「人生で一番最初に触ったビデオゲーム、覚えてる?」というシンプルな問いに、海外掲示板の住民たちが一斉にタイムマシンへ飛び込んだ。白黒の四角いボールを打ち合っただけの画面、ブラウン管に銃を突きつけた休日、フロッピーディスクの読み込み音。ゲーム名そのものより、それを遊んでいた「あの頃の部屋の匂い」まで蘇ってくるコメントが並んだ。あなたの最初の一本は、何でしたか?
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
『Pong』だね。画面の真ん中に白い縦線が一本あって、左右の棒で白い四角を打ち返すだけ。それだけなのに弟と何時間も向き合ってたよ。今思えば、あれがうちの家族で初めて画面の中で動かせたものだった。
※ Pong:1972年にアタリが出した、世界で初めて商業的に大ヒットした卓球ゲーム。白い線と四角だけの究極にシンプルな画面で、家庭用ゲームの原点とされる。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
わかる。あの「ピッ……ポッ……」っていう打球音、今でも耳に残ってる。グラフィックもストーリーも何もないのに、なんであんなに夢中になれたんだろうな。
3. 名無しのReddit住民
『Duck Hunt』。テレビ画面に光線銃を突きつけて鴨を撃つやつ。外すと画面の中の犬がこっちを見てニヤニヤ笑うんだよ。あの犬を撃ちたくて仕方なかったのに、絶対に撃てないっていう設計が今でも腹立たしい。
※ Duck Hunt:1984年の任天堂のシューティング。専用の光線銃をブラウン管テレビに向けて飛ぶ鴨を撃つ。失敗すると犬が嘲笑う演出が有名。
4. 名無しのReddit住民
NES版の『Super Mario Bros.』。3歳くらい、1998年あたりだったと思う。コントローラーちゃんと握れてたかも怪しいけど、土管に入ったときの「シュポッ」って音と、地下に潜ったときの暗い色だけは妙にはっきり覚えてる。
※ Super Mario Bros./NES:1985年発売の任天堂の横スクロールアクション。NESは海外でのファミコンの名称。ジャンプでブロックを叩きキノコを取る、家庭用ゲームの金字塔。
5. 名無しのReddit住民
正直に言うと『Leisure Suit Larry』なんだ。あの年齢で絶対にやっちゃいけないゲームだったけど、親の留守中にこっそり起動して、何が起きてるのか半分も理解できないまま画面を眺めてた。なのに脳裏に焼き付いて離れない。
※ Leisure Suit Larry:1987年から続く、冴えない中年男が恋愛を追いかけるアダルト寄りのコメディアドベンチャー。子供には完全に不向きな内容で知られる。
6. 名無しのReddit住民(>>5への返信)
告白する勇気がすごい。でも90年代の子供あるあるだよ、誰も中身わかってないのに「大人のゲーム」ってだけでドキドキしながら触ってたやつ。
7. 名無しのReddit住民
カクテルテーブル筐体の『Space Invaders』。テーブルの天面が画面になってて、コーヒー置きながら遊ぶやつね。喫茶店の隅にあって、親がコーヒー飲んでる間ずっとあれに小銭を吸い込まれてた。侵略者が降りてくるときのあの足音みたいな低音、今でも鳥肌立つ。
※ Space Invaders:1978年のタイトーのシューティング。日本では喫茶店のテーブル型筐体(カクテル台)で大流行し、社会現象になった。
8. 名無しのReddit住民
フロッピーディスクに入ってたチェスゲームで、駒同士が戦うとアニメーションで殴り合うやつがあった。ナイトがビショップを剣で斬る演出が地味に残酷で、当時の自分には映画みたいに見えてたよ。たぶん『Battle Chess』。
※ Battle Chess:1988年の対戦チェス。駒を取るときにキャラクターが格闘アニメで殴り合う演出が売りで、当時としては画期的だった。
9. 名無しのReddit住民
初代ゲームボーイの『Tetris』。あの緑がかったモノクロ画面と、ブロックが揃ったときの軽い効果音。布団に潜って親に隠れて遊んでたら、目を閉じても落ちてくるブロックが見えるようになった。あれは一種の中毒だったと思う。
※ Tetris:1984年に旧ソ連で生まれた落ち物パズル。初代ゲームボーイ(1989年)の同梱ソフトとして世界中に広まった。
10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
「テトリス効果」ってやつだね。寝る前に天井にブロックが落ちてくる現象。あれを体験した世代は確実に脳をいじられてると思ってる。
11. 名無しのReddit住民
『Streets of Rage 2』。セガの2D格闘アクションで、街を歩きながら不良をひたすら殴り倒していくやつ。BGMがめちゃくちゃカッコよくて、ゲーム内容より先にあのベース音を覚えてた。兄貴と二人プレイで奪い合うように遊んだ。
