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海外「がらんとした高速道路を走って買い出しに行くのが、災害映画の冒頭じゃなく、いつもの火曜日になった」パンデミックで一番異常だったこととは?

海外「がらんとした高速道路を走って買い出しに行くのが、災害映画の冒頭じゃなく、いつもの火曜日になった」パンデミックで一番異常だったこととは? ライフスタイル・日常

世界が一斉に止まったあの時期、海の向こうでは何が起きていたのか。海外掲示板の「パンデミックでいちばん異常だったことは?」という質問に、音の消えた街、空っぽの棚、あっという間に日常になってしまった非日常の記憶が集まった。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
自分にとっては、あの完全な静けさ。ふだんは何かしら音がしてるものなんだよ。遠くを走る車とか、はるか上を飛ぶ飛行機とか、家の前を歩いていく人とか。それが全部止まった。気味が悪いくらい静かだった。あんな静けさは、あれ以来一度も経験してない。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
ニューヨークがまさにそうだった。あの街がしんと静まり返って、歩いてる人がほとんどいないんだよ。あそこまで動きの止まったニューヨークを見る日が来るなんて、思ってもみなかった。不気味だったね。

3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
不謹慎なのは分かってるけど、正直あの静けさは好きだった。朝の散歩で聞こえるのは鳥の声だけ。誰とも約束がなくて、週末の予定を聞かれることもない。世界中が同時に「今日は休み」になったみたいな感じがしたんだ。もう一度やりたいとは言わないけど、たまに懐かしくなる。

4. 名無しのReddit住民
人間が家に引っ込んだだけで、たった数週間で自然が自力で回復し始めたこと。うちのあたりでも空が妙に澄んで、遠くの山がくっきり見えた。人間ってそこまで邪魔だったのか、と思ったよ。

5. 名無しのReddit住民
世界規模の非常事態だっていうのに、いちばんの人気商品がトイレットペーパーだったこと。食料でも薬でもなく、トイレットペーパー。

6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
あの考えのなさには本当に呆れた。トイレットペーパーはどこの店の棚にも残ってないのに、缶詰や日持ちする食料はまだそれなりに並んでたんだよ。あれがいろいろ物語ってると思う。

7. 名無しのReddit住民
真っ先に浮かぶのは、スーパーに入るために外で6フィートずつ間隔を空けて並ばされたこと。で、やっと入れたと思ったら棚は空っぽ。パスタもない、トイレットペーパーもない。牛乳の売り場には「1家族2本まで」の貼り紙がしてあった。
※ 6フィートは約1.8メートル。当時、人と人との間隔の目安として呼びかけられた距離。

8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
6フィート空けろってやつね。列に並ぶときは、地面に貼られた丸印の上に一人ずつ立ってた。店の中は店の中で、反対側から来る人とすれ違わないように、通路の矢印どおりに一方通行で進まなきゃいけなかったし。

9. 名無しのReddit住民
パンデミックの間ずっと、小売の現場(サムズ・クラブ)で働いてた。客からは敵みたいに扱われたよ。マスクを着けなきゃいけないことに腹を立てて、こっちに当たってくる。出口の確認で商品を手に取ってスキャンすれば「買った物を汚すな」と怒鳴られる。「店員がトイレットペーパーを自分たち用に隠してるんだろ」と責められたこともある。卵がない理由も、バナナがない理由も、こっちが知ってて当然って顔をされる。そういう怒った人たちの相手を毎日だよ。人間はもともとけっこう嫌なものだけど、そこにパンデミックが乗っかって、意地の悪さが3倍になってた。
※ サムズ・クラブ:米ウォルマート系の会員制の倉庫型スーパー。出口で店員が購入品を確認する。

10. 名無しのReddit住民
あれは社会がかぶってた仮面を引っぺがして、大半の人間は別にまともじゃない、という事実をさらけ出したんだよ。

11. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
自分は逆のものも見たよ。同じアパートのお年寄りの分まで買い物を引き受ける人が自然に出てきたし、玄関先に「必要な方はどうぞ」と手作りのマスクを置いてる家もあった。仮面が外れてひどい顔が出てきた人もいれば、思ってたよりいい顔が出てきた人もいた、というのが自分の実感。

12. 名無しのReddit住民
24時間営業のスーパーとファストフード店が消えてなくなったこと。夜中にふらっと買い物に行けるのが当たり前だったのに、あれを境にどこも夜には閉まるようになって、結局そのまま戻ってこなかった。
※ 米国では24時間営業の大型スーパーが珍しくなかったが、最大手のウォルマートは2020年に24時間営業を取りやめた。

