「史上いちばん悲しいフィクションの死は?」——映画・ドラマ・ゲーム・アニメ・小説、ジャンルを問わず、心に穴が空いたままのキャラクターの最期について海外で語り合われていた。人間だけじゃなく、犬も、想像上の友だちも、ロボットも、クモも出てくる。読んでいるうちにこっちまで思い出して苦しくなってくる。なお、ネタバレを多分に含むので未見の作品があれば注意してほしい。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
『フューチュラマ』の、フライの飼い犬シーモア。あれは反則だよ。何度見ても泣く自信がある。
※ 『フューチュラマ』は『シンプソンズ』の制作陣が作ったSFアニメ。主人公フライは冷凍睡眠で1000年後に飛ばされ、現代に残してきた愛犬シーモアが店の前でずっと帰りを待ち続けたまま天寿を全うする回が「アニメ史上いちばん泣ける」と語り継がれている。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
あの回の何がいちばん残酷って、フライの解釈が完全に間違ってたところなんだよ。フライは「シーモアはもう自分のことなんて忘れてる」と思ってクローン復活を選ばなかった。でも回想で映るのは、最後の最後まで待ち続けた犬の姿だ。
3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
何度『フューチュラマ』を見返しても、あの回だけは絶対に飛ばす。もう一度心を粉々にされる勇気がない。
4. 名無しのReddit住民
「メガネがないと何も見えないんだ」。この一言だけで分かる人には分かるはず。あの瞬間、館内の空気がぜんぶ止まったよ。
※ 1991年の映画『マイ・ガール』のラスト。少年トーマスがハチに刺されて命を落とし、葬儀で彼の棺に向かって少女ヴェイダが「彼のメガネは? メガネがないと何も見えないのに」と叫ぶ場面。子供向けの体裁なのに当時の観客にトラウマを刻んだことで有名。
5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
自分も真っ先に思い浮かんだのがこれ。タイトルを読んだ瞬間に頭が「ハチだ」って反応して、そこから映画一本ぶん丸ごと脳内再生されちまった。くそ、忘れてたのに。
6. 名無しのReddit住民
映画『カールじいさんの空飛ぶ家』の、奥さんエリー。冒頭たった10分でひとつの人生を全部見せられて、もう本編が始まる前から号泣してる。
※ ピクサーの『カールじいさんの空飛ぶ家』。映画の冒頭で、出会いから結婚、子供を望むも叶わず、二人で年老いて妻に先立たれるまでを、セリフほぼ無しの約4分の映像で描く。この導入だけで「映画史上最高のオープニング」と評されることも多い。
7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
あの10分は、たった一本の映画の中に収まってる物語としては映画史上最高クラスだと思う。セリフはほとんどない。ただ悲しみだけがそこにある。
8. 名無しのReddit住民
小説『テラビシアにかける橋』のレズリー。25年くらい前に初めて読んだのに、いまだに彼女の死を引きずってる。あんなに突然、何の前触れもなく逝くなんてさ。
※ 『テラビシアにかける橋』はアメリカの児童文学(映画化もされた)。孤独な少年と、転校してきた快活な少女レズリーが空想の王国を作って親友になるが、レズリーがある日あっけなく事故死してしまう。子供が初めて「死」と「喪失」を突きつけられる物語として読み継がれている。
9. 名無しのReddit住民(>>8への返信)
子供のときに映画で見たんだけど、ずっと「何か魔法が起きて彼女が助かるんじゃないか」って待ってたんだよ。最後まで、彼女が大丈夫になる展開をひたすら待ってた。来なかった。
10. 名無しのReddit住民
あの本を読んだのが、自分が人生で初めて本物の悲しみってものを感じた瞬間だった気がする。27歳になった今、そろそろもう一度読み返す時期かもしれないな。
11. 名無しのReddit住民
映画『ロジャー・ラビット』で、トゥーン世界の小さな靴が薬品に溶かされる場面。あんなに無垢でか弱い存在がじわじわ消えていくの、観てて本当につらかった。
※ 『ロジャー・ラビット』は実写とアニメ(トゥーン)が同居する世界を描いた1988年の映画。悪役がトゥーンを溶かす薬品「ディップ」で、すり寄ってきた無邪気な子靴を見せしめに溶かす場面が「子供向けの皮をかぶった残酷描写」として語り草になっている。
12. 名無しのReddit住民
王道だけど『レッド・ファーン』。少年と二匹の猟犬の話で、ラストはもう涙腺がもたない。犬の死は人間より効く時があるんだよな。
