「世界が大きな謝罪をすべき相手は誰?」という海外掲示板の質問に、当時は笑い者や悪者にされたのに、あとになって正しかったと分かった人たちの名前が次々と挙がりました。日本の村長、熱いコーヒーで訴えた女性、手洗いを訴えた医師まで、世間がどう間違えたのかを集めています。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
世界中が1人に謝るって、宗教がらみの答え以外だとなかなか難しいと思う。でもアメリカには謝ってもらうべき会社がある。タコベルだよ。
レタスで食中毒が出たとき、タコベルは自分から店のレタスを引き上げたのに悪者にされた。客は減るし、損もした。一方で納入元のほうは回収に及び腰だったって報道もある。正直タコベルの味は好きじゃないけど、売上より安全を取った姿勢は尊敬してる。
※ 2026年夏、米国でレタスを介した寄生虫(サイクロスポラ)の集団感染が起き、一部のタコベル店舗のレタスが感染源として名指しされた。納入元のテイラー・ファームズはその後、メキシコ中部産の玉レタスを市場から自主回収した。タコベルは日本にも店舗があるメキシコ料理風のファストフードチェーン。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
ほんとにモヤモヤする。誰にも言われてないのに客を守るために商品を下げたのに、ニュースが「タコベルで食中毒」って見出しで名前だけ使い回したせいで、食中毒の店みたいに覚えられちゃった。3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
タコベルって昔から言われっぱなしなんだよな。2011年には「肉の中身は牛肉35%しかない」って訴えられて、全国紙に全面広告を出して「いや、88%は牛肉です」って言い返してた。あの開き直り方、けっこう好き。
4. 名無しのReddit住民
日本の普代村の村長だった和村幸得さん。高さ15.5mの水門に莫大な予算をつぎ込んで、何十年も「デカすぎる」「税金の無駄遣い」とバカにされてた。でも2011年の津波で周りの町が壊滅するなか、その水門は持ちこたえて、内側に住む人たちを守り抜いた。震災のあと、村の人たちは彼のお墓に手を合わせに行ったそうだ。
※ 岩手県普代村。和村氏は1947年から40年間村長を務め、普代水門(1984年完成)などの防潮施設を整備した。2011年の東日本大震災では、水門の内側の集落はほぼ無事で、村の死者は0人(行方不明1人)だった。和村氏は1997年に亡くなっている。
5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
調べたら、この村は明治と昭和の三陸津波でそれぞれ大勢亡くなってて、村長自身も昭和の津波を経験してるんだね。反対派には「2度起きたことを3度目は起こさせない」って言い張ってたらしい。
要するにこの人の一生の仕事は「何度も起きたことはまた起きる」ってみんなに納得させることだったわけだ。6. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
せめて村の人たちが「自分たちが間違ってた」って認めて、ちゃんと謝りに行ったのは救いだよ。このスレに出てくる人の大半は、最後まで誰にも謝ってもらえてないんだから。
7. 名無しのReddit住民
シネイド・オコナー。1992年にアメリカの生放送のコント番組で、カトリック教会の子どもへの性的虐待に抗議してローマ教皇の写真を破いた。そのせいで世間から総叩きにされて、業界からも干された。でも何年もたってから、教会ぐるみの隠ぺいが次々と明るみに出た。彼女が言ってたことは正しかったんだよ。
※ アイルランドの歌手(2023年死去)。「愛の哀しみ(Nothing Compares 2 U)」が1990年に世界的にヒットした。破いたのは当時の教皇ヨハネ・パウロ2世の写真。少女時代には、カトリック系の更生施設(マグダレン洗濯所)に1年半ほど入れられていた。
8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
シネイドは本物だった。友人のシェイン・マガウアンがまたヘロインをやってるのを見つけて、警察に通報したんだよ。彼はあとで「あれで命が助かった」と言ってる。友情が壊れてもいいくらい、彼のことが大事だったんだと思う。
※ シェイン・マガウアンはアイルランド系パンクバンド、ザ・ポーグスのボーカル。9. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
クリス・クリストファーソンの名前も足したい。写真の件の直後、ボブ・ディランの記念コンサートで会場中からブーイングを浴びた彼女のそばに立って、支えてたのがクリストファーソンだった。
10. 名無しのReddit住民
ゼンメルワイス医師は大々的に謝られるべき。1840年代のウィーンの病院で、産婦が「産褥熱」でばたばた死ぬのは、医者が解剖で死体を触ったあと手も洗わずにお産に来るからだと気づいた。で、さらし粉の溶液で手を洗えと決めたら、死亡率は一気に下がった。
