「普通」だと思ってた。海外掲示板Redditで「子ども時代は当たり前だったけど、大人になってから”あれはおかしかった”と気づいたことは?」が話題になり、「8歳の自分が母親の夫婦問題のカウンセラーをしてた」「ベルトで殴られるのは”しつけ”と呼ばれてた」「泣くのをやめないなら泣く理由を作ってやる、が日常だった」「友達の家に行って初めて、怒鳴らない親がいると知った」…。子ども時代の「普通」は、家の中でしか通用しない「普通」だった。大人になって外の世界を知った時の衝撃──30選をお届けします。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
8歳の自分が、母親の夫婦問題のカウンセラーをしてた。大人が子どもに悩みをべらべら話して、子どもが「うんうん」と聞く。「お父さんがね、ああでこうで」。8歳は解決策を持ってない。でも聞くことはできる。聞くしかない。自分のせいでもないことに「ごめんね」と謝らされるのも普通だった。親が泣いてたら「自分が悪いことをしたからだ」と思った。自分がいい子にしてれば親は泣かないと信じてた。──子どもをセラピスト代わりにすることを「親子化(parentification)」と呼ぶ。子どもと大人の役割が逆転する。子どもは「聞いてあげなきゃ」と思って自分の感情を後回しにする。その癖が大人になっても抜けない。
※ 親子化(parentification)は、子どもが親の感情的ケアを担わされる状態。感情的親子化(emotional parentification)と呼ばれるこのパターンは、成人後の不安障害、うつ病、共依存的な対人関係のリスクを高めるとされる。臨床心理学では「見えない虐待」として認識されている。
2. 名無しのReddit住民
「泣くのをやめないなら、泣く理由を作ってやる」。これが日常だった家庭で育った人は多い。泣いてるのは「何かが辛いから」なのに、泣くこと自体が罰の対象になる。感情を表現すると罰を受ける。だから感情を消す方法を覚える。ベルトで殴られるのは「しつけ」と呼ばれてた。理不尽な理由で叩かれても「お前が悪い」。平手打ちは「普通の家庭」の範囲内。大人になって初めて知った──「しつけ」と「虐待」には明確な線がある。恐怖で子どもをコントロールすることは教育じゃない。「言うことを聞く子ども」を作ってるんじゃなくて「怖がる子ども」を作ってる。
※ 2019年に日本で施行された改正児童虐待防止法では、親権者による体罰が明確に禁止された。WHOは「体罰はいかなる形でも子どもの発達に有害」との立場をとっている。50カ国以上がすべての場面での体罰を法律で禁止。
3. 名無しのReddit住民
「どんな大人でも尊敬しろ」と教えられた。大人の言うことは絶対。たとえその大人がどれだけ理不尽でも。先生が間違ってても反論するな。親戚のおじさんが失礼なことを言っても黙ってろ。初対面の叔父や叔母に無理やりハグさせられた。体を触られるのが嫌でも「失礼だから」と我慢しろ。──「大人を尊敬しろ」は「大人には逆らうな」の別名だった。子どもに「NO」を言う権利を教えないのは、将来「NO」を言えない大人を作ること。ハグは相手がしたい時にするもの。子どもの体は子どものもの。「礼儀」の名のもとに子どもの境界線を壊してた。
4. 名無しのReddit住民
毎晩、親が酒に酔ってた。酔っ払いの口調と酒臭さを我慢しながら寝た。「大人ってこういうもの」だと思ってた。飲み始める夕方を「楽しみ」にしてた──皮肉なことに、酔った親の方が機嫌がよかったから。成人して自分も飲み始めた時、「記憶をなくすまで飲む」のが普通だと思ってた。大学に行って、友達が「2杯でやめる」のを見て衝撃を受けた。「節度」を大学で初めて学んだ。家で学ぶはずだったことを、他人から学んだ。
※ アルコール依存症の親を持つ子ども(ACOA: Adult Children of Alcoholics)は、自身もアルコール依存症になるリスクが約4倍。また「過剰な責任感」「人の顔色を読む」「自分の感情を抑える」などの特徴的なパターンが成人後に現れることが多く、これを「ACOAシンドローム」と呼ぶ。
5. 名無しのReddit住民
