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海外「はじめに宇宙が創られた。これには大勢がひどく腹を立てた」一文目で読者をつかむ”史上最高の書き出し”とは?

海外「はじめに宇宙が創られた。これには大勢がひどく腹を立てた」一文目で読者をつかむ"史上最高の書き出し"とは? エンターテイメント

「本の書き出しで、史上最高の一文は?」海外の掲示板に投げかけられたこの質問に、3000件を超えるコメントが寄せられた。『変身』や『百年の孤独』、『高慢と偏見』といった文学史に残る名文はもちろん、宇宙の誕生を「悪手だった」と言ってのけるSFコメディ、読み聞かせで子どもの顔つきを変えた児童書、さらには大学の物理学の教科書まで上位に顔を出す。そして誰かが名文を挙げるたびに、「それ、額面どおりに読んだら損するよ」「英訳だと威力が半分」と、読み方をめぐるツッコミが入ってくるのがこのスレッドの面白いところだ。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
「はじめに宇宙が創られた。これには大勢がひどく腹を立て、おおむね悪手だったと見なされている。」
聖書みたいな厳かさで始まったと思ったら、二文目でいきなり苦情処理の話になる。宇宙の誕生を、評判の悪い再開発計画みたいに書くセンスが最高なんだよ。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
これって『銀河ヒッチハイク・ガイド』だっけ? 書き出しじゃないけど、あのシリーズだとヴォゴン人の宇宙船団を描いた「船団は空に浮かんでいた。レンガが浮かばないのと、ほぼ同じ要領で」ってくだりが今でも一番好き。

3. 名無しのReddit住民(>>2への返信)
惜しい、それは続編の『宇宙の果てのレストラン』の書き出し。1作目のほうは「銀河系の西の渦状腕の、流行から外れた端っこの、地図にも載っていない辺境に、誰にも見向きもされない小さな黄色い太陽がある」で始まる。自分たちの住んでる太陽系を、ここまで見下した紹介から始めるのがたまらないんだよな。

※ 『銀河ヒッチハイク・ガイド』(1979年)は、イギリスの作家ダグラス・アダムスによるSFコメディ小説。宇宙バイパスの建設工事のために地球が取り壊されるところから物語が始まる。ヴォゴン人は、その取り壊しを担当する役人気質の異星人。『宇宙の果てのレストラン』(1980年)はシリーズ2作目。

4. 名無しのReddit住民
小説じゃないけど、物理学の教科書にこういう書き出しがある。
「ルートヴィッヒ・ボルツマンは生涯の多くを統計力学の研究に費やし、1906年に自ら命を絶った。その研究を受け継いだパウル・エーレンフェストも、1933年に同じように世を去った。いま、統計力学を学ぶ番が私たちに回ってきた。慎重に取りかかるのが賢明かもしれない。」
教科書の1ページ目としてはあまりに重いけど、これから踏み込む分野の手強さが、これ以上ないくらい伝わってくる。

5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
最後の一文、初めて見た。ネットで回ってくるのはたいてい「今度は私たちの番だ」のところで切れてるんだよね。「慎重に取りかかるのが賢明かもしれない」まで読むと、ただの脅しじゃなくて、著者なりの静かな忠告に聞こえてくる。

6. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
これを貼りに来た。出来すぎてて作り話だと思われがちだけど、実在する教科書の本物の書き出しだよ。ファクトチェックサイトで検証されたことまである。ちなみに自分は、周りで唯一統計力学の授業が好きだった人間です。

※ 引用は、カリフォルニア工科大学の物理学者デヴィッド・グッドスタインが1975年に出した大学向けの教科書『States of Matter』の書き出し。ボルツマン(1844〜1906)は統計力学の基礎を築いたオーストリアの物理学者で、エーレンフェスト(1880〜1933)はその教え子にあたり、オランダのライデン大学で教えた。統計力学は、膨大な数の原子や分子のふるまいを確率で扱い、温度や圧力といった性質を説明する物理学の分野。