※ 『レッド・ファーンの育つところ(Where the Red Fern Grows)』はアメリカの定番児童文学。貧しい少年が苦労して手に入れた二匹の猟犬と過ごす日々を描くが、一匹が死ぬともう一匹も後を追うように衰弱して逝く。アメリカでは課題図書の常連で「初めて泣いた本」に挙げる人が多い。
13. 名無しのReddit住民
『キャスト・アウェイ』でウィルソンを失う場面、ほかにもっと良い例があるのは分かってる。でもあの瞬間、人間が死んだのと同じくらい胸がえぐられたんだよ。次のシーンで主人公が助からなかったら、自分は本気で立ち直れなかったと思う。
※ 『キャスト・アウェイ』はトム・ハンクス主演、無人島漂流もの。話し相手のいない主人公が、漂着したバレーボールに顔を描いて「ウィルソン」と名づけ唯一の友にする。脱出の途中で波にさらわれて流れていくウィルソンに向かって泣き叫ぶ場面が、ただのボールなのに観客を泣かせることで有名。
14. 名無しのReddit住民
『インサイド・ヘッド』のビンボン。リリーの幼なじみの空想の友だちで、忘れ去られる崖の底からヨロコビを脱出させるために自分を犠牲にして消えていく。最後にこう言うんだ。「あの子を、月まで連れてってやってくれよな」。だめだ、書いてて泣けてきた。
※ 『インサイド・ヘッド』は少女の頭の中で感情たちが暮らす設定のピクサー作品。ビンボンは彼女が幼い頃に作った空想の友だちで、成長とともに忘れられていく存在。記憶の谷底から仲間を押し上げて自分は浮上をあきらめ、ゆっくり消滅する場面が涙腺直撃ポイント。
15. 名無しのReddit住民
このスレにボロミアがいないのが信じられないんだけど。矢を三本も受けながら最後までホビットたちを守って戦って、息を引き取る前にアラゴルンへ忠誠を誓うあの最期だぞ。
※ 『ロード・オブ・ザ・リング』の戦士ボロミア。一度は仲間を裏切りかけるが、罪を償うように小柄なホビットたちを身を挺してかばい、矢を何本も受けて壮絶に戦い抜いて死ぬ。「贖罪の死」の代名詞として愛されているキャラ。
16. 名無しのReddit住民
「私は風に舞う一枚の葉だ」。このセリフが分かる人とは固い握手を交わしたい。あんなに格好いいフラグの回収のされ方、ずるいよ。
※ SFドラマ『ファイアフライ』とその劇場版『セレニティ』の操縦士ウォッシュの名ゼリフ。難所を抜ける時に縁起担ぎで唱える口癖だったが、無事に着陸した直後に突然死を迎える。あまりに唐突で残酷な退場として今もファンの心をえぐり続けている。
17. 名無しのReddit住民
『カールじいさんの空飛ぶ家』のエリー。これ以上は質問を受け付けない。名前を出すだけで充分すぎるだろ。
18. 名無しのReddit住民
『バンビ』の母さん。それと『きつねと猟犬』で、育てたトッドを生きていけるよう森へ手放さなきゃいけない場面。あれは死じゃないけど、別れの痛みは同じだった。
※ どちらもディズニーの動物アニメ。『バンビ』は子鹿の母が猟師に撃たれる場面、『きつねと猟犬』は子ぎつねトッドを飼い主が泣く泣く森へ返す場面が有名。世代を超えて子供心にショックを与えてきた二大トラウマシーン。
19. 名無しのReddit住民
映画『ジョジョ・ラビット』。あれは……うん、あの場面を分かってる人には言わなくても伝わると思う。あの靴のカットだけで、もう全部わかる。
※ 『ジョジョ・ラビット』は第二次大戦下のドイツを舞台に、少年の目線でユーモラスに描いた映画。ある重要人物の死が直接は映されず、広場に吊るされた「見慣れた靴」のカットだけで観客に悟らせる演出が、静かで残酷だと語られている。
20. 名無しのReddit住民
『アイアン・ジャイアント』。毎回ぼろ泣きする。武器であることを拒んだ鉄の巨人が、町を救うためにミサイルへ自ら飛び込んでいくんだ。「スーパーマン」ってつぶやきながら。
※ 『アイアン・ジャイアント』は、宇宙から来た巨大ロボットと少年の友情を描いたアニメ映画の名作。本来は兵器だった巨人が「自分が何になるかは自分で選ぶ」と、町に落ちてくる核ミサイルへ単身突っ込んで犠牲になる結末が、何度見ても泣けると評価が高い。
21. 名無しのReddit住民
「ここがどこだか分かるか?」。このセリフだけでピンと来た人、一緒に泣こう。死そのものより、そこに至るまでの優しさが効くんだよな。
※ ドラマ『THE LAST OF US』第1シーズン第3話、年配の男性ビルとパートナーの物語の締めくくりに交わされる会話。無骨な男が人生の最後に見つけた穏やかな幸福を描いた回として、原作ゲームファンからも絶賛された。
22. 名無しのReddit住民
「ツルの葉が……ゆっくり、ゆっくり落ちてゆく……」。あの歌を口ずさまれるともうダメだ。優しいおじいちゃんが好きだった歌を、残された人が涙ながらに歌うんだから。
