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海外「思い出すだけで吐き気がする。お願いだから画像は検索しないで」医者たちが”二度と診たくない”と打ち明けた病気…?

海外「思い出すだけで吐き気がする。お願いだから画像は検索しないで」医者たちが"二度と診たくない"と打ち明けた病気…? ライフスタイル・日常

「もう二度と治療したくない病気は?」と医者たちに聞いたスレッドで、いちばん多くの賛同を集めた答えは狂犬病だった。ところが読み進めると、現場のつらさは病気の恐ろしさだけではないことが見えてくる。

ワクチンを拒んだ親、何年も息苦しさに耐え続ける患者、治す方法がない病気を前にした無力感。小児科医や内科医、医療ソーシャルワーカーに加えて、「治療される側」だった元患者や家族の声も並んでいる。

元スレッド:r/AskRedditより

※ コメントは投稿者個人の体験談です。病名の注釈は一般的な概要なので、気になる症状があるときは医療機関に相談してください。

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
狂犬病。ほかの病気なら何かしら打てる手が残ってるけど、症状が出てから運ばれてきたら、もうほとんど何もしてあげられない。できることなら二度と見ずに済ませたい。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
ほんとそれ。親戚が狂犬病で亡くなってる。犬に咬まれたのに、ワクチンを打ちに行かなかったんだ。症状が出たときにはもう手遅れで、助ける方法はなかった。こんなことは、もう誰の身にも起きてほしくない。

※ 狂犬病:狂犬病ウイルスを持つ犬などの動物に咬まれて感染する病気。咬まれた直後から傷の洗浄やワクチン接種などの処置を受ければ発症はほぼ防げるが、いったん発症するとほぼ確実に亡くなる。日本国内での感染は1950年代を最後に確認されていないが、海外ではいまも多くの人が命を落としている。

3. 名無しのReddit住民
内科医だけど、正直に言うと末期の心不全と末期のCOPDはもう診たくない。本人は本当に苦しいし、生活の質なんてほとんど残らないのに、良くなる見込みもほぼない。……まあ内科だから、次の勤務でまた会うんだけどね。
それ以外だと、傷がとんでもない状態になるまで放置されてた患者。たいていは誰にも世話をしてもらえずにいたか、重い心の病気をきちんと治療してもらえてなかった人で、そこに至るまでの事情を考えると気持ちが沈む。

※ COPD(慢性閉塞性肺疾患):主に長年の喫煙によって肺が傷み、息をうまく吐き出せなくなる病気。進行すると少し動いただけで息切れし、酸素吸入が手放せなくなることもある。

4. 名無しのReddit住民(>>3への返信)
母がCOPDで、肺の機能はもう3割も残ってない。座ってじっとしてる間は、病気のことを忘れそうになるくらい普通なんだよ。でも数歩以上歩かなきゃいけなくなると、必死に息をしてる音が聞こえてきて、それを聞くのが本当につらい。みんな、タバコは吸わないでくれ。ゆっくりで、怖くて、苦しい死に方だから。

5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
進行したCOPDって、何年もかけて少しずつ窒息していくのを見てるようなものなんだよ。息ができなくなったときの、あの怯えた目は忘れられない。なのに一番やりきれないのは、防げたケースが多いって分かってること。酸素ボンベにつながれてるのに、それでも看護師に「外でタバコ吸わせてくれ」って頼み込んでくるんだから。

6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
そのやりきれなさ、家族の側からもよく分かる。うちの祖父も最後までタバコを欲しがってて、「これだけは取り上げないでくれ」って言ってた。吸い始めた頃は、周りの大人がみんな普通に吸ってた時代だしね。やめられないところまで含めて病気なんだって、家族は途中で割り切るしかなかったよ。

7. 名無しのReddit住民
小児科医です。虐待によるけがと、ワクチンで防げるはずの病気(最近だと、はしか)。
追記:それから、生まれてすぐに勧められるビタミンKの注射を親が断って、脳出血を起こした赤ちゃん。脳に取り返しのつかないダメージが残るのを見てきました。

※ 生まれたばかりの赤ちゃんはビタミンKが不足しやすく、脳などで出血を起こすことがある。アメリカでは出生直後の注射で補うのが標準で、日本では生後にシロップを数回に分けて飲ませる方法が一般的。

