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海外「心配してくれる人がいるって、いいね」深夜3時、母からの電話に出た私を見て友達がつぶやいた…優しい両親に育てられた人たちの話

海外「心配してくれる人がいるって、いいね」深夜3時、母からの電話に出た私を見て友達がつぶやいた…優しい両親に育てられた人たちの話 人間関係・恋愛

「心が健やかで愛情深い両親のもとで育って、ずっと人を信頼しながら生きてこられた人たち。それって、どんな感じ?」海外の掲示板にこんな質問が立った。返ってきたのは、ただの幸せ自慢ではなかった。友達が実家に帰るのを心底嫌がっていると知った日のこと、同じ家で育った兄に縁を切られた話、そして「そうじゃない家」で育った人たちの複雑な本音。恵まれた家庭の内側と外側、両方の声を読んでいきたい。

※ 元の質問にある「securely attached」は心理学の愛着理論の言葉で、「安定型の愛着」と訳される。子どもの頃に親を「困ったら戻ってこられる安全な場所」と感じられた人ほど、大人になっても人を信頼しやすいとされる。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
最高だよ。心から感謝してる。ただ、みんな自分と同じように育ってるんだと思い込んだまま大人になるから、外の世界に出てから「そうじゃなかったんだ」って思い知らされる。あれはなかなかきつい学びだった。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
まさにそれ。うちは母が、その現実をあえて教えてくれた。
14歳くらいのとき、友達のお母さんの車で家まで送ってもらったら、道中の空気がやたら気まずかったことがあったんだ。家に着くと母が、一言一句このとおりに言った。「あの子のお母さんはね、心の底から不幸で、人と張り合いたがって、嫉妬深い人なの。自分の娘のことも、あなたのことも妬んでる。これからも意地悪なことを言うと思う。でもそれは、あなたのせいでも、あの子のせいでもないからね」
頭をガツンと殴られた気分だった。大人だって間違うことはあると知ってたけど、自分の子どもに本気で意地悪な気持ちを向ける親がいるなんて、考えたこともなかったから。

3. 名無しのReddit住民(>>2への返信)
お母さん、よく言ってくれた! 幸せな家で育った人と話していちばんしんどいのは、こっちの現実を受け入れてもらえないことなんだよ。「うちの親は本当にひどい人間なんだ」って言っても、どこかで冗談か大げさな話だと思われてる。

4. 名無しのReddit住民
思い知ったのは大学の寮の廊下だった。ルームメイトが「親父とはもう4年、口をきいてない」ってさらっと言ったんだ。こっちはその日の朝、自分の親父に電話で洗濯が面倒だって愚痴ってたところ。同じ「親父」って言葉なのに、中身はまるで別の人生だった。

5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
分かる。私が健全で優しい親のありがたみに気づいたのは20代前半だった。
友達と夜中の3時まで遊んでたら母から電話がかかってきて、「大丈夫?」って聞かれたから「平気、もうすぐ帰る」って答えた。一緒にいた友達は家庭がめちゃくちゃで、親から「愛してる」なんてたぶん一度も言われたことがない子。その子がすぐ自分のスマホを確認したんだけど、着信もメッセージも1件もなかった。で、こっちを向いて「心配してくれる人がいるって、いいね」って。あの一言で目が覚めた。

6. 名無しのReddit住民
友達にとって「休みに実家へ帰る」が、本気で気が重いイベントなんだと知ったときはショックだった。自分は帰る日を指折り数えるタイプだったから、みんなもそうだと思ってたんだよ。

7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
気が重いどころか、帰ったあとに回復する時間まで要るからね。この前1週間だけ「実家」に帰ったんだけど、戻ってから2週間半、ずっとソファの上で動けない塊になってた。あの家がどれだけひどかったか、自分がどれだけ雑に扱われてるか、いまだに頭の中で整理してる最中。あなたがこういう思いをせずに済んでて、本当によかったと思う。

8. 名無しのReddit住民
あまり語られない裏側もある。友達が本当の子ども時代の話をようやく打ち明ける相手が、自分になるんだよ。うちが「安全な家」のほうだから。で、こっちには付け足せる話が何もないから、ただ黙って聞くことを覚える。

9. 名無しのReddit住民(>>8への返信)
これ、何度も経験した。数年前に友達3人と週末旅行に行ったとき、3人とも自分の親がどれだけひどかったか話し始めて、最後に全員がこっちを向いたんだ。でも、話せることが何もなかった。うちでいちばん大変なことといえば、依存症の兄弟がいることくらい。それだって両親はずっと愛情を持って支えてきたし、その兄弟もつい最近、15年ぶりにしらふの生活を取り戻せたところなんだ。

