誕生日、卒業式、通知表がよかった日。そういう特別な日に家族で行く「決まった店」が、どこの家にもあったと思う。子どもの頃はそこが世界一の高級レストランだと信じていたのに、大人になって同じ席に座ったら、駐車場だけがやたら広い普通のチェーン店だった——そんな告白が次々に出てきたスレッドがこちら。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
レッドロブスター。今夜あそこに行くぞって聞かされた瞬間、その日はもう勝ちが確定してた。ロブスターなんて一度も頼んだことないのに、店名にロブスターが入ってるだけで一流の店だと思い込んでたんだよね。
※ レッドロブスター:米国のシーフードチェーン。席に着くと無料で出てくる温かいチェダービスケットが名物。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
あのビスケット、小学生の頃はおかわりできると知らなくて、1人1個の配給制だと思って死ぬほど大事に食べてた。今は座った瞬間に追加を頼む大人になったよ。
3. 名無しのReddit住民
アウトバック・ステーキハウス。オーストラリアの本場の店だと本気で信じてて、社会の授業で「オーストラリア料理なら食べたことある」って自慢した記憶がある。ただのアメリカのチェーンでした。
※ アウトバック・ステーキハウス:オーストラリアをテーマにした米国発のステーキチェーン。玉ねぎを花のように開いて揚げたブルーミンオニオンが看板メニュー。
4. 名無しのReddit住民(>>3への返信)
うちはアウトバックじゃなくてチリズだったけど、話は全く同じ。90年代のカナダだとチリズはかなりおしゃれな店で、行く日は襟付きのシャツを着せられてた。
※ チリズ/アップルビーズ:どちらも米国発の大衆的なレストランチェーン。日本でいうファミレスに近い位置づけ。
5. 名無しのReddit住民
オールド・スパゲッティ・ファクトリー。子どもの頃はチェーンだってことすら気づいてなかった。セントルイスの店なんてステンドグラスがあって、店内に本物の路面電車が置いてある。あんなの高級店以外にありえないでしょ。
※ オールド・スパゲッティ・ファクトリー:米国のパスタチェーン。古い倉庫や歴史的建築を改装した豪華な内装で知られる。
6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
大人になってからシアトルの店に入ったんだけど、味はオリーブガーデンと同じくらいだった。内装に全部を注ぎ込んでた店だったんだなって、30年越しに理解したよ。
7. 名無しのReddit住民
オリーブガーデン。うちなんてプロムの日の食事もここだった。慣れないドレスを着て、ブレッドスティックを無限におかわりしてたんだから、今思えば相当おかしな絵面だよ。
※ オリーブガーデン:米国のイタリアンチェーン。サラダとブレッドスティック(細長いパン)がおかわり自由。プロムは高校のダンスパーティーで、正装して臨む一大イベント。
8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
オリーブガーデンが高級じゃないと気づくまで時間かかりすぎた。チキンパルメザン、あれ絶対レンジで温め直してるでしょ。とはいえサラダとパンのおかわりだけは今でも本気で評価してる。
9. 名無しのReddit住民
カサ・ボニータ。店の真ん中に滝があって、途中から人が飛び込むショーが始まるんだよ。料理の味なんて一度も気にしたことがなかった。あれはレストランじゃなくて屋内テーマパークだったと今なら言える。
※ カサ・ボニータ:デンバーにある巨大メキシカンレストラン。店内の滝への飛び込みショーが名物で、料理よりも演出で有名。
10. 名無しのReddit住民
チチズ。さすがに五つ星だとは思ってなかったけど、うちでは「今日は外で食べるからちゃんとした服に着替えなさい」の店だった。あのフライドアイスクリームのために着替えてたわけだ。
※ チチズ:かつて全米にあったメキシカンチェーン。米国内の店舗は2000年代に姿を消した。
11. 名無しのReddit住民
レインフォレスト・カフェがまだ出てないのが意外なんだけど。20分おきに雷が鳴って、象やゴリラが一斉に動きだすあの店を、当時の自分は最高級レストランの頂点だと思ってた。