7. 名無しのReddit住民
「燃やすのは快感だった。」
『華氏451度』の書き出し。本を燃やすのが仕事の男が、最初の一文でそれを「快感」と言い切っちゃう。彼がこのあとどう変わっていくのかを知ってから読み返すと、短い一文がずしっと重くなる。

8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
映画を観てから原作を読んだ組だけど、原作は読んだほうがいい。短いから週末で読み切れるし、主人公の頭の中で言葉がどんどん熱を帯びていく感じは、文章でしか味わえない。本を燃やす話を本で読む、っていう体験込みで完成する作品だと思う。

※ 『華氏451度』(1953年)は、アメリカの作家レイ・ブラッドベリのSF小説。本の所持が禁じられた未来社会で、見つかった本を焼き払う「消防士」として働く男が主人公。タイトルは紙が燃え始める温度にちなむ。1966年にフランソワ・トリュフォー監督が映画化し、2018年にも再び映像化された。

9. 名無しのReddit住民
「物事にはすべて始まりがある。もっとも、多くの物理学者はこれに異を唱えているが。」
テリー・プラチェットの『Hogfather』。一文目で壮大なことを言っておいて、そのまま自分でちゃぶ台をひっくり返すのがたまらない。

10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
宇宙の始まりを一文目でさらっと出しておいて、すぐさま物理学にケンカを売る。いかにもプラチェットって感じだよね。ただ自分は、同じ人の「太陽はゆっくりと昇った。そこまで苦労する価値があるのか、確信が持てないとでもいうように」派。月曜の朝の自分そのものだよ。

※ テリー・プラチェット(1948〜2015)はイギリスのファンタジー作家。巨大な亀の背に乗った円盤状の世界を舞台にした風刺ファンタジー『ディスクワールド』シリーズで知られ、『Hogfather』(1996年、未邦訳)はその一作。サンタクロースに似た存在「ホグファーザー」が姿を消し、死神が代役を務める話。シリーズは40作を超えるが、日本語で読める作品はごく一部にとどまる。

11. 名無しのReddit住民
「独身の男性で、しかも財産があるとなれば、妻を必要としているに違いない――というのは、世にあまねく認められた真理である。」
『高慢と偏見』。200年以上前の小説なのに、いまだにこれを超える書き出しを知らない。しかもこれ、額面どおりに受け取ると損するんだよ。オースティンをちゃんと読めば、これが皮肉だってすぐわかる。本当に妻を欲しがってるのは、たぶん男本人より、年頃の娘を抱えたご近所さんたちのほうだから。

12. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
妻にプロポーズしたとき、この一文を使ったんだ。妻の一番好きな本が『高慢と偏見』でさ。「独身の男は妻を必要としているに違いない、というのが世の真理なので」って切り出したら、「財産のほうは?」って真顔で返された。二人で笑いながら指輪を出したのはいい思い出。

※ 『高慢と偏見』(1813年)は、イギリスの作家ジェーン・オースティンの長編で、『自負と偏見』『プライドと偏見』の邦題でも知られる。5人の娘を抱えるベネット家が、近所に越してきた独身の資産家に色めき立つところから物語が動き出す。

13. 名無しのReddit住民
「何年ものちに銃殺隊の前に立ったとき、アウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親に連れられて氷というものを見に行った、あの遠い午後のことを思い出すことになる。」
『百年の孤独』。一文の中に、銃殺隊と向き合う未来と、子どもの頃の思い出と、氷が見世物になるような辺境の村が全部入ってる。読み始めた瞬間に、物語の端から端までを一気に見せられた気分になるんだよ。

14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
ガルシア=マルケスは書き出しの名手なんだよね。『予告された殺人の記録』も「自分が殺されるその日、サンティアゴ・ナサールは、司教が乗ってくる船を待つために朝5時半に起きた。」で始まる。一文目で、これは犯人探しの話じゃないと宣言しちゃってる。どっちも抜群のつかみだけど、長く新聞記者をやってた人だと思えば驚きはないかな。

