画像が出た瞬間、検査の手が止まった瞬間、それまでの雑談がふっと途切れる瞬間。海外の掲示板で「医療の現場にいる人へ。見た瞬間に胃が沈んだ診断は何でしたか」という質問が投げられ、医師・看護師・臨床検査技師・作業療法士、そして獣医まで、いろいろな立場の人が書き込みました。並んでいるのは病名そのものより、それを誰かに伝えなければならない側から見た数分間の話です。重い話が続きますが、途中には助かった人の話や、かつて不治とされた病気に薬ができた報告も混ざっています。
※ この記事は個人の体験談を訳してまとめたものです。症状の判断や受診の要否については、必ず医療機関にご相談ください。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
父が放射線科医。研修医のころ、すごく明るいおばあちゃんが来て「今日でちょうど1年、再発なしなんですよ」ってずっと嬉しそうに話していたらしい。でも父が見ていた画像には、あちこちに影が写っていた。伝えている途中で父のほうが泣いてしまって、彼女が父の背中をさすって慰めてくれたそうだ。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
患者搬送の仕事をしていて、たまにCT室で技師さんの横に座っている。あるとき「がんに勝ったのよ」と嬉しそうに話していた女性の画像を見て、技師さんが小さい声で「戻ってきてるね」と。何も知らない本人を病室まで運んで帰る道のりが、本当にきつかった。3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
泣いてくれる医者に当たるかどうかって、実はけっこう大きいと思う。廊下で立ったまま事務的に告げられて終わり、という話も山ほど聞くから。お父さん、いい人だな。
4. 名無しのReddit住民
特に何かを疑って来たわけでもない人の、進行した状態のがん。お腹の上からゴルフボールや野球ボールくらいの塊がいくつも触れると、その場の空気が静かになる。触った手のほうが先に理解している感じがして、あれには何回経験しても慣れない。
5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
先日、30代の健康そのものだった男性の肩甲骨に骨肉腫が見つかった。本人はずっと放っておいたらしい。田舎の医療機関で検査も順番待ちで、やっと撮れたMRIを見た瞬間、腕に鳥肌が立った。6. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
救急でがんを告げるのが本当に嫌いだ。「はじめまして、たぶん二度と会いません、何時間も待たせた挙句にカーテン一枚の場所で人生最悪の知らせを渡します。では、お大事に」って、自分でも何をやっているのか分からなくなる。
※ アメリカの救急外来(ER)は、かかりつけ医を持たない人や保険の関係で普段受診できていない人の受け皿にもなっている。日本より「救急で初めて重い病気が見つかる」状況が起こりやすい背景がある。
7. 名無しのReddit住民
神経と筋肉の分野にいる。胃が沈むのは、たいした相談ではないつもりで来た人の筋電図を取っていて、だんだんALSらしい形に見えてくるとき。さっきまで冗談を言い合っていたのに、自分が急に黙って、検査する場所を増やしていく。足の力を見ていたはずが腕に移り、背中の筋肉を見て、しまいには舌まで診る。「どうしてそんなに増えるんですか」と聞かれても、確定するまでその病名は口にしたくない。手や足に力が入りにくいというだけで来た人にそれを伝えた日のことは、一件ずつ全部覚えている。
※ 筋電図(EMG)は筋肉や神経の電気的な働きを調べる検査。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は体を動かす神経が少しずつ働かなくなる病気で、日本でも指定難病になっている。
8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
「確定するまで口にしたくない」という一行に、外科の世界で語られる言葉を思い出した。「すべての外科医は自分の中に小さな墓地を持っていて、時折そこへ祈りに行く。苦さと後悔の場所であり、自分の失敗の説明を探しに行かねばならない場所だ」。厄介なのは、そこで祈っている人の多くが、実際には「その日たまたま当直だった」だけだということなんだよな。
※ 20世紀フランスの外科医ルネ・ルリッシュの言葉として知られている一節。
9. 名無しのReddit住民
救急の看護師をしている。腹部の大動脈が裂けていると分かった患者さんに、医師が「これからすぐ手術です。今のうちに身の回りのことを整理して、ご家族と話してください」と伝えた。手術台から戻れない可能性が高い、という意味だった。その人が奥さんと子どもに電話しているのを、これが最後かもしれないと思いながら見ている時間は、いま自分がどこにいるのか分からなくなる。
※ 大動脈解離・大動脈瘤の破裂は、体の中心を通る太い血管の壁が裂けたり破れたりする状態。発症からの時間が結果を大きく左右する。
10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