8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
医者じゃなくて、小児医療のソーシャルワーカー。駆け出しの頃、百日咳で赤ちゃんが亡くなったことがある。その子のきょうだいは誰もワクチンを打ってなかった。親が「ワクチンは毒だ」と言ってたから。その親は赤ちゃんの最後の数日を、PICUの医者や看護師に「誰も治そうとしてないじゃないか」と怒鳴って過ごしてた。
もう20年は前の話なのに、思い出すたびに悲しくなるし、腹も立つ。それと、虐待によるけがだけは今でも慣れない。慣れてしまったら、そのときが辞めどきだと思ってる。

※ 百日咳:激しい咳の発作が長く続く細菌感染症。ワクチンをまだ打てない月齢の赤ちゃんがかかると、命に関わることがある。PICUは小児集中治療室のこと。

9. 名無しのReddit住民
NORSE(新規発症の難治性てんかん重積状態)と、FIRES。
ざっくり言うと、それまで一度も発作を起こしたことがない人が運ばれてきて、そのまま発作が止まらなくなる。何か月も続くことだってある。亡くなる人も少なくないし、助かっても脳にダメージが残ることが多い。

※ てんかん重積状態:発作が長く続いたり、意識が戻らないうちに次の発作が起きたりする危険な状態。NORSEは、それまで健康だった人に突然これが起きて薬が効きにくいもので、発熱をきっかけに起こるタイプをFIRESと呼ぶ。FIRESは子どもに多い。

10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
おっ、それ自分のことだ! しばらく薬で昏睡状態にされてたよ。いやー、楽しい思い出だなあ(棒)

11. 名無しのReddit住民
スティーブンス・ジョンソン症候群。皮膚だけじゃなくて口の中や目までただれて、患者さんは本当に痛がる。あれを見るのは毎回つらい。

※ スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS):主に薬がきっかけで、高熱とともに皮膚や口・目などの粘膜に広くただれが起きる重い病気。まれだが、命に関わったり、目に後遺症が残ったりすることがある。

12. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
私はその反対側、患者だった。退院が近づいた頃、看護師さんのひとりに「あなたが私にとって最初のSJSの患者で、できれば最後であってほしい」って言われたんだ。病気が体に何をするかを目の当たりにするのも、私がどれだけ痛がってるかを見るのも、相当こたえたらしい。

13. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
SJSを調べたら「最も多い原因は、ラモトリギンなどの特定の薬」って出てきた。
てんかんと診断されてから13年間、ずっとその薬を飲み続けてる私「……えっ」

※ ラモトリギン:てんかんなどの治療に使われる薬。重い皮膚症状の副作用について注意喚起されているが、その多くは飲み始めてから数週間の時期に起きるとされる。心配でも自己判断で服用をやめず、主治医に相談してほしい。

14. 名無しのReddit住民
自分にとっていちばんつらかったのは、乳幼児突然死症候群で赤ちゃんを亡くしたご家族と話をすることだった。治療の場面なら、まだ何かしら手を動かせる。でもあの部屋では、医者にできることが本当に何もないんだ。

※ 乳幼児突然死症候群(SIDS):それまで元気だった赤ちゃんが、主に眠っている間に前触れなく亡くなり、詳しく調べても原因が見つからないもの。

15. 名無しのReddit住民
なんで自分はこのスレを読んでるんだろう。今まで聞いたこともなかった病気のせいで、どんどん不安になってきたんだけど!

16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
友達(男)が、WebMDで症状を調べてるうちに「自分は卵巣がんかもしれない」と本気で思い込んだ、って笑い話にしてた。

※ WebMD:アメリカの大手医療情報サイト。症状を入力すると考えられる病名が出てくるため、「調べるほど重い病気に思えてくる」ネタの定番になっている。

17. 名無しのReddit住民
重いやけど。治療は何週間、何か月と続くし、包帯を替えるだけでも患者さんはものすごく痛がる。それでもこっちは手を止めるわけにいかないから、そこが一番こたえる。