※ ガブリエル・ガルシア=マルケス(1927〜2014)はコロンビアの作家で、1982年にノーベル文学賞を受賞。『百年の孤独』(1967年)は架空の村マコンドを舞台に、ブエンディア一族の百年を描いた長編で、一族には同じ名前の人物が何人も登場する。『予告された殺人の記録』(1981年)は、町の誰もが殺害の計画を知りながら止められなかった事件を、後からたどり直す中編。

15. 名無しのReddit住民
「黒衣の男は砂漠を越えて逃げ、ガンスリンガーはそのあとを追った。」
このスレを開いた瞬間、真っ先に浮かんだのがこれ。何千ページにもなる物語が、この短い一文から始まるんだよ。

16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
素朴な疑問なんだけど、これのどこがそんなにすごいの? 普通のシンプルな文にしか見えない。ダーク・タワーのシリーズは一冊も読んだことがなくて、キングは『ザ・スタンド』しか読んでないんだ(あれってカウントされる?)。

17. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
シンプルだからいいんだよ。誰が誰をなぜ追ってるのかは一切書いてないのに、追う者と追われる者がいて、舞台は果てしない砂漠で、二人とも名前じゃなくて呼び名だけで出てくる。西部劇みたいなのに、どこか神話っぽい。それだけで先が気になって仕方なくなる。あと『ザ・スタンド』はシリーズとけっこうつながってるから、カウントしていいと思う。

※ 『ダーク・タワー』は、スティーヴン・キングが1982年から2004年にかけて発表したダーク・ファンタジーの大作(本編7部)。第1部『ガンスリンガー』は、最後の拳銃使い(ガンスリンガー)ローランドが、謎の「黒衣の男」を追って荒野を旅する場面から始まる。キングは自分の他の作品の登場人物をこのシリーズに何人も登場させており、長編『ザ・スタンド』の悪役もその一人。

18. 名無しのReddit住民
「ある朝、グレゴール・ザムザが寝苦しい夢から目を覚ますと、ベッドの中で自分がおぞましい虫けらに変わっていることに気づいた。」
昔、授業でこの作品を丸ごと訳させられたから思い入れがあるんだけど、ドイツ語の原文が本当によくできてる。「変わった」にあたる verwandelt は、「さまよう」に近い wandeln に ver- がついた言葉で、自分には「道を外れて、もう戻れないところまで来てしまった」って響きに聞こえる。英題の The Metamorphosis より、The Transformation のほうがしっくりくるくらい。ungeheuren Ungeziefer(怪物じみた害虫)も、何の虫なのかをわざとぼかしてる。そして一番カフカらしいのは、なぜそうなったのかの説明が一切ないところ。長々とごめん、好きすぎて止まらなかった。

19. 名無しのReddit住民(>>18への返信)
それを聞くと、英訳は損してるよな。訳者によって「巨大な昆虫」だったり「おぞましい害虫」だったりして、原文のわざとぼかした感じが、どっちに寄せても少し消えちゃう。英語で読むと、この一文の威力は正直半分くらいだと思う。

※ フランツ・カフカ(1883〜1924)はプラハ生まれのドイツ語作家。『変身』(1915年)は、ある朝突然巨大な虫になってしまったセールスマンと、その家族の反応を描いた中編。原語の Ungeziefer は、虫に限らずネズミなども含む「害をなす小さな生き物」を広く指す言葉で、日本語訳でも「毒虫」「虫」「甲虫」など、訳者によって訳語が分かれている。

20. 名無しのReddit住民
「ユースチス・クラレンス・スクラブという男の子がいた。そんな名前をつけられても、まあ仕方ないかな、というくらいの子だった。」
『朝びらき丸 東の海へ』のこれが大好き。たった一文で、この子がどんな性格なのかも、作者がどういう目で見てるのかも伝わってくる。

21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
クライヴ・ステープルズ・ルイスって名前の人が、よくもまあ他人の名前をいじれたもんだよ。本人は子どもの頃から、周りに自分のことを「ジャック」って呼ばせてたらしいし。