※ アニメ『アバター 伝説の少年アン』に登場する、心優しい老人アイロが亡き息子を悼んで歌う劇中歌「Leaves from the Vine」。この曲を担当した声優が実際に息子を亡くしていたという背景もあり、シリーズ屈指の名場面として知られる。
23. 名無しのReddit住民
ゲーム『マスエフェクト3』のモーディン。「これは私がやるべきことだった。他の誰かじゃ間違えたかもしれない」と言い残して逝くんだ。あの理屈っぽい博士が最後に見せる覚悟に、コントローラー握ったまま固まった。
※ 『マスエフェクト』は選択が物語を変えるSF RPGの名作シリーズ。早口でまくし立てる科学者モーディンが、ある種族を救う装置を起動するため命と引き換えに塔へ残る。自分の過ちの償いとして自ら犠牲を選ぶ最期が、シリーズ屈指の名シーンと讃えられている。
24. 名無しのReddit住民(>>23への返信)
分かる。ゲームのキャラの死で初めて声出して泣いたのがモーディンだった。プレイヤー自身が選択を積み重ねてきたぶん、刺さり方が映画とは別物なんだよな。
25. 名無しのReddit住民
小説『ハリー・ポッター』のシリウス・ブラックとダンブルドア。映画より原作のほうが何倍もつらかった。あと、ドビーを忘れてたなんて自分が信じられない。「ドビーは、友達のそばで……死ねて、幸せです」だぞ。
※ シリウスはハリーの名付け親で唯一の家族同然の存在、ダンブルドアは導き役の校長。屋敷しもべ妖精のドビーは、ハリーたちを救うために自由の身のまま命を落とし「友達のそばで死ねて幸せだ」と言い残す。いずれもシリーズの代表的な「泣ける死」。
26. 名無しのReddit住民
アニメ『鋼の錬金術師』のニーナと、犬のアレキサンダー。父親の研究への執着と、失敗を恐れる弱さが、いちばん守るべきものを最悪の形で奪ってしまう。あれを思い出すと今でも気分が落ちる。
※ 『鋼の錬金術師』は錬金術が存在する世界を舞台にしたダークファンタジー。研究成果に焦った錬金術師が、幼い娘ニーナと飼い犬アレキサンダーを使って取り返しのつかない人体実験を行う。シリーズ序盤にして「最も後味の悪い悲劇」として語り継がれている。
27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
ニーナはほんとに無理。アニメで人の死を見るより、あの子の「お兄ちゃん、遊ぼうよ」を思い出すほうがずっと胸が締めつけられる。父親への怒りで震えるレベル。
28. 名無しのReddit住民
『火垂るの墓』の妹、節子。あの作品については多くを語りたくない。妹が衰弱していくのを兄が止められない、ただそれだけで世界一悲しい映画になってしまう。
※ 『火垂るの墓』は戦時中の日本を生きる兄妹を描いたスタジオジブリのアニメ映画。幼い妹が栄養失調で弱っていき、兄の必死の看病もむなしく息を引き取る。海外でも「人生で一度しか見られない、二度は見られない映画」として有名。
29. 名無しのReddit住民
小説『二十日鼠と人間』のレニー。やさしい大男が、自分の力を制御できないせいで悲劇を招いてしまう。親友が彼のために下す最後の決断が、何度読んでも喉につかえる。
※ 『二十日鼠と人間』はスタインベックの古典的中編小説。知的障害のある力持ちレニーと、彼を守り続ける相棒ジョージの物語。レニーが悪意なく事件を起こし、もっと残酷な末路から守るためにジョージ自身が手を下す結末が、優しさゆえの悲劇として読み継がれている。
30. 名無しのReddit住民
ほかにも『ウォーターシップ・ダウン』のヘイゼル、『赤毛のアン』のマシュー、『動物農場』の馬ボクサー……名前を挙げ出すとキリがない。フィクションの死がこれだけ刺さるのは、たぶん自分たちが本当に大切なものを重ねてるからだろうね。
※ ヘイゼルはウサギの群れの旅を描いた英国小説『ウォーターシップ・ダウン』の指導者ウサギ、マシューは『赤毛のアン』でアンを引き取った寡黙な老人、ボクサーは『動物農場』に出てくる働き者で従順な馬。いずれも献身的なキャラの最期が読者の心に残るものとして挙がっている。
まとめ
並んだ顔ぶれを見ると、必ずしも「派手な死」が心に残るわけじゃないのが分かる。映画、ゲーム、アニメ、児童文学、海外ドラマ——媒体はバラバラなのに、刺さるのは決まって「待ち続けた犬」「自分を犠牲にした友」「守れなかった幼い命」みたいな、無垢で献身的な存在の退場だ。人間より、犬やロボットや空想の友だちのほうが効く、という声が多かったのも、たぶん偶然じゃない。彼らは見返りを求めずに誰かを愛していて、その純粋さが死によって一気に突きつけられるからこそ、何年経っても忘れられないのだろう。子供の頃に初めて「喪失」を教えてくれたのがこれらの物語だった、という告白が多かったのも印象深い。皆さんにとって、何年経っても引きずっているフィクションの死はどれですか?

コメント
煉獄さん。