疲れていたから帰るはずだった夜。断るはずだった誘い。かけないはずだった電話。たった5秒で下した判断が、その後の何十年かをまるごと決めてしまった人たちが、そのときの数秒を細かく思い出しながら書き込んでいる。幸運な話ばかりではなく、笑ってしまう選択ミスも、ずっと消えない後悔も並んでいるのが読みごたえのあるところ。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
疲れてたから帰ろうとしてたのに、バーで彼女に一杯おごった。結局カウンターの隅で店が閉まる午前2時までしゃべり続けて、2年後に結婚。9年経った今、2人目が数日後に生まれる。あの夜おごってなかったら二度と会えてなかったと思う。彼女、その数週間後に卒業して州の反対側に引っ越したから。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
おごるかおごらないかの5秒に、9年分の家族が丸ごと乗っかってると思うと怖いな。おめでとう、無事に生まれますように。あと「今日は疲れてるから帰る」を自分が何回言ってきたか、ちょっと数えたくない。
3. 名無しのReddit住民
上司に「1シーズンだけ南極で働いてみないか」と聞かれて、考えるより先に「はい」と答えた。結果その1シーズンが何シーズンにもなって、人生がまるごと別物になった。あのとき一拍置いて冷静に考えてたら、たぶん断ってたよ。
※ アメリカの南極観測プログラムでは、研究者だけでなく調理・整備・物流など多くの職種が数か月単位の契約で現地に派遣される。
4. 名無しのReddit住民(>>3への返信)
南極勤務の話をもっと聞きたい人が多すぎるだろ。個人的には給料より、戻ってきたあとに普通の生活へ馴染めるのかが気になる。越冬明けとか、時間の感覚がバグったまま帰ってきそう。
5. 名無しのReddit住民
14歳のころ、夜に歩いて家に帰ってた。治安のいい地域じゃなかったけど、慣れてたから何とも思ってなかった。ふと振り返ったら、数軒分うしろを男が歩いてる。少し進んでもう一度見たら、さっきよりずっと近くて、明らかに歩調が速い。怖くも焦ってもなかったのに、頭の中で「ここで逃げても別に損はしないよな」って声がした。次の路地の角を曲がった瞬間、相手の視界から消えたのを確認して全力で走って、停まってる車の陰にしゃがんだ。30秒くらいして、男が路地を走り抜けていった。首を左右に振って何かを探してて、手には刃物みたいなものを持ってた。20年経った今これを書いてても、なぜかあの夜だけは命の危険を感じなかったんだよな。
6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
「怖くなかった」って部分が一番ゾッとする。その年齢で体が勝手に正解を選んでるの、本当にすごいよ。自分だったら立ち止まって振り返って確認して、そのぶん距離を詰められてたと思う。
7. 名無しのReddit住民
20代半ばで専門分野の仕事が見つからなくて学校に戻った。前日に飼ってた犬が死んで家に帰りたくない気分だった日、教室のドアに講演のポスターが貼ってあるのが目に入った。地元の会社がNASAの仕事をしてるって内容。就活のつもりなんて全然なかったけど、時間つぶしのつもりで聞きに行った。終わったあと登壇者の一人と話し込んで「うちの若手向けプログラムなら余裕で通ると思うよ」と言われた。それから6年、人類を月に戻す計画に関わってる。自分が目指せる仕事だと考えたことすらなかった。
8. 名無しのReddit住民
カタールの砂漠でバギーに乗ってて、シートベルトが緩んだのに気づいたから、すぐ止めて締め直した。それから10分もしないうちにクラッシュして、そのシートベルトに命を救われた。あのとき「まあいいか」で走り続けてたら、今ここに書き込めてない。
9. 名無しのReddit住民
高速の追い越し車線で、制限より30キロ以上遅い車の後ろにつかまった。抜こうとすると加速して、諦めると減速する。やっと右車線が空いたからアクセルを踏んだら、その車が完全停止するレベルでブレーキを踏んだ。突っ込むか右に逃げるかの二択。斜めに逃げて相手の給油口をバンパーでかすめて、法定速度で走ってきた大型トレーラーに横っ腹を突かれかけて、標識をよけて、側溝に落ちて1回転半して直立で止まった。屋根は頭の数センチ手前までへこんでた。ケガは割れた窓ガラスの傷だけ。おまけに、相手は逃げたあと「追突された」って警察に通報してた。こっちが死んだと思ったらしい。残念ながら生きてるし、しかも保険会社が同じだった。嘘を重ねるたびに自分の首が絞まっていって、最終的に調査まで入ったよ。
10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
保険会社が同じだったって展開、出来すぎててつい笑ったけど、屋根が頭の数センチ手前ってところは全然笑えない。運転してると理屈の通じない人が一定数いるのは本当だよな。
11. 名無しのReddit住民
楽勝で単位が取れてた数学のクラスに残るか、高校3年で大学の授業まで進む上のコースに移るかを選ばせてもらえた。移れば志望校に入れる確率がかなり上がるって説明までされた。それでも俺は残った。後ろの席に好きな子が座ってたから。ちなみに付き合えてもいない。
12. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
笑い話にしてるけど全然他人事じゃない。こっちは大学の専攻をコイントスで決めた。十数年経つのに、あれが当たりだったのかハズレだったのか、いまだに結論が出てないままだよ。
13. 名無しのReddit住民
1980年代半ばの話。行くのをやめるつもりだった学生の交流パーティーに、直前で気が変わって顔を出した。そこで転校してきたばかりの子と知り合って、映画を観に行った。帰り道に「就職したら貯金を運用してみたい」と話したら、彼女がこう言った。「ウォーレン・バフェットって人を調べてみたら? うちの親がずいぶん前から預けてて、今のところすごく満足してるみたい」。名前を書き留めて、就職した年から少しずつ買い始めた。あの帰り道で聞き流していたら、今の口座は桁がいくつか足りてないと思う。
14. 名無しのReddit住民
1996年、24歳。持病がいくつかあってずっと実家暮らしだった。でも今の状況から抜け出したくてたまらなくて、友達が「うちに住めば? 職場で仕事も紹介できるかもしれない」と言った瞬間、迷う前に「行く」と答えた。自分で自分を説得して取りやめるのが怖かったから。3日後にはバスで2000キロ近く移動して、会ったこともない人と暮らし始めてた。仕事の話は「かもしれない」止まりだったのに。あの引っ越しで殻が破れて、旅にも出るようになって、7年続いてた重い落ち込みが終わった。一人でも立てると分かったのが一番大きい。
15. 名無しのReddit住民
ニュージーランドで車中泊しながら旅してた。南島の小さい町を通りかかって、寒すぎたから「今夜くらいベッドとシャワーでいいだろ」って、最後の一瞬でバックパッカー宿の駐車場にハンドルを切った。同じ相部屋にいた子と話し込んで、10年経った今も一緒にいて、子どもがいて、スペインに住んでる。あの判断が1秒遅れてたら、20メートル先のもう一軒に入ってたはずなんだよ。たまに思い出して背筋が寒くなる。
※ バックパッカー宿は相部屋(ドミトリー)が中心の格安宿。欧州やオセアニアの長期旅行者には定番で、共用キッチンや談話室があるため旅行者同士の会話が生まれやすい。
16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
20メートルの差で人生が分岐してるの、考え始めると眠れなくなるやつ。こういう話を読むたびに「今日たまたま入った店」にまで意味を感じ始めるから危ない。
17. 名無しのReddit住民
11年前、元カノの婚約者が亡くなったのをフェイスブックで知った。別れ方は円満だったけど、5年くらい連絡はしてなかった。今かけるのは無神経かもしれないっていう自分の直感を全部無視して、電話をかけて「何かできることある?」と言った。それから11年、俺たちは結婚して子どもが2人いる。あの受話器を取った数秒で人生が全部変わったのは間違いない。
18. 名無しのReddit住民
暴力を振るう恋人と別れた。出勤の支度をしながら脅してきて、玄関のドアが閉まった音を聞いた瞬間、子どもたちが全員家にいない今しかないと思った。友人とその父親が駆けつけてくれて、30分で荷物を全部運び出した。あの30分がなかったら今の生活はない。
19. 名無しのReddit住民
妻(当時は彼女)とバーから歩いて帰る途中、「なんでまだあの職場にいるの? あなたは頭がいいし、もっと向いてる場所があるでしょ」と穏やかに聞かれた。あの一言で火がついた。2か月以内に大学院に受かって、仕事を辞めて、別のキャリアに移った。それを見た彼女も自分の仕事を辞めて、本当にやりたかった道に進み直した。深夜の短い会話ひとつで、二人ともまったく違う人生になったよ。
20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
責めるでもなく煽るでもなく「もっと向いてる場所があるでしょ」で止めるの、言い方が上手すぎる。同じ内容を親に言われてたら、たぶん自分は全力で反発して余計に動かなかった。
21. 名無しのReddit住民
獣医に「この子はもう年(12歳)だし手術には耐えられない、安楽死を考えたほうがいい」と言われた。その場で断った。3年経った今、リンパ腫からすっかり回復して元気に走り回ってる。あの日うなずいてたらと思うと、今でも手が震えるよ。
22. 名無しのReddit住民
友達と抹茶を飲みながら「歯の矯正がしたいけどお金が払えない」とこぼしたら、学生なら安くなる制度があると教えてくれた。「でも私は高校を出てないし、学費も無理だし」と返したら、「近くのコミュニティカレッジなら高校の単位は無料で取れるよ」って。今は高校の課程と歯科衛生士の準備科目を同時に取ってる。自分にできることの範囲そのものが、あの会話で変わった。
※ アメリカのコミュニティカレッジは地域密着の2年制公立校。高校を修了していない成人向けの課程を併設していることが多く、州や自治体によっては受講料が無料になる。