※ 『朝びらき丸 東の海へ』(1952年)は、C・S・ルイスの児童文学『ナルニア国ものがたり』全7巻の3作目。ユースチスは主人公きょうだいのいとこで、理屈っぽくて意地の悪い少年として登場する。「C・S」は本名クライヴ・ステープルズの頭文字。

22. 名無しのReddit住民
「地面の穴の中に、ひとりのホビットが住んでいた。穴といっても、ミミズの切れ端やじめっとした臭いにまみれた、汚くて湿った穴ではない。かといって、腰かけるものも食べるものもない、乾いて砂っぽいがらんとした穴でもない。ホビットの穴、つまり快適な穴なのだ。」
うまいのは、「快適な穴」を誰もが納得するように描写するなんてほぼ無理なのに、不快な穴を先に並べて消していって、残りを読者に想像させてるところ。トールキンって重厚なイメージがあるけど、その気になればこんなに洒落た文章が書ける人なんだよ。

※ 『ホビットの冒険』(1937年)は、J・R・R・トールキンの児童向けファンタジー。穴に住む小人族ホビットのビルボが、ドワーフたちに誘われ、竜に奪われた財宝を取り戻す旅に出る。のちの『指輪物語』の前日譚にあたる。

23. 名無しのReddit住民
「幸福な家庭はどれも似ている。不幸な家庭は、それぞれに違ったかたちで不幸だ。」
『アンナ・カレーニナ』は、読んだことがない人でもこの一文だけは知ってる、ってくらい有名だよね。うまくいくには全部の条件がそろわないといけないけど、失敗する理由はいくらでもある。ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』でも、家畜にできる動物の条件の話で「アンナ・カレーニナの法則」って名前で使われてるくらいだし。

※ 『アンナ・カレーニナ』(1877年)は、ロシアの文豪レフ・トルストイの長編。夫と子のある貴族の女性アンナが青年将校と恋に落ち、破滅へ向かっていく物語で、対照的に穏やかな家庭を築いていく夫婦の姿も並行して描かれる。『銃・病原菌・鉄』(1997年)は、文明の発展に地域差が生まれた理由を論じたノンフィクション。

24. 名無しのReddit住民
「それは最良の時代であり、最悪の時代だった」
これが1位じゃないのが意外。しかも続きまで読むともっといい。「知恵の時代であり、愚かさの時代だった。信じる心の時代であり、疑う心の時代だった。光の季節であり、闇の季節だった。希望の春であり、絶望の冬だった」って、ひたすら正反対のものを並べていくんだ。

25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
30代になってから、この一文を思い出さない日がない。暮らしぶりで言えば、たぶん今が人生で一番恵まれてる。なのに、世の中はずっと悪いほうに向かってる気がして仕方ない。160年以上前の小説に、今の気分をそのまま言い当てられてるのがちょっと悔しい。

※ 『二都物語』(1859年)は、イギリスの作家チャールズ・ディケンズの長編。フランス革命前後のロンドンとパリを舞台に、革命の渦に巻き込まれていく人々を描く。

26. 名無しのReddit住民
「きょう、母さんが死んだ。いや、昨日だったかもしれない。よくわからない。」
『異邦人』。母親の死をこんなに投げやりに語るこの語り手は何なんだ、と一文目で引っかかって、そのまま最後まで連れていかれる。英訳でも「母」を Mother にするか、フランス語の Maman のまま残すかで訳者の判断が分かれてるくらい、この一語の温度が大事な書き出しなんだよ。

※ 『異邦人』(1942年)は、フランスの作家アルベール・カミュの小説。母の葬儀でも涙を見せなかった青年ムルソーが、ある日浜辺でアラブ人を射殺し、裁判にかけられる。カミュは1957年にノーベル文学賞を受賞した。

27. 名無しのReddit住民
「港の上の空は、何も映らないチャンネルに合わせたテレビの色をしていた。」
『ニューロマンサー』。SFならこれ以外ありえない。灰色でざらついた、どんよりした空が一瞬で目に浮かぶし、この世界がどれだけ機械と画面に埋め尽くされてるのかまで伝わってくる。

