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【しみる】貧乏育ちの外国人が「ぜいたくの極み」だと思ってたもの|海外の反応

【しみる】貧乏育ちの外国人が「ぜいたくの極み」だと思ってたもの|海外の反応 その他

子供の頃に「これがある家は超セレブ」と思っていたものが、大人になってみたらどこの中流家庭にも普通にあるアレだった——そんな「ぜいたくの誤解」を語り合う海外スレッドが、しみじみ刺さる名コメントの嵐になっていた。冷蔵庫のドアから氷が出る、外食、エアコン、自分専用の部屋。並んでいるのは「あって当たり前」のものばかりなのに、当事者の声で読むとなぜか涙腺がゆるんでくる。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
誕生日でも記念日でもないのに外食する——これは完全に億万長者の生活だと思ってた。普通の火曜日の夜にレストランに座ってる家族を見ると、別の惑星の住人にしか見えなかったんだよね。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
ファストフードですらそう。マクドナルドが安いと言われていた時代でも、うちでは年に数回の特別行事だった。ハッピーセットのおもちゃが出てくる瞬間、王様になった気分だった。

3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
人生で初めてレストランに入ったのは16歳。それもマクドナルド。学校の遠足で、近所の芝刈りバイトで貯めたお金を握りしめて行った。あの時のフライドポテトの味、今でも覚えてる。

4. 名無しのReddit住民
コインランドリーに通うのが当たり前だと思ってた。13歳のころに「家に洗濯機と乾燥機を置けるらしい」と知って衝撃を受けたよ。洗車場の裏に古いケンモア※ 米国の老舗家電ブランド。日本でいう東芝・松下クラスのポジションだった。が捨てられてて、タダでもらえると言われたから、自転車にスケートボードを連結して引きずって帰った。半年かけて修理を覚えて、最終的にシアーズ※ 米国の大手百貨店チェーン。家電修理の技術者を抱えていた。で20年技術者として働くことになった。母さん、めちゃくちゃ喜んでくれたな。

5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
13歳でスケートボードに洗濯機載せて引いて帰る絵面、やばすぎるだろ……根性のレベルが違う。

6. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
若い世代にはピンと来ないかもしれないけど、当時はネットもYouTubeも修理マニュアルもなかったんだよ。壊れた機械と向き合って、勘と試行錯誤だけでなんとかする。あんたは本物のエンジニアだ。

7. 名無しのReddit住民
冷蔵庫のドアに付いてる、氷と水が出てくるディスペンサー。あれを見たときは「人生というゲームをクリアした人間だけが手に入れる勲章」だと本気で思ってた。氷がガコッて出てくるあの音、富の象徴だった。

8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
家を買って半年で、氷ディスペンサー付き冷蔵庫にアップグレードした。賃貸アパートにはまずこの機能がついてないから、子供のころは映画やドラマか、お金持ちの友達の家でしか見たことがなかった。「成功した」って実感、これだったわ。

9. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
わかる。今でも氷を取り出すたびに、子供時代の自分にこっそり自慢したくなる。「見ろよ、押すだけで氷が出てくるんだぜ」って。

10. 名無しのReddit住民
韓国出身の妻は経済的にすごく貧しい家庭で育った。でも小学校のアンケートに「うちは上流階級です」って書いたらしい。理由は「家には愛と優しさがあふれてるから」。比較対象がなかったんだ。彼女にとっての「ぜいたく」は、新しい家に引っ越して水道が通ったことだった。

11. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
奥さん正解だよ。愛と優しさで満たされた家こそ最高の上流階級だ。これは本当にそう思う。

12. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
うちも中学に上がるまで自分が貧乏だと気づかなかった。アパートで親兄弟と同じ部屋に寝てたけど、屋根があって食べ物があって、家族が笑ってる。それで十分中流だと信じてたよ。

13. 名無しのReddit住民
靴が2足以上あること。それだけで王族レベルだと思ってた。クラスに「平日用の靴」と「週末用の靴」を持ってる子がいて、本気で世界が違うと感じた。

14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
しかもサイズがちゃんと足に合ってる靴ね。うちは「数年使えるように」って2サイズ大きいのを買って、つま先に新聞紙詰めて履いてた。

15. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
子供のころ、靴をなくす夢で何度もうなされてたよ。それくらい一足の重みが違ったんだ。今は10足くらいあるけど、いまだに捨てるとき罪悪感がある。

16. 名無しのReddit住民
パンテーンのシャンプー。母の日に妹と小銭をかき集めて、シャンプーとコンディショナーのセットを買って母さんに渡したのを覚えてる。母さんは絶対自分用には買わなかったから。あの「特別なボトル」を渡したときの誇らしさは、今でも宝物だ。

17. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
わかる。私もパンテーン使えてた時期は「私、もしかして金持ち?」って思ってた。大人になって美容師に「パンテーンはまあまあ」って言われたとき、世界の階段がもう一段あったことを知って軽く落ち込んだ。