10. 名無しのReddit住民
たとえるなら、ディナーパーティーで自分以外の全員が、なぜかカーテンに火をつけようとしてる感じ。こっちはグラス片手に「え、みんなそれやるの……?」ってなってる。

11. 名無しのReddit住民
はい、私です! 本当に最高だよ。今47歳で、両親は結婚して52年、今も仲がいい。安全で、安心できて、愛されて育った。
先週、両親がうちに泊まりに来たんだけど、朝は私のほうが先に起きた。客間のドアが開けっぱなしだったからそっと覗いたら、布団の下に大きな膨らみが二つ、ぴったり寄り添ってた。思わず足を止めて、両親が二人とも生きてて、今もお互いを好きでいてくれることを噛みしめたよ。ありがたいことだと思う。
ただ、ひとつだけ。同じこの家で育った兄が、うちの両親を毛嫌いしてる人と結婚して、48歳のときに両親とも私とも連絡を断ってしまった。いわゆる「ノーコンタクト」ってやつ。これが家族全員をどれだけ苦しめてるか、言葉にできない。どうしてこうなったのか、今も誰も飲み込めずにいる。

※ ノーコンタクト(no contact)は、親や家族との連絡を自分から一切断つこと。英語圏のネットでは、有害な家族から離れる手段として広く使われている言葉。

12. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
ひとつ言っておきたいのは、同じ家族の中にいても、みんなが同じ家族を見てるとは限らないってこと。お兄さんは、あなたとはまったく違う経験をしてたのかもしれない。あなたの知らないところで何かがあった可能性だってある。きょうだいは一人ひとり、違う家族に生まれてくるって言うしね。

13. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
うちもまったく同じで、兄が両親と私から離れていった。ここまで似た話に出会うとは思わなくて、不思議な気分だよ。
こういう話ってしにくいんだよね。今の風潮だと、縁を切られた側に原因があるって、すぐ決めつけられるから。正直、たいていはそうなんだろうとは自分でも思う。でも……うちにとっては人生最大の悲劇なんだ。兄はこのほうが幸せなんだって、自分たちに言い聞かせてなんとかやってる。こっちは幸せじゃないけどね。同じ思いをしてる人がここにもいるって、伝えておきたい。

14. 名無しのReddit住民
たぶん人生でいちばんの恵みだと思う。うちは家族の仲が良すぎて、周りからよく「変わってるね」って言われる。2人目の子どもが生まれたばかりで、4か月前から両親が手伝いのために一時的に同居してくれてるんだけど、正直ずっといてほしい。パートナーも同じ気持ちでいてくれるのが、とんでもなくありがたい。

15. 名無しのReddit住民(>>14への返信)
人間関係でも仕事でも、下にセーフティネットが張ってある感じなんだよね。何かがどうしようもなく悪い方向に転んでも、家族は必ずそばにいてくれるって分かってる。
うちだって完璧じゃないし、みんなそれぞれ問題を抱えてる。でも、お互いの人生を重くするんじゃなくて、軽くし合ってる。ひどいことが起きたら、気持ちの面でも、手を貸すことでも、お金の面でも支え合う。すごくいいことがあったら、自分のことみたいに喜ぶ。自分たちがどれだけ運がいいかは分かってるし、当たり前だとも思ってない。読んでるみんなにも、こういう家族がいたらよかったのにって本気で思う。誰だって、そうしてもらっていいはずなんだから。

16. 名無しのReddit住民
もっと珍しいパターンかもしれないけど、うちは心が安定した大人な両親で、しかも離婚してる。別れたのは私が小さい頃だから、それ以前のことはほとんど覚えてない。二人の間にどんな揉めごとがあっても、私の前には徹底して持ち込まなかった。そのあとそれぞれ再婚したから、私には愛情深くて頼れる親が4人いることになる。4人は普通に友達同士で、祝日のごちそうは全員そろって食べる。今度4人にとって初めての孫が生まれる予定で、ベビーシャワーは母と継母が二人で一緒に企画してくれた。
とんでもなく運がいいと思う。ただ、家族の揉めごとってものがどうもピンとこない。欠点とまでは言わないけど、自覚はある。親とちょっと意見が食い違う以上のケンカなんて、したことも見たこともないから。

※ ベビーシャワーは、出産を控えた人を囲んで家族や友人がお祝いするパーティー。アメリカでは定番の行事。

17. 名無しのReddit住民
かなり最高だよ。ただひとつ落とし穴があって、家の外で揉めごとにぶつかると、3倍くらいのダメージを食らう。家の中に怒鳴り合いも駆け引きもなかったから、そういうのを受け流す筋肉が育ってないんだと思う。