28. 名無しのReddit住民(>>27への返信)
ただこれ、若い世代が読むと意味が変わっちゃうらしい。今のテレビって、何も映らないチャンネルに合わせると砂嵐じゃなくて真っ青な画面になるでしょ。だから「雲ひとつない快晴の空」を思い浮かべる人がいるって聞いて笑った。名文にも賞味期限みたいなものがあるんだな。

※ 『ニューロマンサー』(1984年)は、アメリカ出身の作家ウィリアム・ギブスンのSF長編。コンピューターのネットワーク空間に意識ごと入り込むハッカーを描き、「サイバースペース」という言葉を広めたサイバーパンクの代表作。昔のアナログテレビは、放送のないチャンネルに合わせると灰色のノイズ(砂嵐)が映った。

29. 名無しのReddit住民
児童書の書き出しも負けてない。『シャーロットのおくりもの』は「パパ、斧なんか持ってどこに行くの?」だよ。朝ごはんの支度をしてる女の子のひと言なのに、読む側はいきなり不穏な空気に放り込まれる。うちの子に読み聞かせたときも、この一行で顔つきが変わった。『はらぺこあおむし』の「月の光の下、葉っぱの上に小さな卵がひとつ」も、何百回読んでも静かでいいんだよな。

※ 『シャーロットのおくりもの』(1952年)はE・B・ホワイトの児童文学。生まれたばかりの小さな子ブタを父親が処分しようとするのを少女ファーンが止めるところから始まり、その子ブタとクモのシャーロットの友情が描かれる。『はらぺこあおむし』(1969年)はエリック・カールの絵本で、日本でも長く読み継がれている。

30. 名無しのReddit住民
ひねくれた意見だけど、書き出しが名文の本ほど途中で挫折しがちじゃない? 『白鯨』なんて「俺のことはイシュメールと呼んでくれ」の一言で心をつかまれたのに、そのあと鯨の分類の話が延々と続いて見事に沈没した。『百年の孤独』も、同じ名前の人が何世代も出てきて途中で投げた。それでも書き出しだけは今でも暗唱できるんだから、一文目の力ってやっぱりすごい。それはそれとして、このスレのせいで積読が何年分も増えた。全員恨む。

※ 『白鯨』(1851年)は、アメリカの作家ハーマン・メルヴィルの長編。片脚を奪った巨大な白いマッコウクジラへの復讐に取りつかれた船長エイハブと、捕鯨船の乗組員たちを描く。物語の合間に、鯨の分類や捕鯨の実務を解説する章が数多く挟まることでも知られる。

まとめ

挙がった書き出しを並べてみると、いくつかの型が見えてくる。ひとつは、読者の常識をいきなりずらす型だ。宇宙の誕生を「悪手」と呼ぶアダムス、本を燃やすのが「快感」だと言う『華氏451度』、虫になった理由をまったく説明しないカフカがこれにあたる。もうひとつは、物語の時間を一文に畳み込む型で、銃殺隊の前から少年時代を振り返る『百年の孤独』や、殺される日の朝から始まる『予告された殺人の記録』が代表格。そして、世の中の「真理」をきっぱり言い切ってみせる『高慢と偏見』や『アンナ・カレーニナ』、正反対のものを延々と並べる『二都物語』のような型もある。

面白いのは、名文が挙がるたびに「皮肉だから真に受けるな」「英訳だと威力が半分」「今の若者には快晴の空に読める」と、読み方そのものをめぐる横やりが入るところだ。一文が短いぶん、訳し方や読む時代で表情ががらりと変わる。物理学の教科書が上位に食い込んだのも、名文の条件が「文学かどうか」ではなく「この先を読まずにいられるか」にあるからだろう。日本にも「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」や「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」のように、書き出しだけで記憶されている小説は少なくない。皆さんが一番好きな本の書き出しは何ですか?

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