18. 名無しのReddit住民(>>17への返信)
重いやけどを負った当事者です。そのときはTシャツにトランクス姿で、火に直接あぶられたわけじゃない。それでも熱だけで両脚の前側が全部焼けて、Tシャツの袖が燃えてからは手も丸ごとやられた。熱くなった金属のドアノブを回して開けたせいで、手のひらまで焼けた。
2週間昏睡状態にされて、2か月寝たきり。日なたに出られるくらいまで回復するのに2年近くかかった(アジアの暑い国に住んでる)。脚の傷あとがかゆくならずに5分以上じっと立っていられるようになるまでは3年。仕事には8か月で戻れたけどね。
形成外科の手術を何度か受けて、盛り上がった傷あと(ケロイド)を抑えるステロイド注射も1回だけ受けた。その1回で手に20回も針を刺されるんだよ。想像してみてほしい。
公立病院では包帯交換のときに眠らせてもらえなかったから、私立病院に移った。あの包帯交換はこの世の地獄だった。歩き方も、手を握る動きも、何度もリハビリに通って一から覚え直した。
また同じことが起きるくらいなら、死んだほうがいい。うちの国にDNRの仕組みがあったら、迷わず申し込んでる。
支えてくれた医者と看護師のみんなに感謝を。それから、ずっとそばにいてくれた当時の彼女、今の妻に特別な感謝を。

※ DNR:心停止などになったとき、心肺蘇生を行わないよう本人があらかじめ意思表示しておくこと。法的な扱いや運用は国によって異なる。

19. 名無しのReddit住民
壊死性筋膜炎。中でもフルニエ壊疽は、思い出しただけで今でも吐き気がする。
追記:お願いだから、画像は検索しないで。

※ 壊死性筋膜炎:皮膚の下の筋膜に沿って細菌感染が急速に広がり、組織が壊死していく重い感染症。「人食いバクテリア」と報じられることもある。フルニエ壊疽は、これが陰部の周辺で起きるもの。

20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
ちくしょう、やめとけって書いてあったのに調べちゃったよ。
……おやすみなさい。しばらくインターネットから離れます。うっぷ。

21. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
うちの父は太ももの上のほうで壊死性筋膜炎を起こして、運よく助かった。見た目もにおいも正直かなりきつかったし、何より、助かるのかどうか誰にも見通しが立たない病気なんだと思い知らされた。

22. 名無しのReddit住民
ほかのコメントほど生々しくはないけど、脳卒中から命は助かった人たち。言いたい言葉がちゃんと出てこなくて、相手に分かってもらえないもどかしさは、見ていて本当につらい。

23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
親友のお母さんのドナが、大きな脳卒中を起こした。画家だったんだ。そのあとも絵は描き続けられたけど、何かが変わったのは見ていて分かった。脳卒中の前は一枚も描いてなかった抽象画ばかりになったから。
ドナは6月に亡くなった。残した作品が本当に膨大で、子どもたちが手元に残したい分を選んだあとも、偲ぶ会には宴会用のテーブル8台くらいに作品が山積みになってて、好きなのを持って帰ってって言われた。親友は、脳卒中の前の一枚を私のために取っておいてくれてた。
会場でさらに3枚見つけたけど、最後になってもほとんどの人が1枚しか持っていかなくて、まだたくさん残ってた。親友が残りをどうしたらいいか困ってたのを知ってたから、私は会場を回ってごっそり抱えて帰った。ちょうど引っ越したばかりで、壁がほとんど空っぽなんだ。全部額に入れなきゃいけないけど、大好きだった人、しかも私のことを大事にしてくれた人の絵に囲まれて暮らせるなんて、すごく幸せなことだと思う。
脳卒中で絵を描く力まで完全に奪われてたら、ドナはきっと打ちのめされてた。私も毛糸や布で編み物や織物、裁縫をする作り手だから、病気でそれができなくなったらと思うと本当に怖い。

24. 名無しのReddit住民
破傷風。親がワクチンを信じてなかった6歳の子。
PICUに4週間いて、自分は痛みの治療を担当するチームの一員として、数日おきに様子を見に行ってた。
誰かが体に触れるたび、大きな音がするたびに、ひどい筋肉のけいれんが起きる。こっちが何をしても、ほとんど楽にしてあげられなかった。本当に、ひどいものだった。

※ 破傷風:土の中などにいる菌が傷口から入り、筋肉のこわばりや激しいけいれんを起こす感染症。日本でも定期接種のワクチンで予防している。

25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
耳が痛い話だ。うちも上の子のとき、ネットの怖い体験談ばかり読んで、ワクチンを先延ばしにしてた時期がある。小児科の先生は怒りもせずに30分くらい話を聞いてくれて、それで考え直した。あのとき頭ごなしに否定されてたら、たぶん意地になってたと思う。

