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海外「ペイントこそ最高のゲームだった」Windowsのピンボール、雪男に食べられるスキー…最初に遊んだコンピューターゲームとは?

海外「ペイントこそ最高のゲームだった」Windowsのピンボール、雪男に食べられるスキー…最初に遊んだコンピューターゲームとは? エンターテイメント

「人生で最初に遊んだコンピューターゲームは?」という質問に、海外掲示板のユーザーたちが次々と思い出を語りました。Windowsに入っていたピンボールやマインスイーパから、学校のパソコン室で遊んだ開拓者のゲーム、さらには画面すらなく紙に印字して遊んだ時代まで。答えを聞くだけで世代がわかってしまうスレッドです。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
『3D ピンボール』のスペースカデット。Windows XPに最初から入ってたやつ。
うちはゲーム機を買ってもらえなかったから、父親の仕事用パソコンでこれだけを延々とやってた。ボールを打ち出すときの効果音は、いまでも頭の中で完璧に再生できる。
※『3D ピンボール』:宇宙を題材にしたピンボール台「Space Cadet」が遊べる、Windowsのおまけゲーム。Windows 95用の拡張パックに収録されたのち、Windows 2000/Me/XPなどに標準で入っていた。日本語版にも付属していたので、覚えのある人も多いはず。Vista以降には入っていない。

2. 名無しのReddit住民
Microsoftのペイントこそ最高のゲームだった。異論は認めない。
スプレーで画面を埋め尽くして、最後にバケツの塗りつぶしで全部台無しにする。クリアもスコアもないのに、放課後が丸ごと消えていった。
※ ペイント:Windowsに最初から入っているお絵かきソフト。もちろんゲームではないが、ほかに遊べるものが入っていないパソコンでは、子どもの格好のおもちゃだった。

3. 名無しのReddit住民(>>2への返信)
わかる。図形を塗りつぶそうとしたら線が1ドットだけ途切れてて、画面全体が一瞬で真っ青になるんだよな。あの絶望感は、どのゲームのゲームオーバーよりもこたえた。

4. 名無しのReddit住民
『マインスイーパ』。
ただ、ルールを誰も教えてくれなかったんだ。数字の意味を知らないまま適当にクリックして、爆発したら負けの運試しだと本気で思ってた。あれが周りにある地雷の数だと知ったのは、何年もあとの話。
※『マインスイーパ』:数字を手がかりに地雷の位置を推理するパズル。Windows 3.1(1992年)からWindows 7まで標準で付属し、トランプの『ソリティア』と並んで「仕事用のパソコンにも入っているゲーム」の代表だった。

5. 名無しのReddit住民
名前がどうしても思い出せないんだけど、ネズミがブロックを押してネコを閉じ込めて、チーズを取るゲーム。あと、スキーで滑ってると雪男が出てくるやつ。
どっちも親戚の家のパソコンに入ってた。夢で見たわけじゃないはずなんだ。誰か覚えてないか?

6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
大丈夫、ちゃんと実在する。スキーのほうは『SkiFree』、ネズミのほうは『Rodent’s Revenge』だ。
『SkiFree』は気持ちよく滑ってると突然雪男が追いかけてきて、丸呑みにされて終わる。子どものころはあれが本気で怖くて、雪男が出そうなあたりで毎回ゲームを閉じてた。
※ どちらも1991年に、Windows向けのゲーム集「Microsoft Entertainment Pack」に収録された小品。『SkiFree』は一定の距離を滑ると雪男が現れ、追いつかれるとプレイヤーが食べられてしまう。『Rodent’s Revenge』はネズミを操り、ブロックを押してネコを囲い込むパズル。

7. 名無しのReddit住民
『スペースインベーダー』。
親に連れていかれたピザ屋の隅に筐体が置いてあって、ピザが焼けるまでの間だけ遊ばせてもらえた。敵を減らすほど音がどんどん速くなっていくのが怖くて、毎回手のひらが汗でびっしょりだった。
※『スペースインベーダー』:1978年にタイトーが発売した日本生まれのゲーム。海外でもゲームセンターや家庭用ゲーム機で大ヒットした。

8. 名無しのReddit住民
DOS版の『オレゴン・トレイル』。
当時は本気ですごいと思ったんだよ。学校のパソコン室に行ける日は、クラス全員がこれ目当てだった。幌馬車の仲間に友だちの名前をつけて、誰が最初に倒れるかで盛り上がるところまでがお約束。
※『オレゴン・トレイル』:原題 The Oregon Trail。19世紀の開拓者になり、幌馬車で西部のオレゴンを目指す教育用ゲーム。食料の残りや病気、川渡りをやりくりしながら進む。1971年に授業用として作られ、1980年代半ば以降はアメリカ各地の学校のパソコンに入っていたため、ある世代にとっては「みんなが学校で遊んだゲーム」になっている。DOS版は1990年発売。

