「アメリカを車で横断したことがある人、立ち寄った中でいちばん怖かった町は?」。海外掲示板のこの問いに、長距離ドライブの経験者たちから体験談が集まった。バットを手にした男を含む3人が、信号待ちの車に歩み寄ってきた製鉄の町、給油に寄ったら店じゅうの視線が集まった州境の町、未舗装の山道でトラックに後ろをぴったりつけられた夜。その一方で、「ギャングの縄張りで車が故障したら、見知らぬ人たちが直してくれて小さなパーティーになった」「都会より田舎のほうがよっぽど怖い」という声もあって、怖さの中身は人によってまるで違う。なお、以下はそれぞれの投稿者が通りがかったときの個人的な体験で、20年以上前の話も混ざっている。その町のいまの姿や、そこで暮らす人たちを代表するものではない。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
インディアナ州のゲーリー。赤信号をそのまま突っ切ったのは、後にも先にもあのときだけだ。男が3人、こっちの車に向かって歩いてきて、そのうちの1人はバットを持ってた。どう見ても「今日の調子はどう?」と聞きに来る雰囲気じゃなかったから、信号は無視してその場を離れることにしたよ。
※ ゲーリーはインディアナ州の北西の端、ミシガン湖のほとりにある町で、シカゴの近郊にあたる。20世紀の初めに製鉄所とともに作られた企業城下町だが、製鉄業の縮小とともに人口が大きく減り、空き家の多さで知られるようになった。大陸を横断する州間高速道路が町を通っているため、車で通りかかる人は多い。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
初めてサンタクルーズに行ったとき、シド・ヴィシャスそのままのパンクな髪型と服の男たちが、バットを手に道路を渡ってるのを見たんだ。「うわ、こいつらは遊びじゃ済まなそうだ」と思ったよ。ところが、遊びだった。道の向こうに野球場があって、パンクな見た目の連中ばかりで草野球をやってたんだ。しかも全員、優勝のかかった最終戦かってくらいの本気で。ちょっと頭が追いつかなかった。※ サンタクルーズはカリフォルニア州の海沿いの街。シド・ヴィシャスは、逆立てた髪と革ジャンで知られる英国のパンクバンド、セックス・ピストルズのベーシスト。
3. 名無しのReddit住民
インディアナ州ゲーリー。野球の大会でそこへ行ったら、チームのバスが故障してしまってね。チームメイト何人かと一緒に、助けを呼びに行かされたんだ。野球道具をかついだまま、いちばん近い交差点までかなりの距離を歩いたよ。やっと助けを頼めそうな人を見つけたのに、その人は何でもないことみたいに赤信号を無視して走り去っていった。あれはかなり失礼だったな。
4. 名無しのReddit住民(>>3への返信)
ついさっき、もう片方の人のコメントを読んだばかりなんだけど(笑)。この壮大な物語の残り半分が読みたい人は、少し上を見てみて。
5. 名無しのReddit住民
自分もゲーリー。真夜中に高速道路の出口を間違えて、町に入ってしまったんだ。正確に言うと、自分から立ち寄ったわけじゃない。警官に車を止められたんだよ。赤信号で止まるたびに険しい目でじっと見られて、そのうち人が車道に出てきて、ほとんど囲まれかけてた。そのときパトカーの回転灯が光って、みんな散っていった。警官は「ついてきなさい」と言って、市の境界をだいぶ過ぎるところまで先導してくれたよ。まずいことになりそうだとは分かってたけど、当時の自分は21歳で妊娠6か月だったから、なおさら怖かった。もう25年くらい前の話だから、いまは良くなっているといいんだけど。
6. 名無しのReddit住民
アリゾナ州のコロラドシティ。ユタ州との境ぎりぎりにある町で、FLDSの事実上の本拠地なんだ。自分たちはそんなこと何も知らずに、給油のために寄っただけだった。