なのに同業者からは変人扱いされて、最後は精神病院に入れられて1865年に47歳で死んだ。病原菌の考え方が広まって彼の正しさがはっきりしたのは、その後のことだよ。
11. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
彼の言い方がとにかく嫌なやつだった、ってよく言われるんだよね。でも「同僚が手を洗わないだけで何千人も母親を死なせてる」と本気で思ってたら、そりゃ少しおかしくもなると思う。12. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
ちょっと補足させて。同じ病院には医者が担当する病棟と助産師が担当する病棟があって、助産師のほうがずっと産婦が死ななかった。解剖をしない助産師は、死体の汚れを持ち込まなかったからだ。妊婦は助産師の病棟に入れてくれって泣いて頼んだらしい。
医者たちは「自分の手が汚れてる」なんて認めたくなかったし、助産師のほうがうまくやってるとも認めたくなかった。この話、医学のプライドの問題でもあるんだよね。
13. 名無しのReddit住民
オーストラリア人として言わせて。リンディ・チェンバレンは謝ってもらうべき。赤ちゃんをディンゴに連れ去られたうえに、世の中の大半から「赤ん坊殺し」って言われたんだ。しかも「ディンゴが赤ちゃんを食べた」って台詞は、オーストラリア訛りをまねて言うジョークの定番になった。よくあの人が今も立っていられると思う。
※ 1980年、ウルル(エアーズロック)近くのキャンプ場で生後9週の娘が姿を消した事件。母親のリンディは殺人罪で有罪となったが、1986年に娘の上着が見つかって釈放され、1988年に有罪が取り消された。2012年の検視審問で、ディンゴが連れ去ったと正式に認められた。メリル・ストリープ主演の映画『クライ・イン・ザ・ダーク』(1988年)の題材にもなった。
14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
ディンゴを知ってる人なら、ありえる話だって分かってたはずなんだよ。小さなテントにいた赤ちゃんなんてひとたまりもない。なのに国中が彼女を怪物扱いして、刑務所で産んだ娘まで手放させた。強気な態度が気に入らないとか、セブンスデー・アドベンチスト(少数派のキリスト教の教派)の信者だとか、そんな理由で叩いてたんだ。15. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
地元のアボリジニの人たちも「ディンゴの仕業だ」って言ってたのに、そっちも無視されたんだよね。一番よく知ってる人たちの話を誰も聞かなかった。
16. 名無しのReddit住民
ステラ・リーベック。マクドナルドのコーヒーをこぼして訴えた女性で、今でも「熱いコーヒーで訴えたバカ」ってネタにされてる。実際は皮膚移植が必要なほどの重いやけどだったし、あんな危ない温度でコーヒーを出す店のほうがおかしい。彼女は治療費を求めただけなのに、マクドナルドは払わずに彼女の評判を地に落とした。
※ 1992年、米ニューメキシコ州で79歳の女性が膝の間に挟んだコーヒーをこぼし、3度のやけどを負った。陪審は1994年にマクドナルドの責任を認め、約290万ドルの賠償を命じた(のちに減額され和解)。
17. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
だいぶ前に観たドキュメンタリー「Hot Coffee」の記憶だけど、マクドナルドは10年間で700件以上のやけどの苦情を受けてたのに、温度を下げなかったし注意書きもなかった。
彼女が最初に求めたのは治療費と休んだ分の給料で2万ドルくらい。マクドナルドが出してきたのは800ドル。それで裁判になったんだ。18. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
白状すると、俺もずっと「コーヒーが熱いのは当たり前だろ」って笑ってた側だった。やけどの写真を見るまでは。あれを見たら二度とネタにできない。マクドナルドの広報、仕事しすぎだよ。
19. 名無しのReddit住民
モニカ・ルインスキー。20代前半の若い女性が、世界中の前で引きずり回されて笑い者にされた。冷静に考えたら、立場が上だったのは相手の大統領のほうなのに、叩かれたのはほとんど彼女だった。
※ 1990年代後半、ホワイトハウスの元インターンとして当時のクリントン大統領との関係が報じられ、世界的なスキャンダルになった。
20. 名無しのReddit住民(>>19への返信)
彼女が晒し者にされた経験とネットいじめについて話したTEDトーク、すごく良かったからみんな観てほしい。ネットで1人を叩くのがまだ「娯楽」だった時代に、その標的にされた側の話を本人から聞くと、笑ってた自分が恥ずかしくなる。
21. 名無しのReddit住民
栄養学者のジョン・ユドキン博士。心臓病や肥満の主犯は脂肪だって説が主流だった時代に、「いや、何にでも入ってる砂糖のほうが問題だ」と言った人。
当然、砂糖業界には都合が悪い。業界団体がハーバードの研究者にお金を出して、砂糖の害を小さく見せて脂肪を悪者にする論文を書かせた。おかげでユドキンの評判は落ちて、何年もまともに相手にされなかった。