※ Streets of Rage 2:1992年のセガのベルトスクロールアクション。街を進みながら敵を倒す。クラブ風の名曲BGMで今も評価が高い。
12. 名無しのReddit住民
順番に遊んだ最初は『Pong』だけど、エミュレータで触った中で一番古いのは1962年の『Spacewar!』。コンピュータ研究室で生まれた、宇宙船同士が撃ち合う原始的なゲームだよ。これを動かしたとき、自分はゲームの始まりに触れてる気がして妙に感動した。
※ Spacewar!:1962年に米国の大学の大型コンピュータ上で作られた、世界最初期のビデオゲームの一つ。重力のある宇宙空間で宇宙船が撃ち合う。
13. 名無しのReddit住民
『Frogger』と『Space Invaders』。カエルを車の間を縫って道路の向こうへ渡らせるやつ、あれ何百回轢かれたかわからない。渡りきった瞬間の達成感だけを餌に、ずっと潰され続けてた気がする。
※ Frogger:1981年のコナミのアクション。カエルを操作して車道と川を渡らせる。判断を一つ誤ると即アウトのシビアさで有名。
14. 名無しのReddit住民
みんなが格好いいゲームを挙げてる中で恐縮だけど、自分の最初は『Minesweeper』なんだよね。親の仕事用パソコンに入ってたから。地雷を避けて旗を立てるだけなのに、放課後ずっとやってた。あれもれっきとした原体験だ。
※ Minesweeper(マインスイーパ):Windowsに標準搭載されていた地雷探しパズル。数字を手がかりに地雷の位置を推理する。仕事中の暇つぶしの定番。
15. 名無しのReddit住民
セガのメガドライブで『Sonic』。とにかく速い。マリオが丁寧にジャンプするゲームなら、こっちは画面を青い弾丸が駆け抜けるゲームだった。ループを駆け上がってリングを撒き散らす爽快感は、子供心に革命的だったよ。
※ Sonic(ソニック・ザ・ヘッジホッグ):1991年のセガの高速アクション。青いハリネズミが超スピードでステージを駆ける。マリオの対抗馬として一時代を築いた。
16. 名無しのReddit住民
うちはコモドール64で『Bruce Lee』と『Ghostbusters』だったな。あと『Oregon Trail』もやった。荷馬車で西部開拓の旅をして、家族が次々と病気で死んでいくあのゲーム。子供向けの教育ソフトのはずなのに、なぜか全員死亡エンドの記憶しかない。
※ Oregon Trail:1971年発祥の米国の教育ゲーム。幌馬車で西部を目指す旅をシミュレートし、道中で病気や事故で仲間が死ぬ。米国人の世代的な共通体験。
※ コモドール64:1982年発売の家庭用パソコン。世界で最も売れたパソコンの一つとされる。
17. 名無しのReddit住民
PS1の『Crash Bandicoot』。箱を割って、リンゴを集めて、巨大な岩から逃げる。あの奥に向かって走るステージで何度も崖から落ちたよ。コントローラーを握る手汗の感覚まで含めて、これが自分にとっての「ゲーム」の定義になった。
※ Crash Bandicoot:1996年のPS1(初代プレイステーション)のアクション。マスコット的存在のバンディクート(有袋類)を操作して箱を割り進む。
18. 名無しのReddit住民
『Bubble Bobble』を挙げたい。二匹の恐竜が泡を吐いて敵を閉じ込めて、その泡を割って倒すやつ。あのとぼけたBGMがエンドレスで頭の中をループする。二人同時プレイで、最後どっちが多く倒したかで毎回ケンカになった。
※ Bubble Bobble(バブルボブル):1986年のタイトーのアクション。泡を吐く恐竜キャラで敵を閉じ込める協力プレイが人気。中毒性の高いBGMで知られる。
19. 名無しのReddit住民(>>18への返信)
あのBGM、今でも一発で口ずさめるのが怖い。30年経っても消えないって、どんな刷り込みなんだ。脳の容量を一生分使われてる気がする。
20. 名無しのReddit住民
文字だけのアドベンチャー『Zork』だよ。画面に文章が出てきて、自分で「北へ行く」「剣を取る」ってタイプして進めるやつ。グラフィックゼロなのに、頭の中ではちゃんと地下迷宮が広がってた。あれは読書とゲームの中間みたいな体験だった。
※ Zork:1977〜80年に作られたテキストアドベンチャー。文章を読み、英語のコマンドを打ち込んで地下帝国を探索する。グラフィックは一切ない。
21. 名無しのReddit住民
『Pokémon Yellow』だった。ピカチュウが後ろをついて歩いてくるのが嬉しくて、意味もなく草むらを行ったり来たりしてた。最初のジムでピカチュウが電気タイプなのにイワーク相手に苦戦するっていう罠も、今となっては良い思い出だよ。