町じゅうに、高い目隠しの塀をめぐらせた、やたらと大きくてだだっ広い家が建ってる。しかもその多くが、わざと造りかけのままにしてあるように見えた。コンビニに入ったら、中にいた全員が手を止めて、こっちをじっと見てきたよ。完全な沈黙。女性はみんなパステルカラーの開拓時代風のワンピースを着て、髪をきっちり結い上げてた。会計のときも、レジの人は一言もしゃべらなかった。
あれほど重くて息の詰まるような「見られている感じ」は、人生で初めてだった。車に戻って、一目散に町を出たよ。
※ FLDSは、一夫多妻を続けているモルモン教原理主義の分派。一般にモルモン教と呼ばれる末日聖徒イエス・キリスト教会は、19世紀の末に一夫多妻をやめており、FLDSとは別の組織にあたる。コロラドシティは、州境をはさんだユタ州側の町と合わせて、この分派の信者が長く集まって暮らしてきた地域として知られる。
7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
確かなことは分からないけど、家の工事を続けていて未完成に見えるうちは、完成するまで固定資産税を払わなくていい、って話は聞いたことがある。自分もあの町は通ったことがあるよ。めちゃくちゃ不気味だった。※ 造りかけに見える家が多い理由は、投稿者が耳にしたうわさで、確かめられた話ではない。
8. 名無しのReddit住民
町の名前すら分からないんだけど、ウェストバージニア州のアパラチア山脈の、かなり奥のほうだった。
ワシントンD.C.からオハイオ州へ向かってたら、高速道路で大きな事故があってね。カーナビが「時間の節約」のつもりで、裏道へ迂回させたんだ。日が暮れかけた頃で、道はどんどん細くなり、曲がりくねりながら深い谷へ下りていく。頭上の木が茂りすぎてて、真夜中みたいに真っ暗だった。スマホは圏外。
そこへ給油ランプまで点いた。それだけでも十分怖かったけど、しばらく走ると明かりのついたコンビニの看板が見えたから、車を入れたんだ。コンクリートブロック造りの平屋根の建物で、古い給油機が2台あるだけの店だった。
駐車場には男が6人くらい立ってた。タイヤが砂利を踏んだ瞬間、全員が話をやめて、こっちを向いた。物音ひとつしない。給油機でカードを使おうと車を降りたら、店で働いてた男も網戸のところまで出てきて、腕を組んだまま立って見てる。自分がそこにいるあいだ、誰ひとり口をきかないし、目もそらさなかった。
人里まで戻れるぎりぎりの量、ちょうど10ドル分だけガソリンを入れて車に戻ったよ。出発すると、駐車場にいたトラックの1台がライトを点けて、真後ろについてきた。ルームミラーに相手のヘッドライトが映らないほどぴったり張りつかれたまま、曲がりくねった未舗装の山道を5マイルくらい走った。こっちのタイヤが舗装された2車線の州道にやっと乗った途端、向こうは道の真ん中でぴたりと止まって、引き返していったんだ。道路に引かれたセンターラインを見てあんなにほっとしたことは、人生で一度もない。
※ アパラチア山脈は米国東部を南北に走る山地で、ウェストバージニア州はほぼ全域がその中にある。10ドルは1ドル150円換算で約1,500円、5マイルは約8km。
9. 名無しのReddit住民(>>8への返信)
もしかすると、ちゃんと舗装された道まで戻れるかどうか、後ろから見届けてくれてただけなのかもしれないよ。
10. 名無しのReddit住民
自分もウェストバージニアのアパラチアを走ってたとき、夕日の写真を撮ろうと思って、道ばたに車を停めたことがある。山の中の、トレーラーハウスが並んでる田舎だった。停まった途端、あちこちのトレーラーハウスから人が出てきて、こっちをじっとにらんでくる。歓迎されてないのは、はっきり分かったよ。個人的には、都会で出くわしたどんな場面よりも、田舎のほうが怖い。ミシシッピ川沿いで、船を家にして暮らす人たちの集落にうっかり迷い込んだときも、同じような感じだった。
11. 名無しのReddit住民