友達の家に行って初めて知った──「怒鳴らない親がいる」。うちでは小さなミスで怒鳴られるのが日常。コップを落としたら怒鳴られる。テストの点が悪かったら怒鳴られる。何もしてなくても機嫌が悪ければ怒鳴られる。それが「普通」だった。友達の家で、友達がジュースをこぼした時、友達のお母さんが「大丈夫、拭こうね」と言った。その瞬間、体が固まった。「怒らないの?」。怒らなかった。世界にはコップを落としても怒らない家があることを10歳で知った。ある人は50歳を超えてから「良い親がいるのが普通」だと気づいたと書いてた。50年間、自分の家が「普通」だと信じてた。
6. 名無しのReddit住民
「私がそう言ったから」が唯一の理由だった。なぜダメなのか説明されない。「なぜ?」と聞くと「口答えするな」。──大人になって自分が親になってから気づいた。「私がそう言ったから」は、親自身がどう説明していいかわからなかった時の降参の合図だった。論理的な理由がないのに「ダメ」と言ってしまって、引っ込みがつかなくなった時の逃げ道。悪意があったわけじゃない場合もある。でも子どもにとっては「理由なく否定される」体験の蓄積。「なぜ?」と問うことが許されない環境で育った人は、大人になっても「なぜ?」と聞くのが怖い。上司に、パートナーに、医者に。
7. 名無しのReddit住民
身長164cm、体重52kgの時に母親と兄弟と友達から「太ってる」と言われ続けた。164cm/52kgはBMI19.3──標準のど真ん中。どこが太ってるのか。母親が拒食症だった。母親の「普通」が歪んでて、その歪みが子どもに転写された。食べ物との関係が今も難しい。食事を「楽しみ」じゃなくて「計算」として見てしまう。今は体重75kgで誰にも太ってると言われない。意味がわからない。たぶん意味はない。当時の「太ってる」は事実じゃなくて、母親の病気の投影だった。
※ 親の摂食障害が子どもの食行動に影響を与えることは多くの研究で示されている。拒食症の母親の娘は、そうでない母親の娘に比べて摂食障害を発症するリスクが約5倍。食事に関する否定的なコメントは「ボディ・シェイミング」として、近年では心理的虐待の一形態として認識されつつある。
8. 名無しのReddit住民
1970年代、兄と二人でテキサスからフロリダまでピックアップトラックの荷台に乗って移動してた。シートベルトなし。屋根なし。何時間も風を浴びながらハイウェイ。毎年夏の恒例行事。当時は「楽しかった」。今考えると「死ななくてよかった」。70年代のアメリカの安全基準は、2020年代の基準で見ると別の惑星。子どもだけで自転車に乗って隣町まで行く。知らない大人の車に乗る。「気をつけてね」が唯一の安全対策。生き延びた世代がいるのは、安全基準が正しかったからじゃなくて、運が良かっただけ。
9. 名無しのReddit住民
注意されて怒鳴られて、「自分はダメな子だ」と思ってた。集中できない。座ってられない。忘れ物が多い。「怠けてる」「やる気がない」と言われた。実はADHDだった。でも誰も気づかなかった。診断されずに大人になった。「自分がダメ」だと信じたまま。あの恥ずかしさが今も残ってる。先生に叱られた時の教室の空気。みんなが見てる前で「どうしてできないの?」。答えは「脳がそうできてるから」。でも誰もそれを教えてくれなかった。
※ ADHDの診断が遅れた成人は、自己肯定感の低さ、不安障害、うつ病の発症率が有意に高い。特に1990年代以前は「落ち着きがない子=しつけの問題」とされ、多くのADHD児が適切な支援を受けられなかった。日本でもADHDの成人診断が増加しており、「大人の発達障害」として認知が広がっている。
10. 名無しのReddit住民
ストレス解消で頭を叩いたり、自分を傷つけたりしてた。「みんなそうしてる」と思ってた。感情の処理方法を誰からも教わらなかった。怒りの出口がなくて、自分の体に向けた。学校では「我慢しろ」。家では「泣くな」。「感じるな」と言われ続けた結果、感情を感じた時に「どうすればいいかわからない」状態になった。自傷は「おかしい」んじゃなくて「他に方法を知らなかった」。感情の教育が抜け落ちた子ども時代の結果。
11. 名無しのReddit住民