13. 名無しのReddit住民
変化のスピードだと思う。ほんの2週間くらいの間に、「なんか質の悪い風邪が流行ってるらしいぞ」が、「よその会社はオフィスの人数を減らしてるって。在宅に切り替えたところもあるらしい」になり、「うちはまだ全員フル出社。本社のお偉方は社員に死んでほしいのか」になって、最後は「今日で全員帰宅、ここからは在宅勤務」。次にいつ会えるのかも分からないまま、同僚に別れを告げることになった。

14. 名無しのReddit住民
まだ誰も挙げてないことを言うよ。在宅でも100%(かそれ以上)の成果を出し続けられる人がどれだけ多いか、あれではっきりした。それなのにお偉いさんたちは、ほとんど全員をオフィスに呼び戻した。社員を手元に置いて押さえつけておきたい、それだけのために。細かく口を出せなくなるくらいなら、だだっ広いオフィスに金を無駄遣いするほうを選ぶんだよ。

15. 名無しのReddit住民(>>14への返信)
自分にとっては、そもそもオフィスに戻った人がいるってこと自体がいちばん信じられない。一度あの働き方を知ってしまったあとで、だよ。

16. 名無しのReddit住民
あらゆることのやり方が、あと一歩で本当に良い方向へ変わるところだったこと。在宅でできる仕事は在宅でやる。具合が悪ければ給料を引かれずに休める。普通の授業が合わない子には別の学び方を用意する(全員に合うわけじゃないけど、あれで救われた子は確かにいた)。社会を止めないために現場へ出続けた人たちの賃金を上げる。体調が悪いときや病院ではマスクを着ける。必要な人が店の駐車場で品物を受け取れるようにする。……なのに、そのほとんどが、ふっと止まってしまった。
『ラスベガスをやっつけろ』のこの一節そのままだよ。「あれから5年も経っていない今、ラスベガスの険しい丘に登って西を眺めれば、見る目のある者には、波がいちばん高くまで届いた跡がほとんど見える。波がついに砕け、引いていったあの場所が」
※ 『ラスベガスをやっつけろ』:米国のジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンが1971年に発表した作品で、のちに映画にもなった。引用は、1960年代の熱気が引いていく様子を波にたとえた一節。

17. 名無しのReddit住民
地元はオーストラリアのメルボルン。世界でいちばん長いロックダウンを経験した街だよ。感染が広がるたびに繰り返して、合計するとたしか260日くらい。自宅からどこまで移動していいかとか、細かい決まりもその都度違ってた。あれのせいで、みんな今でもちょっとおかしくなったままだと思う。
※ ロックダウン:外出や店の営業を法令で制限する措置。厳しさは国や地域で大きく違い、日本の緊急事態宣言は外出自粛の「要請」が中心だった。

18. 名無しのReddit住民
ロックダウン中、正気を保つためにみんながやってた妙なことの数々。うちの地域では、サワードウの種の闇市みたいなものまでできてた。
※ サワードウ:小麦粉と水を発酵させた種(スターター)でふくらませる、酸味のあるパン。外出できない時期に、自宅で焼くのが流行した。

19. 名無しのReddit住民
丸2年、一度も風邪をひかなかった。風邪もインフルも、とにかく何ひとつ。自分だけじゃなくて、同じことを言ってる人はたくさんいる。とくに小さい子どもがいる親なら分かってくれるはず。あの子たち、ふだんはありとあらゆる病気を家に持ち帰ってくる運び屋だからね。

20. 名無しのReddit住民
がらんとした高速道路を走って食料品の買い出しに行く。災害映画の冒頭みたいな光景だったはずなのに、それがあっという間に「いつもの火曜日」になったこと。

21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
在宅勤務の人が増えたぶん、道を走る車はずっと少なくなってたんだよね。なのに交通事故で亡くなる人の数は変わらなかったって話だよ。ふだんならラッシュの渋滞がブレーキ代わりになるのに、それが消えて、走ってる連中が狂ったようにスピードを出してたから。

22. 名無しのReddit住民
南アフリカでは酒の販売が制限された。ものすごく厳しく締めつける時期があって、緩む時期があって、また元どおり厳しくなる、の繰り返し。結果的に、酒が暴力や犯罪にどれだけ影響するのかを確かめる自然実験みたいなことになった。あくまで現場の医者たちの話だけど、制限が解かれるたびに「いつもの」外傷患者が運ばれてきて、制限中はずっと少なかったらしい。酒の乱用が広がった社会で、酒がどれだけのものを壊すのか、本気で考えさせられたよ。理屈として知ってるのと、「つまみを上げれば悲惨な外傷患者が増えて、下げれば減る」と医者の口から聞かされるのとでは、まるで違う。妙な気分だった。南アフリカの社会は、酒の問題にちゃんと向き合わないといけない。
※ 南アフリカでは、ロックダウン中に酒類の販売が何度か禁止された。