23. 名無しのReddit住民
父が土曜に釣りへ行く予定で、直前に釣り仲間にドタキャンされた。「一緒に来るか」と誘われたけど、金曜の夜で友達と遊びたかったし、朝3時半に起きるのも嫌で断った。父は一人で行って、その帰りに時速160キロで突っ込んできた車に助手席側をやられて亡くなった。
24. 名無しのReddit住民(>>23への返信)
これは軽々しく何も言えない。ただ、あなたが行ってたら座ってたのは助手席なわけで、かといって断ってよかったなんて話でもないんだよな。ずっと長いこと抱えてきたんだろうと思う。
25. 名無しのReddit住民
クリスマスの翌日、実家で彼女とだらだらしてて、昼寝する前に彼女を家まで送ることにした。途中で母から電話が来て「心配しないで、大丈夫だから」と言いかけたところで切れた。かけ直すと回線が切断されてるってエラーが出る。戻ったら道路が封鎖されてて、車を停めて走っていったら自分の家が燃えてた。全員無事だった。もらったクリスマスプレゼントが自分のベッドから発火したらしい。消防の人には「あの部屋で寝てたら煙で確実に死んでた」と言われた。父は俺がまだ寝てると思って部屋に駆け上がろうとして、自分も死にかけたそうだ。持ち物は全部なくなったけど、それだけで済んだ。
26. 名無しのReddit住民
ロンドンの600人くらいの小さいライブハウスでバーテンをしてた。ある日ステージでドラムのチューニングをしてる人を見て「これ俺もできるじゃん、しかも金もらえるのか」と思った。片っ端からメールを送って、返事は全部空振り。結局は音楽マネジメント会社のインターンに潜り込んだ。ある日曜の夜、インターン3人宛に「明日の朝イチの電車でブライトンに行って物販をやれる人いる?」ってメールが来た。他の2人はもう断ってた。俺は「まあいいか」で手を挙げた。行ったら看板のドラマーが遅刻してて、会社が「こいつはドラムを叩けます」と伝えてたせいで、機材のセッティングまで頼まれた。その日の終わりに「これから2か月の予定は? ツアーバスに空きがあるけど、安いけどやる?」と言われた。それが今の人生の始まり。以来10年以上、アリーナやスタジアムを回ってる。
※ ライブの「物販」はTシャツやCDを売る担当のこと。ツアーには演奏メンバーのほかに機材の運搬・設置や物販のスタッフが同行し、この末端の仕事から業界に入る人も多い。
27. 名無しのReddit住民
5秒というより5分だけど、海軍に入ると決めたのはそのくらいの時間だった。頭の片隅にはあったものの真剣に考えたことはなくて、ある日「もういいや、ここを出る」となって募集担当に電話した。ちなみにその担当者の名前がチャールズ・ディケンズだった。人生の分岐点で電話した相手の名前がそれって、作り話みたいだろ。
※ チャールズ・ディケンズは『クリスマス・キャロル』などで知られる19世紀イギリスの文豪。英語圏では「いかにも作り話っぽい名前」として引き合いに出される。
28. 名無しのReddit住民
ハウスパーティーで、すごく可愛い子が「ポテト食べたいなあ」ってこぼしてた。ちょうど友達と買い出しに行くところだったから、俺が買って、その友達(彼女に気があった)に渡した。あいつは自分が買ったってことにした。あとで彼女のほうから寄ってきて「買ったのあなたでしょ。別の友達から聞いた」って言われた。それから14年。俺たちはもうすぐ別れる。
29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
最後の一行で椅子から落ちた。それでも14年は十分すぎるほど長いし、ポテトを買った判断自体は間違ってなかったと思うよ。次に誰かがポテトを欲しがってたら、また買ってあげてほしい。
30. 名無しのReddit住民
歯科で働いてて、担当した人とやたら話が合った。帰ったあと診療室を片付けてる途中で急に体が動いて、廊下を追いかけて「友達になりませんか!」と叫んだ。向こうが廊下から顔を出して「いいよ」と言ってくれた。その人が今の夫。あのとき叫んでなかったら、まったく違う人生だったと思う。
まとめ
並んでいるエピソードを眺めると、人生を変えた5秒はほぼ例外なく「考える時間がなかった」ことで成立している。バーで一杯おごる、電話をかける、路地に飛び込む、シートベルトを締め直す。どれも一拍置いて損得を計算していたら、たいていは「面倒だからやめよう」に着地する種類の選択だ。逆に言えば、決断そのものが立派だったわけではなく、迷う前に体が動いたかどうかの差でしかない。
もうひとつ目を引くのが、良い方に転んだ話と後悔の話が同じ構造をしている点。数学のクラスに残った人も、釣りの誘いを断った人も、判断そのものは平凡で、当時の自分にとってはどうでもいい5秒だった。結果を知っている今だからこそ分岐点に見えるだけで、渦中では誰も「ここが分かれ道です」と教えてくれない。だから覚えている5秒より、覚えていない5秒のほうが実は多いのだろうな、とも思う。
皆さんには、あとから振り返って「あの数秒がなかったら今ここにいない」と思う瞬間はありますか?


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