家の男の子より明らかに食事の量が少なかった。「女の子はあまり食べなくていい」。男の子には肉の大きい方。女の子にはサラダ。同じ食卓で、兄弟と明らかに違う量。「女の子はそんなに食べないでしょ」。食べたかった。でも「食べたい」と言えなかった。言ったら「太るよ」。性別で食事の量を変えるのは栄養学的に根拠がない。成長期の子どもは性別に関係なくカロリーが必要。でも「女の子はたくさん食べるべきじゃない」が文化として染みついてた。
12. 名無しのReddit住民
毎日幼稚園のバス停で父親に迎えられて、おもちゃとおやつを持ってバーに連れて行かれた。母親の帰宅を待ちながら、バーのカウンターの端で遊んでた。タバコの煙とビールの匂い。大人たちの大声。子どもの場所じゃない。でも「お父さんと一緒」だから安全だと思ってた。大人になって「あれはネグレクトだった」と気づいた。父親は悪い人じゃなかった。でも「子どもをバーに連れて行く」が選択肢に入ってる時点で、何かが壊れてた。
13. 名無しのReddit住民
両親が大麻をよく吸ってた。ティーンになるまでそれが薬物だと知らなかった。あの匂いが「家の匂い」だった。友達の家に行って「なんか匂いが違う」と思った。違うんじゃなくて、友達の家が「普通」だった。他の親はしないと知って驚いた。子どもの「普通」は家の中で形成される。比較対象がないから。外の世界を知って初めて「あれ?」と思う。
14. 名無しのReddit住民
学校でお金が足りなくて昼食を取り上げられた。ランチの列に並んで、会計で「残高不足です」と言われて、トレーを返す。みんなが見てる。「今日は食べられない日」。大人たちはそれを「ルール」として運用してた。──学生教師になってから気づいた。子どもが空腹のまま午後の授業を受けるのは「ルール」じゃなくて「システムの失敗」。空腹の子どもは集中できない。学力が落ちる。学力が落ちると「努力が足りない」と言われる。空腹のせいなのに。
※ 米国では「学校給食の負債(school lunch debt)」が社会問題化。残高不足の子どもに代替食(チーズサンドイッチ等)を提供するか、食事自体を拒否する学校もあった。2023年時点で米国の8州がすべての生徒に無料の学校給食を提供する法律を施行。日本の給食制度は世界的に見ても手厚いが、給食費の未払い問題は約0.9%の世帯で報告されている。
15. 名無しのReddit住民
13歳の時、18歳以上の男が週末に酒を買ってくれて一緒にいた。「年上の友達がいる俺、かっこいい」と思ってた。大人になってから考えると、18歳以上の男が13歳の子どもに酒を買って一緒にいる理由は一つもない。かっこよくない。不気味。「大人が子どもに寄ってくる」は子ども側からは見えない。子どもは「選ばれた」と感じる。大人は「利用してる」。グルーミングの構造はいつも同じ──特別扱いして、信頼させて、境界線を壊す。
※ グルーミング(grooming)とは、性的虐待や搾取を目的として、加害者が被害者(主に未成年者)との信頼関係を段階的に構築する行為。「特別扱い」「秘密の共有」「贈り物」が典型的な手法。被害者は加害者を「味方」と認識するため、被害の自覚が遅れる。
16. 名無しのReddit住民
母親が言葉のはけ口にしてた。「あんたなんか産まなきゃよかった」「あんたのせいで人生が台無し」。子どもはそれを「事実」として受け取る。母親が言うんだから本当なんだろう。自分は迷惑な存在なんだ。父親は家族のことを無視して24時間放置。存在してるのに不在。物理的にいるのに感情的にいない。──「殴る虐待」は見た目でわかる。「言葉の虐待」と「無視」は見た目でわからない。だから「虐待」と認識されるまでに何年もかかる。50歳を超えてから「あれは普通じゃなかった」と気づいた人がいた。50年間、自分に問題があると信じてた。
17. 名無しのReddit住民
病気になっても親に言えなかった。「迷惑をかける」から。熱が出ても学校に行った。お腹が痛くても黙ってた。「助けを求めること=迷惑をかけること」だと学習してた。ちょっとしたことで殴られたり叩かれたりする家では、「何かを報告する」こと自体がリスク。報告したら怒られる可能性がある。だから黙る。黙ることが生存戦略。──大人になっても「助けを求められない」人が多いのは、子ども時代に「助けを求めたら罰を受けた」経験があるから。