※ 英国の研究者。1972年に砂糖の害を訴える本『Pure, White and Deadly』を出版した。業界団体が1960年代にハーバード大の研究者へ資金を出していたことは、2016年に米国の医学誌で明らかにされた。
22. 名無しのReddit住民
リチャード・ジュエルは、謝罪がまったく足りてないと思う。爆弾を見つけてみんなを避難させたのに、犯人扱いされて、メディアに散々晒された。
※ 1996年のアトランタ五輪の会場近くで爆弾テロが起きた際、不審なリュックを見つけて避難誘導した警備員。FBIの容疑者として実名で報道されたが、のちに無関係と分かり、別の男が逮捕された。2007年に44歳で死去。
23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
映画『リチャード・ジュエル』でやっと名誉が回復した感じはあるけど、公開されたとき本人はもう亡くなってたんだよな。生きてるうちに観せてあげたかった。
※ クリント・イーストウッド監督、2019年公開。
24. 名無しのReddit住民
ヘンリエッタ・ラックス。1951年にジョンズ・ホプキンス病院で、がんの組織を本人に知らせないまま採られた。その細胞は「HeLa細胞」として今でも増やされ続けて、医学のいろんな大発見に使われてる。
本人は使われてることも知らされず、何の見返りもなかった。『不死細胞ヒーラ』って本を読んでみて。腹が立って、泣けて、知らなかったことを山ほど知って、それがもう1周来るから。家族はもっと報われるべきだよ。
※ HeLa細胞は、体の外で増え続けた最初のヒトの細胞とされ、ポリオワクチンの開発などに使われた。本の原題は「The Immortal Life of Henrietta Lacks」(レベッカ・スクルート著)。
25. 名無しのReddit住民
アラン・チューリング。ドイツ軍の暗号を解いて、第二次世界大戦を2年縮めたとも言われる人。なのに同性愛を理由に有罪にされて、ホルモン剤を打たれる「化学的去勢」を受けさせられて、41歳で亡くなった。
※ 英国の数学者。「2年縮めた」は歴史家による見積もりの一つ。1954年に青酸中毒で死亡し、検視では自殺とされた。
26. 名無しのReddit住民(>>25への返信)
イギリス政府は2009年に正式に謝って、2013年には恩赦も出した。でも死んでから半世紀以上たって謝られても、本人には何も届かないんだよね。このスレの「謝罪」って、だいたいいつも遅すぎる。
27. 名無しのReddit住民
レベッカ・ブラック。ネットの連中は本当に容赦なかった。13歳の子が親にお金を出してもらって作った歌の動画に、世界中から「史上最悪の曲」って袋叩きだよ。今は普通にちゃんと音楽活動してて、好き嫌いはあっても立派だと思う。
※ 2011年にYouTubeで公開された「Friday」が、歌詞と歌唱を笑われる形で爆発的に拡散した。
28. 名無しのReddit住民(>>27への返信)
当時仲の良かった友達が「ネットに上げたんだから自業自得、思い知らせるべき」って言ってた。今はもう付き合ってない。身内にはすごく優しいのに、知らない人にはとことん冷たい人だった。
29. 名無しのReddit住民
ママ・キャス。デブだのブスだの言われて、今ではいちばん有名なのが「サンドイッチを喉に詰まらせて死んだ」っていう作り話なんだよ。実際の死因は心不全。太った人をからかうジョークが事実みたいに広まって、死んだあとまで笑われ続けた。歌はすばらしかったし、誰に聞いても気持ちのいい人だったのに。
※ 「夢のカリフォルニア」で知られるママス&パパスのメンバー、キャス・エリオット。1974年にロンドンで死去。
30. 名無しのReddit住民
クローデット・コルヴィン。ローザ・パークスの9か月前、15歳でバスの席を白人に譲るのを拒んだ子だよ。差別に立ち向かうには十分な年齢だったのに、歴史に名前を残すには若すぎたってことらしい。運動の顔にはならず、長いあいだほとんど知られてなかった。
※ 1955年、米アラバマ州モンゴメリーでの出来事。同じ年の12月に起きたローザ・パークスの逮捕は、バス・ボイコット運動のきっかけとして広く知られている。
まとめ
挙がった名前には共通点があります。当時は「笑えるネタ」か「分かりやすい悪者」として扱われ、本当のことが分かったころには、世間はもう別の話題に移っていたという点です。熱いコーヒーの女性もディンゴの母親も、ジョークの形で広まったぶん、訂正が届きにくかった。ゼンメルワイスやユドキンは、正しかったのに業界の都合やプライドとぶつかりました。
その中で、普代村の和村村長は珍しく「生きているうちは笑われ、亡くなったあとに村の人が謝りに来た」例として挙がっていました。日本の読者には、東日本大震災の記憶とともに思い出す名前かもしれません。チューリングのように国が正式に謝った例もありますが、多くのコメントが言うとおり、謝罪はたいてい遅すぎます。皆さんは、あとから「あの人は正しかった」と思い直した人を思い浮かべますか?

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