心臓外科の手術室にいる。うちにも同じような人が来た。手術室に運ぶ間ずっと電話をしていて、必死に身辺整理をしていた。娘さんとは何年も口をきいていないらしくて、電話の相手は勤め先の上司だった。手術台に移して横になった瞬間に心臓が止まって、そのまま亡くなった。20分後にその上司へかけ直したのは自分だ。11. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
ICUで働いている。術後にこの手の患者さんがよく上がってくるんだけど、いちばん驚いたのは救急で検査中に破裂して、心停止して、いったん死亡確認まで済んだ人。医師が家族に説明している最中に看護師が飛んできて「生きています」と。そのまま手術に入って、ECMOも使って、最後は頭にも障害を残さず自分の足で退院していった。あれは本当にわけが分からなかった。
※ ECMO(体外式膜型人工肺)は、心臓や肺の働きを一時的に機械で肩代わりする装置。
12. 名無しのReddit住民
細菌性の髄膜炎。検査室にいる自分たちが、それを最初に目にする側になる。顕微鏡で髄液のスライドを覗きながら、この人はいま死にどれくらい近い場所にいるんだろうと考える時間が、静かなだけに一番怖い。
※ 細菌性髄膜炎は、脳や脊髄を包む膜に細菌が入り込む病気。背中から採った髄液(脳脊髄液)を調べて診断する。
13. 名無しのReddit住民(>>12への返信)
なった側から書くと、自分の場合は頭痛が始まって5分で「これはまずい」と分かった。恋人に電話して職場まで迎えに来てもらって、そのまま救急に行った。あの頭痛は言葉で説明できない。少なくとも自分は、様子を見ようなんて一秒も考えられなかった。
14. 名無しのReddit住民
元気な子が、ちょっと手が震えるとか、頭が痛いとか、まっすぐ歩きにくいとか、その程度のことで来る。それでMRIを撮ったら、大きくてどうにもならない脳腫瘍が写っている。あの落差だけは何年やっても慣れない。
15. 名無しのReddit住民(>>14への返信)
子どもの腫瘍はどれもきついけど、結末がだいたい見えてしまうタイプは別格だよ。家族のほうは「最近ちょっと転びやすくて」くらいの気持ちで連れてきているから、部屋の空気が変わる速さがすごい。あの瞬間に立ち会う仕事だというのは、何回経験しても飲み込めない。
16. 名無しのReddit住民
神経内科医です。まだらに痩せていく筋肉、舌の表面に細かい動きがあること、左右どちらかから数か月かけて進む力の入りにくさ、やたら強く出る反射。それが若くて健康で、たいてい人当たりのいい人に揃っているとき、診察室で自分の声のトーンが変わるのが自分でも分かる。
17. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
感じのいい人ほど当たっている気がするの、現場にいる人がみんな言うよね。統計的にどうこうという話ではなくて、たぶんこちらが余計に覚えているだけなんだろうけど、それにしても多い気がしてしまう。
18. 名無しのReddit住民
臨月の死産。生まれる前に亡くなっていたと伝えるのに、うまい言い方なんて存在しない。超音波を当てた時点で分かるのに、自分が間違っていてほしくてもう一度スキャンする。動いていないのは見れば分かるのに、カラー表示に切り替えて自分に確認させる。それでも部屋にいる全員が察している中で、こちらが言葉にしないと確定しない。死亡時刻を告げるのと同じで、言った瞬間に事実になる。あのときの泣き声はずっと消えない。
19. 名無しのReddit住民(>>18への返信)
検査技師さんが何も言えない決まりになっているの、あれも相当きついと思う。画面に映っているものが本人にも見えているのに、技師は一言も説明してはいけない。技師さんが席を立って電話をかけに行った時点で、患者のほうも何かを察してしまう。ある技師さんは「あの数分間が拷問だ」と言っていた。
※ アメリカでは重大な所見が出た場合、技師が読影医に連絡し、読影医が主治医に伝え、主治医から本人に説明する手順が決まっている病院が多い。検査室で技師が結果を伝えることは基本的にない。
20. 名無しのReddit住民
10代後半の患者さんが、炎症性腸疾患ということで紹介されてきた。念のため撮ったCTに写っていたのは、すでに転移していた大腸のがんだった。診断名が一段ひっくり返るときの、あの足元が抜ける感じ。
※ 炎症性腸疾患(IBD)は潰瘍性大腸炎やクローン病などの総称。若い世代にも起こり、腹痛や下痢が続くため、症状だけでは他の病気と見分けがつきにくいことがある。
21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
若い人の大腸がんが増えている理由、そのうち何か分かるんだろうか。自分もそろそろ調べたほうがいい歳なんだけど、どこに何を言えばいいのかすら分かっていない。年齢の目安も国によって違うみたいだし。
22. 名無しのReddit住民
作業療法士なので、うちの分野の話をすると、脊髄を痛めた人がある程度まで良くなって、そこで止まってしまうとき。本人はこの調子で歩けるようになると信じているし、こちらはもう伸びしろがないと分かっている。脳卒中のあとも同じで、回復の見込みをどう共有するかが一番難しい。
23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