うちの継父は(あの破天荒な魂よ、安らかに)、骨の髄まで西テキサスの田舎の男だった。持ってる車という車からシートベルトを切り取ってしまい、敷地では10頭以上の犬が放し飼い、同じくらいの数の壊れた芝刈り機が転がってる。そういう種類の人だ。見た目は90年代のカントリー歌手アラン・ジャクソンそのもので、乗ってたのは1978年式のシボレー・ブレイザー。どんな環境で育った人かを思い浮かべてもらうために、まずそこを説明しておくね。
綿花の収穫期に、2人で綿花用の農業機械を積んで、テキサス州を横切って運んでたことがある。そのとき、アーカンソー州に近い東テキサスのある町に行き着いたんだけど、そこはあの継父でさえ居心地悪そうにするような町だった。2人とも白人で、服装も、積んでる農機具も、どこから見ても農作業の関係者。それなのに、まるで「サンダウン・タウン」みたいな扱いを受けたんだ。レストランは2軒とも入店を断られた(町にはその2軒しかない)。最後には、やけに愛想のいい保安官代理がやって来て、この町であんたらが買っていいのは出ていくためのガソリンだけだ、と告げられたよ。
あの町の名前は、どうしても思い出せない。自分たちでさえああだったんだから、肌の色が違っていたらどれほどひどい目に遭ったのか、想像するしかない。
※ サンダウン・タウンは、かつて日没後に白人以外の人が町にとどまることを認めなかった町の通称。ここでは、よそ者だというだけで追い出された、というたとえとして使われている。テキサス州は日本全土より広く、西部は乾いた牧畜と綿花の地帯、東部は森の多い地域と、同じ州でも土地柄が大きく違う。保安官代理は、郡の保安官事務所に所属する法執行官。
12. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
うちの父は自分が生まれる前、テキサス州のヒューストンに住んでいて、家族のいるオハイオ州のトリードまで車で行き来してたんだ。その道のりでいちばん怖かった記憶として父が挙げるのが、ひとりで走った東テキサスからアーカンソー州にかけての区間。全行程の中でいちばん暗くて、いちばん何もない場所だったから、できるかぎり車を停めないようにしてたらしい。13. 名無しのReddit住民(>>12への返信)
東テキサスの何がそんなに怖がられてるんだろう? テクサーカナからヒューストンの近くまで広がる、かなり大きな地域だよ。犯罪の多い場所も一部にはあるけど、全体としてはのんびりした、いいところなんだけどな。※ テクサーカナは、テキサス州の北東の端で、アーカンソー州との州境にまたがっている町。
14. 名無しのReddit住民
テキサス州のヴァイダー。子どもの頃は、あそこがどういう町なのかよく分かってなかった(自分は白人)。その町に新しい遊び場ができたとき、黒人の友達を誘ったら、その子は両親から行くのを止められてね。当時はどうしてなのか、さっぱり分からなかった。大きくなってから、あそこがKKKの拠点として知られ、筋金入りのサンダウン・タウンとされてきた町だと知ったんだ。いまでも黒人の住民はごくわずかだと思うし、たぶん暮らしやすくはないんだろうな。
※ ヴァイダー(Vidor)は、テキサス州の南東の端、ルイジアナ州との州境に近い町。KKK(クー・クラックス・クラン)は、白人至上主義を掲げる米国の団体。サンダウン・タウンについては11番の注を参照。町の評判についての記述は、投稿者の見方によるもの。
15. 名無しのReddit住民
ミシシッピ州のフィラデルフィア。人生でいちばん怖い夜だった。
カジノを出て、アラバマ州の大学へ帰る途中のこと。運転してた友達(女性)が、話が盛り上がってたせいで車をほんの少しふらつかせたんだ。お酒は一滴も入ってない。それなのに、すぐさま警官に車を止められて、彼女は「口答えした」という理由で逮捕された。彼女は酔っぱらい用の留置室に入れられ、自分は会議室に閉じ込められて、何時間も離れた場所から別の友達が迎えに来てくれるのを待つことになった。
来てくれたのは、黒人の男性3人と白人1人の、あわせて4人の友達。自分を引き取って、みんなで大学へ向けて出発した。逮捕された友達のほうは、月曜に裁判所が開いてから保釈の手続きをしに戻ってくるように、と言われたよ。