※ レインフォレスト・カフェ:ジャングルを模した内装のテーマレストラン。機械仕掛けの動物と雷雨の演出が売り。
12. 名無しのReddit住民
ポンデローサ。「8番のセットをお願いします」って番号で注文するのが最高にキマってると思ってた。あの瞬間の自分、たぶん脳内ではタキシードを着てたと思う。
※ ポンデローサ:ステーキとビュッフェを組み合わせた米国のチェーン。定食が番号で並んでいた。
13. 名無しのReddit住民
ピザハット。サラダバーが世界一おしゃれな設備だと思ってたし、本を読んだご褒美でピザがもらえる制度もあった。つまりうちの家は読書を祝ってピザを食べてたことになる。悪くない育ち方でしょ。
※ 米国のピザハットには、子どもが本を読むと無料ピザ券がもらえる読書奨励プログラムがあった。学校ぐるみの思い出になっている世代も多い。
14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
70年代の話だけど、キャンプ旅行の途中で「今日は外で食べるぞ」と言われてピザハットに入った時の感動は忘れられない。冷房が効いてて、店内が暗くて、赤いプラスチックのコップでコーラが出てきて、しかも皿を自分で洗わなくていい。テントとピクニックテーブルの生活から行くと、あそこはもう宮殿だった。
15. 名無しのReddit住民
クラッカーバレルがうちの特別な場所でした。わかってる、何も言わないでくれ。それでも未だにあのビスケットと店先の雑貨の匂いで実家を思い出すんだから、もうどうしようもない。
※ クラッカーバレル:南部の家庭料理を出すチェーン。入口が土産物と雑貨のカントリーストアになっている。
16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
その気持ちわかるよ。うちはバグアブー・クリークだった。壁のヘラジカの首が急に喋りだす山小屋みたいな店で、あの名前を出すとミレニアル世代は一斉に起動する。温かいパンとホイップバターの記憶だけで。
17. 名無しのReddit住民
誕生日はフレンドリーズ一択だった。店員が総出で歌いにきて、最後にアイスが出てくる。あの数分間だけは店にいる全員が自分のために働いてる気がしてたよ。
※ フレンドリーズ:アイスクリームとハンバーガーが看板の、米国東部を中心としたファミレス。
18. 名無しのReddit住民
グラウンドラウンド。五つ星? いや、うちの評価ではあそこ十つ星だったよ。ポップコーンが食べ放題で、子ども向けに映画まで流れてた。あれ以上の店が世の中に存在するっていう発想自体がなかった。
※ グラウンドラウンド:かつて全米にあった家族向けのレストランチェーン。子ども向けの演出が多かった。
19. 名無しのReddit住民
ベニハナ。鉄板の前でシェフが玉ねぎを積み上げて火山にするやつ、あれを見るために一年待ってた。誕生日以外で行ける値段じゃないって親もはっきり言ってたしね。
※ ベニハナ:米国で広く展開する鉄板焼きチェーン。客の目の前で調理しながら見せるパフォーマンスが売り。
20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
シェフがエビを客の口に投げ入れるやつ、自分は見事に外して床に落としたんだけど、家族はそれを20年語り継いでる。料理の味の記憶はゼロなのに、エビが床に落ちた音だけ鮮明に残ってるのが不思議だよ。
21. 名無しのReddit住民
うちには子どもの祝い事が3つあった。10歳でウォルマートの新品の自転車(それまではお下がりか子ども用のちびっこ自転車)。13歳になると母と2人きりでパーキンズ。そして高校卒業は家族全員で地元のアルドス。ただアルドスは自分の番が来る前に潰れてしまって、卒業祝いはオリーブガーデンになった。
※ パーキンズ:パンケーキやパイで知られる米国のファミレスチェーン。
22. 名無しのReddit住民
ゴールデンコラル。正直、今でもたまに行っちゃう店ではあるんだけど、当時は祖母が町に来た時だけ、しかも祖母が払ってくれる時だけ行けた。うちの家庭にとっては文句なしに最上級の外食だったよ。
※ ゴールデンコラル:大型のビュッフェチェーン。安価で食べ放題。
23. 名無しのReddit住民