その「本人が信じている側」だった人間です。背骨がビル解体みたいに潰れて、最初は上体を起こせただけで奇跡扱いだった。歩けないかもしれないと執刀医がすごく慎重に伝えてきたとき、自分は「ふざけるな」と返した。母は娘の言葉遣いに青くなっていたけど、先生は笑って「その調子で最後まで俺と喧嘩してくれ」と言った。手術5回、いまは足を引きずるし杖もいるけど、車椅子からは降りている。
24. 名無しのReddit住民
獣医です。人間の話ばかりで重くなっているので、希望のある話を置いていきます。自分にとって最悪だったのはFIPでした。若い猫に出ることが多くて、当時は治す手段がなかった。もともと猫を飼う気なんてなかったのに、子どもたちに押し切られて家族に迎えた8か月の子猫が、3か月後にはその診断で、こちらから提示できるのが安楽死の相談だけだったご家族のことは忘れられません。ただ、この病気にはいま薬があります。抗ウイルス薬が効くと分かって、治ったという報告が次々に出ている。あの頃を知っている身としては、これは本当に大きな出来事でした。
※ FIP(猫伝染性腹膜炎)は長く不治とされてきた猫の病気。近年は抗ウイルス薬による治療例が広く報告されているが、薬の入手方法や扱いは国・地域によって事情が異なる。
25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
保護施設から引き取ったうちの子がFIPだった。長くて、しんどくて、正直かなりお金もかかる道のりだったけど、1年経ったいまは元気に生意気をやっている。数年前だったらこの子はいなかったんだと思うと、いまだに変な気持ちになる。
26. 名無しのReddit住民
膠芽腫はやはりきつい。あとは、患者さんを予定よりずっと早く麻酔から覚ますことになったとき。開けてみたら本人も家族も思っていたより広がっていて、手を付けられずに閉じたという意味になる。手術室から出るのが早すぎると、待っている家族の顔つきが最初は喜びなんだよ。
※ 膠芽腫(グリオブラストーマ)は脳にできる腫瘍のひとつで、治療が難しいことで知られる。
27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
弟が膠芽腫で、診断から3か月で亡くなった。25歳だった。あっという間すぎて、家族の誰も心の準備が追いつかなかった。
28. 名無しのReddit住民
隣に住んでいる人が、その日たまたま自分の子を預かってくれていた。そして彼女の父親が、その日の最後の患者だった。胸骨のあたりが痛むという相談で、毎日腹筋500回と腕立て100回をやっている人、町ではちょっとした有名人、煙草も吸わない。最初は肋骨まわりの炎症を疑った。胸のレントゲンに写っていたのは進行した珍しいタイプの肺がんで、有効な治療が知られていないものだった。画像を開いた瞬間に、彼女が息子を連れて玄関から入ってきた。あんなに心臓が落ちたことはない。彼は3か月後に亡くなった。
29. 名無しのReddit住民
心配性の同志たちへ。このスレッドは我々のためのものではありません。読むな。ちなみに自分もそちら側の人間で、それを言いに来ただけです。
30. 名無しのReddit住民(>>29への返信)
やめたほうがいいのは分かってるんだけど、やめない。ここまでで自分は全部の病気に当てはまった気がしているし、たぶん今夜は自分の舌の動きを鏡で見ることになると思う。もう心の平穏は諦めた。
まとめ
並んでいる話に共通しているのは、病気の重さそのものより「知ってしまってから伝えるまでの時間」でした。画像を見た技師は何も言えないまま同じ部屋にいて、検査を進める医師は自分の口数が減っていくのに気づき、看護師は本人がまだ知らない知らせを抱えたまま病室まで送り届ける。当人より先に知ってしまった側が、その数分間をどう持ちこたえるかという話ばかりだったのが印象的です。
もうひとつ目立ったのは、暗い話だけで終わっていないこと。心停止から戻って自分の足で退院した人、車椅子から杖まで戻った人、そして数年前まで打つ手がなかった猫の病気に薬ができたという獣医の報告と、その薬で助かった猫の話。悪い知らせを運ぶ側の重さと同じくらい、状況が変わっていくことも書き込まれていました。ちなみにアメリカでは、かかりつけ医を持たない人が救急外来で初めて重い診断を受けるケースが日本より多く、「はじめまして」から人生最悪の知らせまでが一度に来てしまう構造的な事情も、いくつかのコメントの背景にあります。
皆さんは、自分より先に自分のことを知っている人がいる状況、想像したことはありますか?


コメント
今年3月、調子が悪くて病院へ行き注射や薬を貰うがよくならず、一週間後に再診。
そこで良くならない事を言って「それでは見て見ましょう」って事でエコーで見るが、そこで「紹介状を出すので総合病院へ行ってください」って言われて総合病院へ。
総合病院に付いたのがちょうど17時だったけど、先生がいてすぐ診察。
同じくエコーで見て「ガンです。来週手術しましょう」で手術が決まり、20時位まで術前検査。
週末に病院へ行って、翌月曜日に手術になりました。
手術は成功、その後抗がん剤治療も乗り越えて現在復帰しています。
しかし、手術より抗がん剤治療がきつかったです。
具合が悪くなって、仕事は無理だったなぁ。