走り出して5分くらいで、後ろで回転灯が光りはじめた。ついさっき自分を彼らに「引き渡した」のと同じ警官が、今度は自分たちの車を止めたんだ(そもそも自分は、正式に拘束されてたわけでもないのに)。その警官はたっぷり15分かけて友達を威圧し、この連中と一緒にいて安全なのかとほのめかし、彼らとどのくらいの知り合いなのかを自分に問いただしてから、やっと解放した。
幹線道路に乗ったところで、運転してたアラバマ出身の友達が口を開いた。ひどく動揺してるのに落ち着こうとしてる、というのがあれほど伝わってくる低い声は、聞いたことがない。「みんな、『ミシシッピー・バーニング』は観たことあるか?」。全員が、あると答えた。すると彼は言った。「あれが起きたのが、あの警察署なんだよ」
大学までの帰り道は、誰もしゃべらなかった。居場所が分かってすぐ迎えに来てもらえた自分は運がよかったし、いま思えば、彼らに断られていたとしても責められなかった。
※ ここで言うフィラデルフィアは、ペンシルベニア州の大都市とは別の、ミシシッピ州中東部にある小さな町。『ミシシッピー・バーニング』(1988年)は、1964年にこの町の周辺で公民権運動の活動家3人が殺害された事件を題材にした映画。実際の事件では、3人は地元の保安官代理に拘束され、釈放された直後に殺害された。この保安官代理らは、のちに連邦裁判で有罪になっている。
16. 名無しのReddit住民
今年のはじめ、アーカンソー州からインディアナ州へ帰るのに、景色のいい遠回りの道を選んだんだ。その途中で通った町があまりにも気になって、自分がどこにいたのかをあとで調べられるように、地図にピンを立てた。
イリノイ州のカイロ。
現実の場所とは思えなかったよ。走りながら見てても、とにかく何ひとつ動いてない。営業してる店も何もないんだ。そんな中で、家から出てきて車に乗り込む男の人を見かけて、「どこで働いてるんだろう? いったいどういうわけで、ここに住みつづけてるんだろう?」と考えてしまった。
ひたすら奇妙な、現実版のニュークタウンだった。
※ カイロはイリノイ州のいちばん南の端、ミシシッピ川とオハイオ川が合流する地点にある町。かつては川の水運の要所として栄えたが、その後は人口が大きく減った。ニュークタウンは、ゲーム『コール オブ デューティ』シリーズに登場する、核実験場に作られた無人の住宅街を模したマップ。
17. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
カイロは1960年代に激しい人種暴動を経験して、それ以来もとには戻ってないんだ。その後に白人の住民がいっせいに町を離れて、かつての姿の抜け殻みたいになってしまった。
板でふさがれた建物や、焼け落ちた建物の数には、本当に言葉を失う。危険な廃屋を取り壊すお金さえ、市にはないんだろうね。
自分は北側から町に入った。国道51号が、町をぐるりと囲む堤防を突っ切るところだ。線路の下をくぐるトンネルみたいなガードを2つほど抜けるんだけど、道路の真上には洪水を防ぐための水門がぬっとそびえてる。あれは不気味だよ。
18. 名無しのReddit住民
ネバダ州のゴールドフィールド。
ラスベガスとリノを結ぶ国道95号を夜に走ると、何時間も続く、文字どおり真っ暗で何もない道のあとに、この町が現れる。実質的には、まだ人が住んでるゴーストタウンだ。街灯はほとんどなくて、自分の車のヘッドライトが、崩れた木造の小屋や、さびた採掘機械をなめるように照らしていくだけ。そして、明かりのまったくない築100年のレンガ造りの巨大なホテルが、道路に覆いかぶさるように建ってる。
自分は午前2時ごろ、町の真ん中に1台だけある無人の給油機に車を停めた。静けさが重いんだ。虫の声もしない、風もない、聞こえるのは給油機の低い作動音だけ。廃墟の真っ黒な窓を肩越しに振り返るたびに、体じゅうが「逃げろ」と叫んでた。町全体が息をひそめて、暗闇の中からこっちを見てるみたいだった。レシートが出てくるのも待たずに、給油口のふたを叩きつけるように閉めて、さっさとそこを離れたよ。