9. 名無しのReddit住民(>>8への返信)
あなたは赤痢で死にました 🙁
自分はオレゴンまでたどり着いた記憶が一度もない。川を無理に渡って荷物を流すか、狩りに夢中になって持ち帰れないほど撃つか、赤痢か。だいたいこの三択だった。
※ 旅の途中で仲間が病気で次々に倒れていくのが、このゲームの名物。「あなたは赤痢で死にました(You have died of dysentery)」は、Tシャツになるほど有名な一文。

10. 名無しのReddit住民
『PONG』だな。まだ出たばかりで、あれが最先端の興奮だったころに遊んだ。
白い棒が2本に、四角い点が1個。それだけなのに、家族全員がテレビの前から動かなかった。……そう、つまり私は年寄りってことだ。
※『PONG』:1972年に米アタリが出した卓球ゲーム。画面の両端にある棒を上下に動かして球を打ち返すだけの内容で、ビデオゲーム最初期のヒット作として知られる。のちにテレビにつなぐ家庭用も発売された。

11. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
問題は『PONG』をコンピューターゲームに数えていいのか、だよな。数えていいなら自分も『PONG』。
ダメだと言われたら、Apple IIで遊んだ『オレゴン・トレイル』になる。
※ Apple II:米アップルが1977年に発売した家庭用パソコン。アメリカの学校に数多く導入された。

12. 名無しのReddit住民
『Math Blaster』!
算数を勉強しながら宇宙人と遊べるなんて、いい時代に生まれたもんだよ。親は「勉強のソフトだから」と何時間でもやらせてくれたし、こっちは完全にゲームのつもりだった。あれほど親と利害が一致したことは、その後一度もない。
※『Math Blaster』:1983年に始まった米国の算数学習ソフトのシリーズ。計算問題の正しい答えを撃ち抜いて進むシューティング仕立てで、90年代の版は、宇宙人にさらわれた相棒を助けに行く宇宙冒険ものになっている。

13. 名無しのReddit住民
『Reader Rabbit』。5インチのフロッピーディスク2枚組だった。
「折るなよ、絶対に折るなよ」と言われながらぺらぺらのディスクを差し込んで、ドライブがガコガコ鳴るのをじっと待つ。ウサギが出てくるまでの時間が、子どもにはやたらと長かった。
※『Reader Rabbit』:1980年代前半に始まった、米国の子ども向け学習ソフトのシリーズ。ウサギのキャラクターと一緒に、単語のつづりや読み方を覚える。5インチ(正確には5.25インチ)のフロッピーは、薄くて簡単に曲がってしまう大判の磁気ディスク。

14. 名無しのReddit住民
たしか『Lemonade Stand』って名前だったと思う。Apple IIeで遊んだ。
天気予報を見て、レモネードを何杯作って1杯いくらで売るかを決めるだけ。欲張って値上げした日に限って客が来なくて、子どもながらに商売の厳しさを思い知らされた。
※『Lemonade Stand』:子どもがレモネードの屋台を経営するシミュレーション。天気を見ながら、仕込む量・看板の数・値段を決めて利益を出す。1973年に教育用として作られ、Apple II版は1980年代を通じて本体に無料で付いていた(Apple IIeはその後継機種)。庭先でレモネードを売るのは、アメリカの子どもの定番のお小遣い稼ぎ。

15. 名無しのReddit住民
たぶん『DOOM』だったと思う。
年上のいとこがフロッピーで持ってきて、親に内緒で入れてくれた。最初の部屋から出るのが怖くて、しばらくは壁に向かって銃を撃ってるだけだったけどな。
※『DOOM』:1993年に米id Softwareが出した、主人公の視点で進むシューティングゲーム。宇宙基地にあふれた怪物の群れと戦う。序盤を無料で配る方式で爆発的に広まり、暴力描写が議論にもなった。

16. 名無しのReddit住民(>>15への返信)
うちは父親が『DOOM』をやってるのを後ろから見てただけ。当然、自分は触らせてもらえなかった。
だからWindowsに入ってたピンボールやソリティアを別にすると、最初はたぶん『MYST』。いや、『Hover!』のほうが先だったかもしれない。『Hover!』を遊んだことがある人に、これまでほとんど会ったことがないんだけど。
※『MYST』は1993年発売。無人の島を歩き回って謎を解くアドベンチャーで、世界的なベストセラーになった。『Hover!』はWindows 95のCD-ROMにおまけで入っていた、ホバークラフトで旗を取り合うゲーム。