23. 名無しのReddit住民
個人的には、職場で最初の1年間、感染者が一人も出なかったこと。飛行機でしか行けない僻地の現場で、いちばん近い町までスノーモービルで4時間かかる。世界中が止まってるのに、現場に入ればいつもどおり。飛行機に乗る前の検査を別にすれば、パンデミックが起きてるなんて外から見ても分からなかったと思う。上の人たちも「ここには関係ない」と甘く考えてた。ところが、ついに感染者が一人すり抜けて入ってきた途端に一気に広がって、現場の4分の3が感染。全部が止まって、現場まるごと2週間の隔離になった。誰も入ってこられないし、出るには感染者だらけの専用便に乗るしかない。それからは職場の決まりがずっと厳しくなった。

24. 名無しのReddit住民
うちは結婚式をめぐって親族が真っ二つに割れた。半分は「今やるべきじゃない」、残りの半分は「大丈夫、みんな平気だよ」。結局、式は予定どおり挙げて、みんな素晴らしい時間を過ごした……それも、1日か2日のあいだだけだった。花嫁の父親が体調を崩して入院し、数日後に病院でコロナで亡くなった。ほかにも親族が何人か感染して、そちらは幸い回復した。今ではもう、あの件で言い争う人はいない。悲しいことに、やるべきじゃなかったと全員が分かっているから。

25. 名無しのReddit住民
牧師をしてる。葬儀を執り行うのは、ふだんなら3か月に1回くらい。それがパンデミックの間は週に3回になった。そのあいだも周りからは「別に変わったことなんて起きてない」と言われ続けていた。葬儀社の責任者とは友人なんだけど、彼はご遺体を安置する冷蔵設備を買い足さなきゃいけなかった。その彼も私も、やっぱり「何も起きてない」と言われていたんだよ。本当にひどい時期だった。

26. 名無しのReddit住民
いちばん大事な幼い時期に、人との関わり方をちゃんと身につける機会を逃した子どもが、まるごと一世代いる。感染しなかった子も含めて、あの数年が子どもたちに残したダメージから、大人はいまだに目をそらし続けてると思う。

27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
当時、うちの子は小学校に入ったばかりだった。画面の向こうの先生が「聞こえますかー」と繰り返す授業を、6歳がじっと座って受けられるわけがないんだよ。親は隣の部屋でオンライン会議中だし。あれをもう一度やれと言われたら、悪いけど二度とごめんだ。

28. 名無しのReddit住民
あれを政治の問題にしてしまったこと。とてつもなく大きな問題を前にすれば世界はひとつにまとまる、という考えそのものが、あれで壊れてしまった。

29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
しかも全員、一夜にして疫学者になったからね。どういうわけか。親戚の集まりでも職場の雑談でも、みんな専門家の顔で語ってた。

30. 名無しのReddit住民
いちばん異常なことってわけじゃないけど、あれがもう7年近く前だというのが信じられない。まだ昨日のことみたいなのに。あの時期の記憶は全部ぼんやりしていて、時間の感覚がすっかり分からなくなったままだよ。

まとめ

並んだ記憶を見ていくと、「異常だった」と挙げられているのはウイルスそのものより、それをきっかけに見えた暮らしと人間の姿でした。音の消えた街、トイレットペーパーだけが消えた棚、地面の印に沿って並ぶ行列。災害映画のような光景があっという間に「いつもの火曜日」になってしまう、その慣れの早さに今も驚いている人がいます。

受け止め方は一色ではありません。あの静けさを懐かしむ人がいる一方で、合計260日ほどのロックダウンを経験したメルボルンの人は「今でもおかしくなったまま」と振り返り、結婚式や葬儀の記憶を重く抱えている人もいます。在宅勤務のように、変わりかけたのに結局もとへ戻ってしまったものを惜しむ声もありました。

日本は法令による外出禁止ではなく自粛の要請が中心でしたが、空っぽの棚や間隔を空けた行列は、ほぼ同じ光景として覚えている人が多いはずです。皆さんにとって、あの時期にいちばん異常だったことは何でしたか?

ライフスタイル・日常
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コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    映画でみる愚か者たちが、大げさでもなく「本当」だったこと。
    国内では大多数がまともだったり危機意識が足りてないくらいだったからマシだけども・・・欧米の数字は冗談じゃない

  2. Reddit名無しさん より:

    自分の身内にも職場にも感染者が
    いなかったわけじゃないが死者はいなかったし後遺症がとか言ってたやつも今日も元気だし
    不謹慎ではあってもただただ非日常にワクワクした日々だった
    もうすぐこの生活飽きそうってタイミングで終息したし
    正直電車に揺られる日々の中での心の休養だった気がするわ

  3. Reddit名無しさん より:

    名前変えても歴史は変えられない。おにぎり、海苔巻き。