18. 名無しのReddit住民(>>17への返信)
私は、両親が死んだら自分がどうなるのか、ずっと怯えながら生きてる。パートナーは自分の親との関係がもともと微妙だから、悲しみはしても打ちのめされはしないと思う。でも私は壊れる。親がただ……そこにいて、味方でいてくれる。それがずっと当たり前で、ずっと心地よかったから。

19. 名無しのReddit住民
若い頃は当たり前だと思ってた。大人になって他人の子ども時代の話を聞いて、初めてあれは贈り物だったんだと気づいた。40代半ばの今でも、親には何でも話せるし、困ったら相談できる。
ただ、そうじゃない家で育った人を理解するのが難しいときがある。妻は怒鳴られて、けなされて育った人で、子どもに対して「そこまで言う?」って反応をすることがあるんだ。「いや、大したことじゃないじゃん。なんでそんなに怒ってるの」と思うんだけど、そのあとで、妻の子ども時代が今の性格のどこかに影を落としてるんだと気づく。
逆に、家の中のゴタゴタには自分がめっぽう弱い。妻に怒鳴られると「え、なんでそんなに怒ってるの? 愛し合ってる夫婦なのに、なんでこんな扱いをするの?」ってなって、気持ちの処理が追いつかない。自分の育った家では、見たことも経験したこともなかったから。

20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
こっちは奥さん側の立場だから、読んでて耳が痛いし、ちょっと言い返したくもなる。うちも夫が穏やかな家の出で、私が子どもを叱ると「そこまで言わなくても」って顔をされる。でも私が育った家の基準だと、あれは怒鳴ったうちにも入らないんだよ。自分の「普通」の物差しがずれてるんだと自覚したのは、結婚して何年も経ってからだった。夫の「なんでそんなに怒ってるの?」は責めてるんじゃなくて本当に分からないだけなんだ、と気づいてから、少しずつ話し合えるようになった。

21. 名無しのReddit住民
妻とは16歳で出会って、付き合って30年以上、結婚して26年になる。誰に聞いても、今でも深く愛し合ってて、気持ちの面でも支え合ってて、二人の子どもにも全力を注いできた夫婦だと言うと思う。
なのに、子どもは二人とも本当にしんどい状態なんだ。不安障害にうつ、ADHDや自閉症の診断もついてて、挙げたらきりがない。打たれ強さみたいなものがまるでなくて、親がずっと支え続けないと社会でやっていけないんじゃないかと本気で心配してる(今は19歳と16歳)。
二人のことは心から愛してるし、この先の人生はずっとこの子たちの面倒を見ていくんだと腹をくくってる。でも、安定した愛情深い親がいれば必ずうまくいく、ってわけじゃないんだよ。

22. 名無しのReddit住民(>>21への返信)
お子さんたちが今も親を頼れて、親のほうも見捨てずに支えるって決めてる。それ自体が、このスレで言う「安全な家」なんだと思う。うちは不安がひどかった子どもの頃に「甘えるな」で片付けられて、頼る先がないまま大人になった。うまくいくかどうかと、帰れる場所があるかどうかは、たぶん別の話なんだよ。

23. 名無しのReddit住民
自分は不安ってものをほとんど感じないから、むしろ変わり者扱いされてる。やれることをやって、うまくいかなければ少し落ち込むけど、だいたいは笑い飛ばして次に行く。がんになったときも周りのほうが大騒ぎで、心配する友達や家族を支えてたのは自分だった。
親は片方が看護師で、もう片方が料理人。子どもの頃は、具合が悪くても、ケガをしても、腹が減っても、とりあえず母さんか父さんのところに行けばよかった。だからまず自分でやってみて、ダメでも頼れる場所があるって分かってた。それが今の性格の土台なんだと思う。
とはいえ、いいことばかりじゃない。宗教はがっつり押しつけられたし、10代の頃は口論が絶えなくて罰も厳しかった。ちょっとした悪さもすぐバレる。「成功してる」一家の子として、「持ってる力を発揮しなさい」っていうプレッシャーもすごかった。

24. 名無しのReddit住民
こんな珍しい人生をもらえて、本当に恵まれてると思ってる。でも同時に、親が素晴らしい人だったと口にすることが、呪いみたいに感じるときもある。「苦労してない人には分からないよね」って、話ごと取り合ってもらえなくなることがあるから。

25. 名無しのReddit住民
10代の頃、ノートパソコンを修理に出さなきゃいけなかったんだけど、電話が怖くて修理店にかけられなかった。そしたら父が「代わりにかけてやるよ」って言ってくれて、心底ほっとしたんだ。
で、父は電話がつながるなり「もしもし、娘が修理の予約をしたいそうなので、本人に代わります」。そのまま受話器を渡された。めちゃくちゃ腹が立ったけど、完全に父が正しかった。