※ ゴールドフィールドは、1900年代のはじめに金の採掘で栄えたネバダ州の鉱山町。採掘の衰退とともにさびれたが、いまも少数の住民が暮らしている。ラスベガスとリノはどちらもネバダ州の都市で、そのあいだは砂漠の中の道が延々と続く。
19. 名無しのReddit住民(>>18への返信)
よく似たことが、ウェストバージニア州でもあったよ。町なんてものはなくて、うっそうとした森の中に小さなガソリンスタンドがぽつんと1軒。ゴミ置き場のあたりを2、3人がうろうろしてた。あの「動きが止まってる」感じ、分かるよ。全員が息を止めて、こっちが立ち去るのを待ってるみたいな空気なんだ。誰かが一時停止ボタンを押した犯罪ドキュメンタリーの中に、うっかり入り込んでしまった気分だった。
20. 名無しのReddit住民
イリノイ州のイースト・セントルイス。
自分は昔、長距離トラックの運転手をしてたんだ。20年以上前、機関車の部品をある倉庫に届ける仕事があってね。配達予定日の前日に道順を聞こうと電話したら、応対した女性が、うちの敷地に一晩停めておいても大丈夫ですよ、安全です、と言う。「周りを全部フェンスで囲った、警備のしっかりした施設ですから」と。
で、教わったとおりに走っていったら、焼け落ちた家と、ひっくり返った車と、放置されたボートと、たくさんの険しい視線に囲まれた住宅街を抜けることになった。守衛小屋の前にトラックをつけると、中にいた年配の男性に言われたよ。「こんな夜中に、いったい何をしに来たんだ?」。電話で聞いた話を伝えたら、あきれたように首を振ってね。「まあ、来てしまったものは仕方ない。いまから出ていくのは賢明じゃないだろうから、あそこの街灯の下に停めなさい。そうすれば、夜のあいだに連中がフェンスを乗り越えてきても、少なくとも私からあんたが見えるからな……」
一睡もできなかった。暗闇の中で横になったまま、早く朝が来るようにと祈ってたよ。翌朝、無傷でそこを出られたけど、二度と行かなかった。一度でじゅうぶんだ。
追記:当時の自分は20代半ばで、カナダ人なんだ。イースト・セントルイスのような街は、それまで見たことがなかった。カナダには、ああいう場所がないからね。
※ イースト・セントルイスは、ミシシッピ川をはさんでミズーリ州セントルイスの対岸にある、イリノイ州側の別の市。かつては鉄道と工業の町として栄えたが、産業の衰退とともに人口が大きく減った。
21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
セントルイスの住民がイースト・セントルイスに行く理由なんて、ナイトクラブくらいしかないよ。ミズーリ州側には、これといっていい店がないんだ。で、いったん店に入ったら、日が昇るまで外には出ない。
22. 名無しのReddit住民
セントルイスの外れ、イリノイ州へ向かう途中に、1軒のガソリンスタンドがある。
自分は父と何十回も車でアメリカを横断したんだけど、父は毎回かならずそのスタンドに寄るんだ。そして毎回、「車から出るな。ドアはロックしておけ」と言う。
あるとき、父が過呼吸寸前みたいな状態で車に戻ってきた。飛び乗ってドアをロックして、一目散にそこを離れたよ。無事に高速道路に戻ると、父はこっちに手を伸ばして、握ってた手を開いた。「これはお前にやる」。手のひらに落ちてきたのは金のブレスレット。どう見ても本物の金じゃない。「なんでこんなの買ったの?」と聞いたら、父は言った。「あれは、俺に選べる話じゃなかったと思う」
それから何年もたって、今度は自分が子どもたちを乗せてアメリカを横断した。あのスタンドに差しかかったのは、夜もかなり遅い時間。ひと目でそれと分かったよ。だから、そのまま通り過ぎた。まっすぐイリノイ州に入って1時間もしないうちに、ごく普通のホテルが見つかった。ガソリンスタンドもね。