※ Pokémon Yellow(ポケットモンスター ピカチュウ):1998年のゲームボーイ用ソフト。アニメ準拠でピカチュウが連れ歩く特別版として人気を博した。
22. 名無しのReddit住民
同時代のゲームで一番古い記憶は『Sam & Max: Hit the Road』。犬の探偵とウサギの相棒がアメリカを珍道中するコメディアドベンチャー。子供だから英語のジョークは半分もわからなかったのに、あのバカバカしい雰囲気だけは大好きだった。
※ Sam & Max: Hit the Road:1993年のコメディアドベンチャー。擬人化された犬とウサギの探偵コンビがアメリカを旅する、ブラックユーモア満載の名作。
23. 名無しのReddit住民
『Duke Nukem 3D』。今思えば全然子供向けじゃない過激なシューティングだったけど、当時はとにかく主人公の決め台詞がカッコよく聞こえた。トイレを撃つと水が出るとか、ゲームの本筋と関係ないイタズラ要素ばかり試してた記憶しかない。
※ Duke Nukem 3D:1996年の一人称シューティング。マッチョな主人公が下品なセリフを連発する過激な作風。背景の小ネタの作り込みでも有名。
24. 名無しのReddit住民
NESの『Rad Racer』。3Dっぽく見える擬似立体のレースゲームで、選べる車が「F1」と「フェラーリTR」の二択しかない。それ以外なし。今思うとすごい潔さだけど、当時はその二台を交互に選んでは延々と走り続けてたよ。
※ Rad Racer(ハイウェイスター):1987年のスクウェア(当時)のレースゲーム。擬似3D表現と、付属の赤青メガネによる立体視機能が話題になった。
25. 名無しのReddit住民
『Lion King』のメガドライブ版。これがまた鬼のように難しいんだ。子供向けの映画ゲームのくせに、最初のステージでサルにジャンプで飛び移るところすらクリアできなくて泣いた。あの理不尽な難易度は今でもトラウマだよ。
※ Lion King(ライオン・キング):ディズニー映画原作の1994年のアクションゲーム。可愛い見た目に反して激ムズなことで、当時の子供たちを絶望させた。
26. 名無しのReddit住民(>>25への返信)
あの時代のディズニーゲームは全部難しすぎた。レンタルして1週間でクリアさせない商売だったんじゃないかって本気で疑ってる。最初のステージで詰む子供が何人いたことか。
27. 名無しのReddit住民
『The Legend of Zelda』。金色のカセットが光ってて、それだけで特別なゲームに見えた。広いフィールドのどこに行ってもよくて、洞窟に入ると老人が剣をくれる。攻略本もない時代に、友達とウワサ話だけを頼りに進めたのが最高に楽しかった。
※ The Legend of Zelda(ゼルダの伝説):1986年の任天堂のアクションアドベンチャー。広い世界を自由に探索する設計の先駆け。海外版は金色のカセットで売られた。
28. 名無しのReddit住民
『The Oregon Trail』の、黒い画面に緑の文字だけのバージョン。学校のパソコン室で授業中にこっそり遊んでた。バッファローを狩りすぎて持ち帰れないとか、川を渡ろうとして全財産を流すとか、教育のはずが完全にブラックコメディだった。
※ Oregon Trail(緑文字版):幌馬車で西部開拓を目指す旅ゲーム。初期は黒背景に緑の文字だけの簡素な画面だった。米国の学校で教材として広く使われ、世代的な共通体験になっている。
29. 名無しのReddit住民
5歳のとき、ミニゲームサイトで遊んだフラッシュゲームが最初。今思うと作りは雑だったけど、親のパソコンでブラウザを開けば無料で次々と遊べるのが夢みたいだった。あの頃のブラウザゲーム文化、もう完全に消えちゃったよね。
30. 名無しのReddit住民(>>29への返信)
わかりすぎる。フラッシュが終了したとき、自分の子供時代が公式にサービス終了した気分になった。あのサイト群、今はもう二度と遊べないのが本当に寂しい。
まとめ
並んだ思い出を見渡すと、最初の一本は驚くほど世代と国でバラバラだ。白黒の『Pong』からブラウザのフラッシュゲームまで半世紀以上が詰まっているのに、語り口はみんな同じ温度を帯びている。覚えているのはグラフィックの粗さではなく、打球音やBGM、隠れて遊んだ部屋の空気、兄弟とコントローラーを奪い合った熱だ。ゲームの内容より「誰とどこで遊んだか」が記憶を支えているのが面白い。技術はとっくに桁違いに進化したけれど、人生で最初に画面の中の何かを自分の手で動かした感動だけは、何十年経っても上書きされないらしい。あなたが一番最初に握ったコントローラーは、どのゲームのものでしたか?

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