18. 名無しのReddit住民
飲み物専用の冷蔵庫を別で持ってる家。ガレージや地下室に「飲み物だけが入った冷蔵庫」がある光景、漫画かと思った。あと、そもそも家に冷えた飲み物が常時ストックされてること自体がぜいたくだったよ。

19. 名無しのReddit住民
エアコン。夏は家の中があまりに暑くて、兄弟と一緒に庭の芝生に毛布を敷いて寝てた。朝起きたら顔にアリかクモが這ってる、なんて毎週のことだったよ。あれを「キャンプみたいで楽しいね」って言ってた母さんの強さは今でも尊敬してる。

20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
うちは逆で、冬に父さんがサーモスタットを11度に設定してた。シャワー浴びると出た瞬間に凍えるから、父さんちに泊まる週末はシャワーを抜くようにしてたわ。寒さで歯がカチカチ鳴る家、あれが普通だったの今思うと地獄。

21. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
うちは網戸付きのポーチがあったから、夏はそこに寝てた。屋根裏を改造した部屋は熱気がこもって息できなかったから、虫より暑さのほうがマシだったんだよね。

22. 名無しのReddit住民
個室、自分のベッド、ベッドフレーム。妹と毛布の山で寝るところから始まって、ソファ、マットレス、もう一枚のマットレス、と段階的にグレードアップしていった。妹が12歳で個室になり、僕も数年後に個室をもらって、母さんと一緒に木材でベッドフレームを組み立てたんだ。「ベッドの下に物を収納できる」ってのが、当時はもう富豪の証明みたいだった。緑色のミニチュア兵隊で夜間ミッションごっこができるんだぜ。

23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
ずっと小さい頃、母親のベッドの横に黄色いマットレストッパー一枚敷いただけのところで寝てた。あの薄い黄色のスポンジ、今でも夢に出てくる。

24. 名無しのReddit住民
1987年生まれ、ウクライナ育ち。うちは相当貧乏だった。憧れのぜいたく品はピザとヌテラ※ イタリア発のチョコ&ヘーゼルナッツのスプレッド。欧米では子供が大好きな定番。。テレビで西側の子供がパンに塗ってるのを見るたび、別世界の食べ物だと思ってた。

25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
1988年生まれ、モンゴル育ちなんだけど、うちはアップルジュースとバナナだったよ。ジュース類は「入院した親戚のお見舞い用」にしか買わなかった。バナナは年に1回のイベント。10代でアメリカ人家庭にホームステイしたとき、彼らがアップルジュースとバナナとポップコーンを毎日無限に食べてて、本気で目を疑ったね。

26. 名無しのReddit住民
キッチンの引き出しの中に隠してあるゴミ箱。あれを初めて見たときは「うわ、この家ぜいたくすぎる!」って爆笑しちゃったよ😂 ゴミ箱が見えないだけでこんなに上品に見えるのかって。

27. 名無しのReddit住民
家の中にある二階への階段。アパートの共用階段じゃなくて、リビングや玄関にカーペット敷きの階段があって、その先に子供部屋があるやつ。あれはもう完全に映画の世界だった。階段を駆け上がる音すらお金持ちの音に聞こえた。

28. 名無しのReddit住民
ハロウィンの仮装衣装を「買う」こと。うちは毎年、母さんの古いシーツに目の穴を開けて「ゴースト」だった。お店で売ってるスパイダーマンの衣装を着てる子は、別世界の住人にしか見えなかったね。

29. 名無しのReddit住民
ブランドもののシャンプー。サロン専売品じゃなくて、パンテーンとかハーバルエッセンスとかオージーくらいの「普通のドラッグストアのブランド」レベル。うちはダラーストアの謎メーカーV05かスエーブ一択だった。友達の家のお風呂場で初めてハーバルエッセンスの香りをかいだとき、衝撃を受けたわ。

30. 名無しのReddit住民
家に常温保存できる食料がストックされてること。ツナ缶、パスタ、シリアル、ピーナッツバター。友達の家のパントリー※ 米国の中流家庭にある食品庫スペース。日本でいうキッチン横の収納棚の大型版。を見たとき、「これ……スーパーじゃん?」って本気で思った。家に食べ物が常にあるって、それだけで安心できるんだよね。

まとめ

並んでいるのは外食、エアコン、自分のベッド、ブランドシャンプー、冷蔵庫の氷ディスペンサー——どれも「あって当たり前」と思われがちなものばかり。でも当事者にとっては、子供時代の世界の見え方そのものが「あれがある家=勝ち組」というスケールで作られていた。日本でも昭和〜平成初期の感覚に近い体験談が多く、テレビが家にある・電話が引かれている・自分の机がある、といった「中流の標準装備」が誰かにとっては夢の象徴だった時代を思い出す人もいるはずだ。一番沁みるのは、貧しさを語っているのに恨み節ではなく、家族と工夫した記憶として温度高く語られていること。あなたが子供のころ「うちにも欲しい」と憧れていた、隣の家のあの設備は何でしたか?

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