18. 名無しのReddit住民
父親の「いたずら」が実はひどいものだった。嘘をついて、期待させて、裏切る。クリスマスプレゼントだと言って空の箱を渡す。「冗談だよ」で済ませる。子どもは笑うしかない。笑わないと「冗談も通じないのか」と怒られるから。卒業祝いに車を借りると言われた時、信じられなかった。「また嘘だろう」。本当だった。でも素直に喜べなかった。「嘘じゃないか確認する」が最初の反応になってしまってた。繰り返しの嘘は、信頼を回復不能に壊す。大人になっても「良いことが起きた時に素直に喜べない」のは、子ども時代に「良いことの後に裏切りが来る」パターンを学習したから。
19. 名無しのReddit住民
友達の家に泊まりに行ったら、親が裸で家の中を歩き回ってた。自分の家では絶対にないこと。衝撃を受けた。でも友達は全く気にしてない。友達にとっては「普通」。この経験が「普通は家ごとに違う」ことを教えてくれた最初の瞬間。自分の「普通」が絶対じゃないと知ること──それ自体が成長。ちなみにこの「裸の親」は虐待でもネグレクトでもなくて、ヌーディスト文化の家庭かもしれない。「おかしい」と「違う」は別物。このスレッドの中で唯一「笑える方の衝撃」。
20. 名無しのReddit住民
ドラマ『マルコム・イン・ザ・ミドル』を子どもと一緒に見てたら、ロイスの育児方針(怒鳴る、叩く、脅す)について「あれは普通なの?」と聞かれた。「テレビの中では面白いシーンだけど、現実では暴力は虐待だよ」と話し合った。──このコメントが深いのは、「普通と虐待の境界線がわかりにくい」を認めてる点。ドラマのキャラクターが「面白い暴力的な親」として描かれると、視聴者は「あれくらいは普通」と思う。メディアが「普通」の定義を作ってる面がある。
21. 名無しのReddit住民
「子ども時代に普通だと思ってたこと」を語るスレッドの半分が虐待だった。体罰、言葉の暴力、ネグレクト、感情的搾取、境界線の侵害…。でもコメントしてる人たちの多くが「大人になって気づいた」と書いてる。つまり、子どもの頃は「これが普通」と信じてた。子どもには比較対象がない。家が世界の全部だから。友達の家に行って「怒鳴らない親」を見た時。大学で「節度のある飲み方」を知った時。自分が親になって「こんなこと子どもにしない」と決めた時。──「気づいた」ということは「変えられる」ということ。連鎖を断ち切った人たちがこのスレッドにいる。
22. 名無しのReddit住民
感情を表現することが「弱さ」として扱われた家で育った人は、大人になっても感情を表に出すのが苦手。泣けない。怒れない。嬉しい時も表情が薄い。「強い子」と褒められてた子どもは、実は「感情を殺すのが上手い子」だった。「泣くな」「怒るな」「騒ぐな」──全部「感じるな」と同じ意味。感じることを許されなかった子どもは、大人になっても自分が何を感じてるかわからない。「アレキシサイミア(失感情症)」とまではいかなくても、「自分の感情を特定する」のに時間がかかる。
※ アレキシサイミア(alexithymia)は「自分の感情を識別・表現することが困難な状態」。人口の約10%に何らかの程度で見られるとされる。幼少期の感情的ネグレクト(子どもの感情を無視・否定する)が要因の一つ。「感情を持つこと」と「感情を表現すること」は別のスキルであり、後者は環境から学ぶ。
23. 名無しのReddit住民
「親を愛さなきゃいけない」というプレッシャー。血のつながりがあるから。育ててもらったから。「感謝しなさい」と言われて育った。でも──虐待した人に感謝する義務はない。「親だから許しなさい」は加害者の言い分。被害者は許す義務がない。許すかどうかは自分で決める。「親を憎んでる」と言うと周りが困る顔をする。「でも、お母さんなんでしょ?」。お母さんだから困ってるんです。
24. 名無しのReddit住民
「うちは普通」と思ってた理由──テレビでも映画でも「家族は大変だけど最後は仲良し」が描かれるから。シットコムの親は怒鳴るけど最後にハグする。現実では怒鳴った後にハグはない。「大変な家庭」と「壊れた家庭」の区別がつかなかった。メディアが「機能不全家族」をコメディとして描くことで、視聴者は「あれくらいなら普通」と思う。『マルコム・イン・ザ・ミドル』のロイスは面白いキャラクター。でもあの育て方をされた子どもの一部はPTSDを抱えてる。