26. 名無しのReddit住民
きょうだいが検査結果を封筒に入れて渡されて、家に持ち帰ってた。主治医の診察は翌日の予定だった。
本人に「読んでみて」とその紙を渡されて、がんだって伝えなきゃいけなかったのは私だった。
今は寛解してる。それでも20年経った今も、胸にぽっかり穴が空いたままなんだ。

27. 名無しのReddit住民
クロイツフェルト・ヤコブ病。研修を終えてまだ2年なのに、もう2回診断した。病院で働いてるときにも、かかりつけ医として患者を診てるときにも出くわしたんだ。胸が張り裂けそうになるし、自分にできることが何もない。

※ クロイツフェルト・ヤコブ病:プリオンと呼ばれる異常なたんぱく質が脳にたまり、認知症などの症状が急速に進む病気。現時点で、治す方法は確立されていない。

28. 名無しのReddit住民
ALS。頭はしっかりしたままで、周りで起きてることも全部分かってる。なのに体のほうが、少しずつ自分を閉じ込めていく。進行の速いタイプだと、本当にあっという間なんだ。治す方法はまだないし、この先どうなるかを本人が一番よく分かってる。動くことも話すこともできなくなって、最後は体がその場で固まったみたいになってしまう。

※ ALS(筋萎縮性側索硬化症):体を動かす神経が少しずつ壊れていき、手足やのど、呼吸に使う筋肉が動かなくなっていく病気。進行を遅らせる薬はあるが、根本的に治す方法はまだ見つかっていない。

29. 名無しのReddit住民
パンデミック初期のコロナ。誰も見たことがなくて、誰にも免疫がなかった頃のやつ。友達とも家族とも距離を置いて暮らすしかなかったし、院内で感染した同僚たちを亡くした。

30. 名無しのReddit住民(>>29への返信)
自分は医学部1年のとき、父をコロナで突然亡くした。蘇生がうまくいかなかったあの場に、自分は立ち会ってた。母は病室の外で待たされてて、何も見ず、何も聞かずに済んだ。医者が出てきて「手は尽くしましたが」と言ったとき、何度も「いやだ」って言い続けたのを覚えてる。兄は床に突っ伏して叫んでて、家族みんなでICUの外の廊下に座り込んで、映画みたいにエンドロールが流れて、この悪夢が終わってくれないかって願ってた。
だいぶ楽にはなった。でも、あの日の父と似た状態の患者さんを診ると、一瞬であの記憶に引き戻される。まだ回復の途中、ってところかな。

まとめ

30件を並べてみると、医療の現場で「二度と診たくない」と挙がる病気は大きく二つに分かれる。ひとつは狂犬病やクロイツフェルト・ヤコブ病、ALSのように、いったん発症すると根本的に治す手立てがない病気。もうひとつは破傷風や百日咳、はしか、ビタミンK不足による赤ちゃんの脳出血のように、本来なら防げたはずのものだ。前者には無力感が、後者にはやり場のない怒りがつきまとう。酸素につながれてもタバコを欲しがるCOPDの患者の話も、防げたはずなのに止められないという意味で後者に近い。

もうひとつ見えてくるのは、つらさの中心が病気そのものより、その周りにあることだ。集中治療室で医療者を怒鳴り続けた親、突然死で赤ちゃんを亡くした家族との面談、きょうだいの検査結果を先に読んで、がんだと本人に伝える役目を負った人。一方で、看護師に「最初で最後の患者であってほしい」と言われたSJSの元患者や、包帯交換を地獄と振り返りながら医療者と妻に感謝を送ったやけどの当事者、医学部1年で父を亡くし、似た状態の患者を前にするたびに記憶が戻るという人もいる。医者の「もう見たくない」は、患者や家族の「もう経験したくない」と地続きになっている。

日本では狂犬病の国内感染が1950年代を最後に確認されていないように、ここで挙がった病気の中には身近に感じにくいものも多い。それでも、ワクチンをためらっていた親が頭ごなしに否定されず、話を聞いてもらえたことで考え直したという話は、どこの国の診察室でも起こりうることだろう。皆さんは、このスレッドの中でいちばん「知らなかった」と感じた病気や話はどれでしたか?

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