17. 名無しのReddit住民
『ウルフェンシュタイン3D』!
親が留守のときだけ遊べる秘密のゲームだった。番犬の吠える声と、扉が開くときの音がいまも耳に残ってる。夢中になりすぎて画面酔いして、晩ごはんが食べられなかったのもいい思い出。
※『ウルフェンシュタイン3D』:原題 Wolfenstein 3D。1992年、のちに『DOOM』を作る米id Softwareが出したゲーム。第二次世界大戦中、ナチスの城に捕らえられたスパイが脱出を目指す。主人公の視点で撃ち合うシューティングというジャンルを広めた作品とされる。

18. 名無しのReddit住民
『Leisure Suit Larry』。
父親のパソコンに入ってるのを見つけて、これは子どもが遊んじゃいけないやつだと3分で理解した。もちろん遊んだ。
言っとくけど、年寄りなのは俺じゃない。お前らのほうだ。
※『Leisure Suit Larry』:1987年に米シエラ・オンラインが出した、大人向けのコメディ・アドベンチャー。冴えない中年男のラリーが、恋人を求めて夜の街をさまよう。冒頭に、大人しか知らないような雑学クイズによる年齢確認がある。

19. 名無しのReddit住民(>>18への返信)
あの年齢確認クイズな。子どもには答えられないはずの問題が出るんだけど、こっちは何度も総当たりして答えを丸暗記した。おかげで、自分が生まれる前の有名人にだけ妙に詳しい小学生ができあがった。
で、あれを遊んでたってことは、やっぱりお前も年寄りなんだよ。

20. 名無しのReddit住民
初代の『トゥームレイダース』。
2面で詰まって、そのまま何年も「このゲームはここで終わりなんだ」と思い込んでた。
だいぶ経ってからやり直して、すぐに知ったよ。あれは全然、ゲームの全部じゃなかった。
※ 原題 Tomb Raider。1996年に英Core Designが開発した、冒険家ララ・クロフトが世界各地の遺跡を探検する3Dアクション。日本では初代だけが『トゥームレイダース』の題で発売され、2作目以降は『トゥームレイダー』になった。

21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
詰まったまま何年も放置、わかりすぎる。自分の最初のゲームは『Chip’s Challenge』で、まったく同じ道をたどった。
ICチップを集めて出口に行くだけのパズルなのに、後半は子どもの頭じゃどうにもならない。行き詰まった面を母親に丸投げしたら、母親のほうがハマって夜中までやってたよ。
※『Chip’s Challenge』:上から見下ろした迷路でチップを集め、出口を目指すパズルゲーム。1989年に携帯ゲーム機用として作られ、1992年にWindows向けゲーム集「Microsoft Entertainment Pack」に収録されて広まった。全部で150面近くある。

22. 名無しのReddit住民
たしか『Scorched Earth』だった。仲間内では縮めて「スコーチ」と呼んでた。
1台のパソコンに友だち4人で群がって、キーボードを順番に回していく。角度と火薬の量を決めて撃つだけなのに、風を読み違えて自分の戦車の真上に砲弾を落とすやつが毎回必ず出るんだ。
※『Scorched Earth』:1991年のMS-DOS用ゲーム。山や谷のある地形に並んだ戦車が、順番に砲弾の角度と強さを決めて撃ち合う。気に入ったら代金を払う「シェアウェア」として広まった。

23. 名無しのReddit住民
『Elf Bowling』……。
言いにくいんだけど、本当にこれなんだ。母親が職場でもらってきたのを、家のパソコンに入れてくれた。サンタが妖精をピン代わりにしてボウリングするだけの、いま思えばひどいゲーム。それでも家族で順番待ちになるくらい遊んだ。
※『Elf Bowling』:1998年に登場したWindows用の無料ゲーム。ストライキを起こした妖精(エルフ)たちをピンに見立てて、サンタクロースがボウリングをする。メールの添付ファイルとして人から人へ転送され、1999年ごろに大流行した。

24. 名無しのReddit住民
初聖体のお祝いでもらったお金で、コモドール64を買った。最初に遊んだのは『ペーパーボーイ』。
自転車で新聞を配るだけのはずが、犬には追われるし車にははねられる。腹いせに、新聞を取ってない家の窓を割りまくってた。
※ コモドール64は1982年発売の家庭用パソコンで、欧米で広く普及した。『ペーパーボーイ』は自転車の新聞配達少年を操るゲームで、1985年に米アタリゲームズが出したアーケード版の移植。初聖体はカトリックの子どもが7〜8歳ごろに受ける儀式で、親戚からお祝い金をもらう習慣のある国も多い(日本の入学祝いに近い)。