25. 名無しのReddit住民
「うちが変だった」と気づいたきっかけで一番多いのは「友達の家に行った時」。友達の家で夕食を食べて、誰も怒鳴らないのを見た。友達の親が「おかわりいる?」と聞いてくれた。友達が親に「嫌だ」と言っても怒られなかった。その全部が衝撃だった。「普通の家庭」を初めて見た瞬間。比較対象ができた瞬間。「自分の家が唯一のモデルじゃない」と知った瞬間。──逆に言えば、友達の家に行かなかったら気づかなかったかもしれない。閉じた環境は閉じた「普通」を作る。
26. 名無しのReddit住民
「愛されてる子ども」を初めて見た時の衝撃。親が子どもの話を聞いてる。子どもが失敗しても慰めてる。子どもの意見を尊重してる。「こういう親がいるのか」。自分の親と比較して、最初に感じたのは怒りじゃなくて悲しみだった。「自分にはこれがなかった」。次に感じたのは「自分の子どもにはこれを与えたい」。連鎖を断ち切る決意。「自分がされたようにはしない」。それが回復の始まり。
27. 名無しのReddit住民
「毒親」という言葉を知った時に楽になった人は多い。「自分がおかしかったんじゃなくて、環境がおかしかった」。名前がつくと、理解できる。理解できると、対処できる。「親が完璧である必要はない」──誰もが間違える。でも「間違えた時に謝れるか」「パターンを変えようとしているか」が大事。このスレッドに書いてる人の多くは、自分の子ども時代を振り返って「あれは普通じゃなかった」と認識できてる。認識できてる時点で、同じことを繰り返さない可能性が高い。
28. 名無しのReddit住民
大人になって一番驚いたのは「自分の家のルールが普遍的じゃない」こと。「女の子は食べすぎるな」「泣くな」「大人に逆らうな」「理由は聞くな」「迷惑をかけるな」──全部、自分の家だけのルール。それが「世界のルール」だと思って20年生きた。外の世界は違った。泣いていい。食べていい。理由を聞いていい。NOと言っていい。助けを求めていい。「いい」と知った時の解放感。でもすぐには変われない。体に染みついた「ルール」は頭で理解しても体が反応する。コップを落とした時、反射的に身構える。誰も怒鳴ってないのに。
29. 名無しのReddit住民
このスレッドのコメントには「今は回復してる」「セラピーに通ってる」「自分の子どもにはしない」が多い。壊れた「普通」の中で育っても、自分で新しい「普通」を作れる。気づくのに10年かかっても、20年かかっても、50年かかっても。気づいたら変えられる。「あれは普通じゃなかった」と言えること自体が強さ。「自分がされたことを名前で呼べる」こと自体が回復の第一歩。
30. 名無しのReddit住民
最後に。もし今これを読んでて「あれ、自分の子ども時代もそうだった」と思った人がいたら──あなたは一人じゃない。このスレッドに何千もの高評価がついてるのは、同じ経験をした人がそれだけいるということ。「普通じゃなかった」と気づくのは痛い。でもその痛みは回復の入り口。子ども時代の「普通」が世界の「普通」じゃないと知った瞬間から、自分の「普通」を選べるようになる。
まとめ
「泣くのをやめないなら泣く理由を作ってやる」「私がそう言ったから」「女の子はそんなに食べなくていい」「大人を尊敬しろ(=逆らうな)」…。子ども時代の「普通」は家の中でだけ通用するローカルルールだった。パターンを整理すると4つに分類できる──①体罰と恐怖による支配(ベルト、怒鳴り、「泣く理由を作ってやる」)、②感情的搾取とネグレクト(子どものセラピスト化、言葉の暴力、無視)、③境界線の侵害(強制ハグ、年上の男の接近、子どもの意見の否定)、④歪んだ価値観の転写(性別による食事制限、「助けを求めるな」、アルコールの正常化)。そして最も多かったコメント──「友達の家に行って初めて”普通”を知った」。比較対象ができた瞬間が、回復の始まりだった。

コメント
自分の家庭の普通がそれほど普通じゃないのはどの家庭でも普通だよ
今の時代の普通も次の時代の普通ではないだろうし
カレーにソースかけるのが普通だと思ってた。