翌朝、父に電話した。「嘘でしょ? あのスタンドで何度も何度も生きた心地がしない思いをしたのに、あと1時間足らず走れば、どこにでもある平和な町に着いてたわけ? いったい何を考えてたの?」
この会話は、どうやら何ひとつ変えなかったらしい。さらに何年かして、うちの夫が父と一緒にアメリカを横断した。どこに寄ったと思う? まったく同じ、あのスタンドだよ。真夜中に。そして同じように怖い目に遭った。
父にとっては、セントルイスの外れで軽く脅かされることが、家族のドライブ旅行に欠かせない大事な伝統だったんだろうね。
23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
このスレでいちばん気になるのは、どの町の話でもなくて、あなたのお父さんにいったい何があったのかだよ。
24. 名無しのReddit住民
友達の結婚式で、ミシシッピ州のジャクソンに行ったときのこと。翌日、みんなが絶賛してたソウルフードの店に行ってみたくて、Uberを呼んだんだ(つかまるまで1時間待った)。店の前で降ろしてくれた運転手に「帰りはどうするの?」と聞かれたから、「またUberを呼びますよ」と答えた。すると彼は「いや、ここまで迎えに来てくれる車はないよ。俺が待ってる。とにかく、暗くなる前にここを出よう」と言うんだ。道中ずっと気さくで穏やかな人だったのに、その一言を口にするときだけは真顔だった。
※ ジャクソンはミシシッピ州の州都。ソウルフードは、米国南部の黒人家庭で受け継がれてきた料理のこと。フライドチキンや豆、青菜の煮込みなどが代表的。
25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
自分もジャクソンを挙げに来た。といっても、身の危険を感じて怖かったわけじゃない。あの街の行く末が怖くなったんだ。道路に空いた穴に、大きさの合ってない段ボールがかぶせてあって、その上に三角コーンが1個置いてある。それが1年以上そのままだった。みんながあきらめてしまったみたいで、それが怖いんだよ。
26. 名無しのReddit住民
怖かった、というのとは違う。少なくとも昼間に立ち寄るぶんにはね。でも、アリゾナ州のチューバシティで目にした貧しさには、心の底から衝撃を受けた。電気も水道も通っていない、文字どおりの小屋が並んでるんだ。ただただ悲しかった。
※ チューバシティは、アリゾナ州北部にある先住民ナバホの居留地(ナバホ・ネイション)の町。居留地には、電気や水道がまだ届いていない家が少なくないことが知られている。
27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
あのあたりで、夜遅くに吹雪に遭ったことがある。どの町も夜7時には丸ごと店じまいしてしまうみたいで、開いてるガソリンスタンドが1軒も見つからなくてね。携帯電話なんてない時代だったから、紙の地図でいちばん大きく描いてある点を目指した。それがたまたまチューバシティだったんだ。あの町は命の恩人だよ。開いてる店を見つけて、冷凍のブリトーを電子レンジで温めて、夜が明けるまでそこで過ごした。ガス欠になるのが怖すぎて、町を怖がってる余裕なんてなかったな。
28. 名無しのReddit住民
90年代の終わり、ニューオーリンズのマガジン通りとジャクソン通りが交わるあたり。当時はギャングの縄張りのど真ん中で、公営団地に、廃墟になった大聖堂に、墓地までそろってる場所だった。そこで車が故障して立ち往生したんだ。こっちは20代の女。
でもね、ニューオーリンズの人たちについて、これだけは言わせて。みんな、家から出てきてくれるんだよ! 想像できるかぎり最高の「南部のおもてなし」を、そのまま形にしたみたいだった。まったくの他人が自分の面倒を見てくれて、車を直してくれて、食べ物までくれて、最後にはちょっとしたパーティーになってたくらい。あまりにも心に残ったから、数年後には、そこから通りを少し行った場所の住人になってた。あの街が大好き!
