝物」。このスレッドは「バカなゲーム」のスレッドだけど、本当のテーマは「あの頃の自分」。あの頃は「何をしても楽しかった」。今は「何をしたら楽しいか」を考える。考えなくていい時代が一番楽しかった。
まとめ
空から下痢が降るゲーム、おなら裁判制度、ゴーカート鬼ごっこ、排水溝グラディエーター、天井ファンにレゴを投げる、停電中の20人かくれんぼ…。子ども時代のバカゲーに共通していたのは「ルールが意味不明」「危険度が高い」「全員が爆笑してた」。そしてこのスレッドの本当のテーマは「あの頃に戻りたい」。退屈が創造の母だった時代。「何をしても楽しかった」時代。今は「何をしたら楽しいか」を考える。……考えなくていい時代が一番楽しかった。

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