26. 名無しのReddit住民
このスレを読んでて、この前の父の一言を思い出した。両親は今、一生に一度のカナディアン・ロッキー周遊の旅の真っ最中で、母はちょっと風邪をひいてる。家族のグループチャットでおじが「今のところ、どこがいちばんよかった?」って聞いたら、父の返事が「ゴホゴホ咳してる、うちのボロボロのナビ係の隣」。何十年経っても、あの二人はただ一緒にいるのが楽しいんだよね。

27. 名無しのReddit住民
先週、パートナーとの旅行中にパニック発作を起こした。両親と兄弟抜きで旅行したことが一度もなくて、みんなに会いたくてしばらく本気で取り乱しちゃったんだ。すぐ落ち着いて旅行自体は楽しめたけど、パートナーには「クルーズ船の上で、ママが恋しくてパニックになってるの、我ながら赤ちゃんみたいで恥ずかしい」って白状した。

28. 名無しのReddit住民
想像で言うしかないけど、たぶん、何があっても帰れる安全な場所がある、って感じなんだろうね。自分にはまったく縁のない感覚なんだ。人生ずっとそういう場所を探してきたし、20代の頃は健全とは言えない人や恋人の中にそれを求めてた。
2年くらい前に50歳になって、そこに「自分の人生って何だったんだろう」みたいな考えまで重なってきた。迷子になってる気がするし、ようやく「ここが自分の家だ」って言える場所を見つけるための時間が、もう残り少ない気がしてる。

29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
私も親には頼れない家で育った。「帰る場所」と呼べるものができたのは40代の後半で、今のパートナーと年寄りの犬一匹と暮らし始めてからだよ。生まれる家は選べなかったけど、帰る場所はあとからでもつくれた。偉そうなことは言えないけど、時間切れなんてことはないと思ってる。

30. 名無しのReddit住民
本当に素晴らしい道のりだった。ここに書いてる人たちと同じで、みんなが自分みたいに育ったわけじゃないと知ったときは驚いたよ。うちはお金はあまりなかったけど、愛情と信頼はいつもあった。母は移民の両親のひとり娘で、父の兄弟は一人だけ、それも結婚が遅かったから親戚は少ない。私自身は、兄弟とすごく仲が良かった。支えてもらいながら、高い期待もかけられて育った。
結婚して、夫も私も仕事ではかなりうまくいって、子どもは3人、うち2人は養子。人生で思い切った挑戦ができたのは、家族がくれた土台があったからだと、今なら分かる。
今58歳。この5年で、父と、あの仲の良かった兄弟を亡くした。母は88歳で今もバリバリ元気だけど、心臓の病気がいずれ母を連れていくことも分かってる。人生には何度もとんでもない変化球が飛んできたし、つらい出来事は容赦なく殴りかかってくる。それでも乗り越えてこられたのは、揺るぎない支えのおかげで骨の髄まで染みこんだ、ばかみたいな量の自信のおかげかもしれない。
父と兄弟に会いたくてたまらない。母が逝ったら打ちのめされると思う。でも心のどこかで、ずっと分かってたんだ。これは私の人生で、私の旅。周りは支えて、育てて、愛してくれるけど、それを豊かにできるのは自分だけ。希望を胸に持ってるみんなに、幸あれ。

まとめ

恵まれた家庭で育った人たちの答えは、「最高だった」のひと言では終わらなかった。多くの人が口をそろえたのは、みんなも同じように育っていると思い込んでいて、寮の廊下や深夜の電話、友達との旅行先で、その思い込みを外から壊されたという体験だ。そして「そうじゃない家」の側からは、帰省のあと2週間半動けなかった話や、「こっちの現実を受け入れてもらえない」という苛立ちが返ってくる。同じ「親」という言葉が、人によってまったく違うものを指しているという事実が、スレ全体を貫いていた。

意外だったのは、安定した家が弱点も生むという声の多さだ。家の外の揉めごとが3倍効く、親を失うのが怖くてたまらない、荒れた家で育った配偶者の「普通」が理解できない。一方で、愛情深い夫婦の子が二人ともつらい状態にあったり、同じ家で育った兄が絶縁したりと、良い家庭が良い結果を約束するわけではないことも語られた。電話が怖い娘に受話器を渡した父の話が示すように、「安全な家」とは甘やかしてくれる場所ではなく、失敗しても戻ってこられる場所のことなのかもしれない。

日本でも「親ガチャ」という言葉が広まったが、このスレには、当たりを引いた側の感謝と戸惑い、引けなかった側の痛み、そして帰る場所をあとからつくった人の声が並んでいた。皆さんにとって、「何があっても戻れる場所」はどこにありますか?

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