25. 名無しのReddit住民
80年代の初めに遊んだ「カーレース」のゲーム。カッコつきなのは察してくれ。
遊ぶ前に、まず自分でBASICのプログラムを全部打ち込まないといけなかった。機械はZX81。1文字でも間違えると動かないから、レースを始めるまでが本当の戦いだった。ああそうだよ、年寄りだよ。
※ ZX81:1981年に英シンクレア社が発売した格安の家庭用パソコン。標準のメモリはわずか1KB。BASICは初心者向けのプログラミング言語で、当時は雑誌や本に載っているプログラムを自分の手で打ち込んで遊ぶのが、ごく普通のことだった。

26. 名無しのReddit住民(>>25への返信)
ちょっと待って、ゲームを遊ぶ前に自分で打ち込むの……?
アップデートのダウンロードに30分かかると文句を言ってた自分が恥ずかしくなってきた。こっちの最初のゲームはブラウザで動くやつだったから、このスレでは完全に赤ちゃん扱いだな。

27. 名無しのReddit住民
ここにいる大半の人より古い自信がある。最初のゲームは、KIM-1で遊んだ『Hunt the Wumpus』だ。メモリは1KBしかなかった。
父親が定期購読してたホビー向けの月刊誌にプログラムが載ってて、それを16進数のキーパッドから1バイトずつ打ち込んだ。打ち終わるころには、すっかり日が暮れてたよ。
※『Hunt the Wumpus』:1973年に作られたテキストゲーム。つながった洞窟を移動しながら、怪物ワンパスの居場所を手がかりから推理して、矢で仕留める。KIM-1は1976年に米MOSテクノロジーが出した基板むき出しのマイコンで、入力は電卓のようなキー、表示は6桁の数字LEDだけだった。1KBは、スマホで撮った写真1枚の数千分の1ほどの容量。

28. 名無しのReddit住民
PDP-11/40のテレタイプで遊んだ『Lunar Lander』。
当然、家に置けるような機械じゃない。使わせてもらえる時間は限られてたから、1回1回が真剣勝負だった。エンジンの噴射量を数字で打ち込んでいって、計算を間違えると月面に新しいクレーターが1つ増える。
※『Lunar Lander』:月着陸船の噴射量を数字で入力し、燃料が尽きる前に軟着陸を目指すテキストゲーム。原型は、アポロが月に着陸した1969年に高校生が書いたプログラム。PDP-11は米DECが1970年から販売したミニコンピューターで、大学や研究所で広く使われた。

29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
若造から質問させてくれ。テレタイプって何? キーボードの商品名か何か?
ゲームの画面はどこに映ってたんだ。まさか、モニターがなかったなんて言わないよな。

30. 名無しのReddit住民(>>29への返信)
そのまさかだよ。画面なんてない。テレタイプはキーボードと印字機がくっついた端末で、コンピューターの返事は全部、紙にガタガタと印字されて出てくる。
自分はモニターが普及する前に、プリンターにつながった大型コンピューターで『スタートレック』のゲームを遊んだ。本体だけでスクールバス1台分くらいの場所を取ってたな。1手ごとに紙が伸びていくから、遊び終わるころには足元が紙だらけだった。
※ ここでの『スタートレック』は、同名のSFドラマを題材に1971年に作られたテキストゲーム。宇宙船エンタープライズ号を指揮して敵の艦隊を探し出して倒す内容で、宇宙の地図も文字を並べて紙に印字された。

まとめ

「最初に遊んだコンピューターゲーム」は、答えた瞬間に世代と育った環境がわかってしまう質問でした。紙に印字して遊んだ世代、雑誌のプログラムを自分で打ち込んだ世代、学校のパソコン室で幌馬車の旅をした世代、Windowsのおまけゲームで育った世代。使っていた機械はまるで違うのに、年長の人ほど「そうだよ、年寄りだよ」と嬉しそうに名乗り出てくるのが印象的です。

もうひとつ共通していたのは、ほとんどの人が自分でそのゲームを選んでいないこと。家や学校にたまたまあったパソコンに、たまたま入っていたものを遊んでいます。ペイントのようにゲームですらないものや、ルールも分からないまま触っていたマインスイーパまで鮮明に覚えているのは、ほかに選択肢がなかったからこそかもしれません。日本でも、家や学校のパソコンに入っていたピンボールやソリティアが最初の一本だった、という人は多いのではないでしょうか。皆さんが人生で最初に遊んだコンピューターゲームは何でしたか?

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