※ ニューオーリンズは、ルイジアナ州のミシシッピ川の河口近くにある港町で、ジャズ発祥の地として知られる。公営団地は、原文では「プロジェクト」と呼ばれる低所得者向けの公営住宅のこと。
29. 名無しのReddit住民
自分は廃墟の写真を撮るのが趣味で、「怖い」と言われる場所にはわざわざ立ち寄ってる。少なくとも半分はひとりで。暗くてじめじめして、汚くて危険な場所にもたくさん入ってきたけど、心底ぞっとしたことは一度もない。ゲーリーも、カイロも、ニューオーリンズも行ったし、全米の廃墟もあちこち回った。そもそもそれが目的だからね。トラブルに遭ったことは一度もなかった。
2022年の12月。家から1時間の場所で、昼の1時に、ダラス中心部の高層ビルの陰になった通りを歩いてた。デザイン地区のすぐそばで、ダラスの中でも治安の悪い場所じゃない。そこで、車が行き交う道路のすぐ脇で、ホームレスの男に襲われたんだ。本気で殺されると思ったよ。胸骨が折れて、片目のまわりの骨も折れた。助かったのは、犬を連れて歩いていた別のホームレスの男性が通りかかってくれたからだ。
まさかあんな場所で、とは思いもしなかった。
※ ダラスはテキサス州北部の大都市。廃墟や使われなくなった施設を探索して写真に収める趣味は、英語で「アーベックス(urbex)」と呼ばれる。
30. 名無しのReddit住民
シアトルの地元掲示板(r/SeattleWA)にいる全員に、このスレを読んでもらいたい。自分たちがどれだけ恵まれた場所に住んでるのか、現実を知るいい機会だよ。
※ シアトルは、米国北西部のワシントン州にある大都市。r/SeattleWAは、その地元住民が集まるRedditの掲示板。
まとめ
並べてみると、「怖い町」と言っても中身はいくつかに分かれている。ひとつは、ゲーリー、カイロ、イースト・セントルイスのように、産業の衰退で人が減り、廃屋が残った町で感じる身の危険や荒れ方。もうひとつは、コロラドシティやウェストバージニアの山あい、東テキサスの小さな町のように、よそ者として無言で見つめられる居心地の悪さ。そしてゴールドフィールドのように、何時間も何もない道の先に現れる「誰もいないこと」そのものの怖さだ。「都会で出くわしたどんな場面よりも、田舎のほうが怖い」という声が出てくるのも、町と町のあいだが何時間も空くアメリカの広さならではだろう。
ただ、同じスレッドには逆向きの話もあった。車が故障したニューオーリンズでは見知らぬ人たちが修理と食事を引き受けてくれ、吹雪の夜にたどり着いたチューバシティは「命の恩人」だった。山道で後ろについてきたトラックにも、「舗装された道まで戻れるか見届けてくれていただけかもしれない」という見方が出ている。廃墟を撮り歩いて一度もトラブルに遭わなかった人が、治安が悪いとは思っていなかった街の中心部で襲われたという話は、評判と実際がずれることをよく示している。
どの体験も、通りがかった数分から一晩の印象で、20年以上前の話も含まれる。そこに住む人にとっては、それがいつもの町だ。皆さんは、旅先でふと立ち寄った場所で「ここは長居しないほうがいい」と感じたこと、あるいは逆に、身構えていた場所で親切にされたことはありますか?

コメント
30年以上前の話だけど、
フロリダからキーウェストに向かう途中で一泊したマイアミを発つ前にコンビニに寄った
入った瞬間に中にいた若い連中が一斉にこちらを見て早口で小さく何かを言い合ってた
ドリンクを会計しながら連れが
ゆっくりドアまで歩いて出たら全速力って、
穏やかな顔して言った
マジで追いかけられてエンジンかけた時には泣きそうになった
連中が車じゃなくて本当に良かった