ウエスタン・シズリン。セルフサービスのアイスクリームバーがあって、自分でコーンに巻いて、トッピングも好きなだけ乗せられる。10歳の人間に対してあれ以上の贅沢を用意できる大人はこの世にいないよ。
※ シズラー/ウエスタン・シズリン:ステーキとサラダバーが売りのチェーン。かつては日本にもシズラーが多く出店していた。
24. 名無しのReddit住民
テキサス・ロードハウス。ピーナッツの殻を床に捨てていいというルールが衝撃で、初回はさすがに親の顔色をうかがった。あとレッドロビンでポテトがおかわり自由と知った日に、自分の中の贅沢の定義が完全に上書きされた。
※ テキサス・ロードハウス:全米のステーキチェーン。レッドロビンはハンバーガーチェーンで、フライドポテトのおかわりが自由。
25. 名無しのReddit住民
エド・デビックス。料理はごく普通の50年代風ダイナーなんだけど、店員がわざと客に失礼な態度を取るのが売りの店。きょうだいがストローの包み紙を店員に飛ばしたら、しばらくして空のミルクシェイクを頭からぶちまけるふりをやり返されてた。カップは紙で中身も空。失礼にすればするほどチップが増える店なんて他に知らない。
26. 名無しのReddit住民
KFC。当時はまだケンタッキーフライドチキンってちゃんと呼んでた。10歳でアメリカに引っ越してきた身にとって、あのバケツは完全にごちそうだったんだよ。今でもあの匂いを嗅ぐと引っ越してきた年に戻る。
27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
同じだ。うちは地元の中華料理屋で、肉を使わないメニューが多い店だった。家族7人で70ドルくらい。90年代から2000年代にかけて、年に1、2回だけの行事で、それ以外は本当にずっと家のご飯。あそこのパイナップル入りの肉じゃないチキンをもう一度食べたいんだけど、料理長が替わって味も変わってしまった。
28. 名無しのReddit住民
ウエスタン・シズリンっていう小さなチェーンがあって、間違ってもおしゃれな店じゃないんだけど、昔からあそこの飯が好きだった。父が大腸がん、母がパーキンソン病と認知症で倒れて実家に戻ってからは、あの店が家族の集合場所になった。母が現実から少しずつ離れていく中で、あそこにいる間だけは戻ってきてくれる感じがして、1、2時間だけ全部が大丈夫みたいな気持ちになれたんだ。今も帰省するたびに必ず寄る。子どもの頃の店は軒並み味が落ちたのに、あそこのステーキだけは昔のままで、しかも信じられないくらい安い。もし潰れそうになったら、自分の将来を全部担保に入れてでも買い取って続けるよ。
29. 名無しのReddit住民
子どもの頃の話じゃないけど、イラクから戻るたびにイン・アンド・アウトに行ってた。友達と家族に囲まれてあれを食べてる間だけは、通路の角を警戒しなくていいし、仕掛けられた爆弾を避けなくていい。帰ってこられなかった連中のことも、ほんの数分だけ考えずにいられた。自分にとっての祝いの店はあそこだよ。
※ イン・アンド・アウト:米国西海岸を中心に展開するハンバーガーチェーン。熱狂的なファンが多い。
30. 名無しのReddit住民
ここまで読んで思ったけど、店がショボかったんじゃないんだよな。家族全員が同じテーブルに座って、誰も皿を洗わなくていい時間そのものが贅沢だったんだ。うちの親は外食の前の週から静かに節約してた。あの時の親の顔を思い出す限り、あそこは今でも五つ星だったと言い張れる。
まとめ
並んだ店名を眺めると、いわゆる「高級」とは方向性が違う共通点が見えてきます。滝への飛び込み、20分おきの雷、鉄板の玉ねぎ火山、床に捨てていいピーナッツ——つまり子どもが高級だと感じていたのは料理の質ではなく、家では絶対に起きない出来事のほうでした。おかわり自由のパンやサラダバーが最上級の設備に見えたのも、それが「際限なく食べていい」という、日常では許されない体験だったからでしょう。日本でいえば、家族でファミレスに行ってドリンクバーを何往復もした記憶や、誕生日に店員がケーキを持ってきて歌ってくれた記憶に近いものがあります。そして面白いことに、大人になって味の正体に気づいた人ほど、その店を悪く言っていません。むしろ潰れた地元の店を惜しみ、親が何日も前から準備していたことを思い出しています。皆さんの家の「特別な日の店」はどこでしたか?

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