たった一人の死が、その後の何百年もの流れを変えてしまうことがある。海外掲示板の「世界史に最も大きな影響を与えた死は?」という質問には、サラエボの暗殺、32歳で急死した大王、ヨーロッパ侵攻のさなかに死んだモンゴルの大ハン、そしてなぜかゴリラとテンまで、時代も地域もばらばらな答えが集まった。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
フランツ・フェルディナント大公。たった一人の暗殺が第一次世界大戦の引き金になって、その後始末の失敗が第二次世界大戦につながった。直接的には一次大戦、間接的には二次大戦。20世紀の大半はあの日のサラエボで決まったようなものだし、この答えに反論するのはなかなか難しいと思う。
※ フランツ・フェルディナント:オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者。1914年6月28日、ボスニアのサラエボで、妻ゾフィーとともにセルビア系の青年ガヴリロ・プリンツィプに射殺された(サラエボ事件)。1か月後にオーストリアがセルビアに宣戦し、第一次世界大戦が始まった。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
運転手が道を一本間違えただけで、暗殺犯が絶好の位置に立つことになって、それで歴史が変わったんだから、とんでもない話だよね。最初に投げられた爆弾は大公に当たらなかったんだよ。そのあと予定を変えて病院へ見舞いに向かう途中で、運転手が曲がる道を間違えて、止まってバックしようとした。そのすぐそばにプリンツィプが立ってた。3. 名無しのReddit住民(>>2への返信)
よく「プリンツィプが店でサンドイッチを食べてたら、目の前に車が止まった」って言われるけど、あれは後から付いた尾ひれらしいね。でも、道を間違えた車がたまたま暗殺犯のすぐ近くで止まったところまでは本当なんだから、盛らなくても十分ウソみたいな話だよ。
※ サンドイッチの話は広く知られているが、当時の記録に裏付けはなく、後年に広まった俗説とされる。
4. 名無しのReddit住民
フランツ・フェルディナントが引き金なのは確かだけど、あれはマッチを1本放っただけだと思う。当時のヨーロッパは同盟だの軍拡だので、とっくに燃料が山積みになってた。あの日サラエボで何も起きなかったとしても、遅かれ早かれ別のどこかで火がついてたんじゃないかな。
5. 名無しのReddit住民
大公があそこで撃たれてなかったら、スコットランドのあの最高のロックバンドも生まれてなかったわけで。その意味でも、歴史への影響は計り知れない。
※ フランツ・フェルディナンド:2002年にスコットランドのグラスゴーで結成されたロックバンド。バンド名はこの大公から取られている。代表曲は『テイク・ミー・アウト』。
6. 名無しのReddit住民
アレクサンドロス大王。征服した土地をギリシャ風の中東帝国として固める時間さえあれば、歴史はまるで違ってたと思う。あれだけ広げておいて、まとめ上げる前に死んじゃったのがすべてだよ。
※ アレクサンドロス大王:古代マケドニアの王。紀元前334年から10年あまりで、ギリシャからエジプト、ペルシャ、インド北西部までを征服したが、紀元前323年にバビロンで32歳で急死した。死因は熱病説から毒殺説まで諸説ある。
7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
アレクサンドロスが正解なのは同意。ただ、マケドニアって王位の継承がいつも血みどろになる国で有名だったからね。仮に長生きしてても、将軍たちの代わりに息子たちが帝国を奪い合ってただけかもしれない。
※ 実際には、大王の死後に部下の将軍たちが領土を奪い合い(ディアドコイ戦争)、大王の死後に生まれた息子アレクサンドロス4世も少年のうちに殺された。
8. 名無しのReddit住民
自分もアレクサンドロスって答えるつもりだった。大王が死んだから、たしか幼なじみだった将軍の一人がエジプトに行って王になって、それがプトレマイオス朝になる。で、その行き着く先が、クレオパトラとカエサルとアントニウスのあのドロドロなわけ。大王が生きてたら、あのへんの話は丸ごとなかったのかと思うと不思議だよ。
※ プトレマイオス1世:大王の側近だった将軍で、大王の死後にエジプトを押さえて王朝を開いた。およそ300年続いたこの王朝の最後の女王が、カエサル、次いでアントニウスと結ばれたクレオパトラ7世。
9. 名無しのReddit住民
このスレで挙がってる中で、一番の大物はやっぱりアレクサンドロスだと思う。彼のあとに出てきた大物の権力者は、カエサルもアウグストゥスも、ナポレオンもフリードリヒ大王も、だいたいみんなあの武勇伝に憧れてる。聖書にも出てくるし、コーランにも「二本の角を持つ者」として出てくるって言われてるくらいだし。
でも、彼の伝説を完成させたのはむしろ早すぎる死だったと思うんだよね。あれだけの土地と民を一人で治め続けるなんて、どう考えても無理だったから。
※ コーランに出てくる「ズル・カルナイン(二本の角を持つ者)」をアレクサンドロスとみなす解釈が古くからある(異説もある)。旧約聖書の『ダニエル書』に出てくる角の生えた雄山羊も、彼を指すと読まれることが多い。なお、フリードリヒ大王は18世紀のプロイセン王で、23番のフリードリヒ3世とは別人。
10. 名無しのReddit住民
アレクサンドロス絡みなら、自分はロードスのメムノンの死を推したい。遠征の序盤、大王の手の内を一番わかってたのはこの人だったと思う。エーゲ海で反撃を始めた矢先に急死してなければ、遠征はあそこで止まってた可能性だってある。
※ メムノン:ロードス島出身のギリシャ人で、ペルシャ側についた傭兵隊長。エーゲ海の島々を次々に奪い返してアレクサンドロスの背後を脅かしたが、紀元前333年に病死した。
11. 名無しのReddit住民
オゴデイ・ハン。チンギス・ハンの息子だよ。
彼が死んだとき、モンゴル軍はヨーロッパで攻勢の真っ最中だった。ポーランドとハンガリーの軍を立て続けに破って、東欧から中欧への道が開けたところだったんだ。ところが大ハンが死んだ途端、指揮官たちは次の大ハン選びの駆け引きに加わるために、そろって引き揚げていった。死因はたぶん酒の飲みすぎ。そんな死に方でヨーロッパの歴史が変わったんだよ。影響の大きさならフランツ・フェルディナントのほうが上かもしれないけど、誰もオゴデイを挙げてなかったから書いとく。
※ オゴデイ(オゴタイ):チンギス・ハンの三男で、モンゴル帝国の2代目の大ハン。1241年12月に死去した。この年の春、モンゴル軍はポーランドのレグニツァとハンガリーのモヒで相次いで勝っていた。翌年の撤退の理由は大ハンの死とされることが多いが、補給や牧草地の不足を挙げる研究者もいる。
12. 名無しのReddit住民(>>11への返信)
そう、モンゴルはヨーロッパへの全面侵攻の一歩手前だったんだよね。新しい大ハンを決めるために将軍たちが呼び戻されて、そのあとはあれほどの規模で西に攻め込むことは二度となかった。中世ヨーロッパがモンゴルに踏みつぶされてたら、その後の世界はまったくの別物になってたと思う。
13. 名無しのReddit住民
イエス。
(何十億人もの信者を抱える世界宗教が、何世紀にもわたって歴史を動かしてきたことを、黙って指さす)
その宗教の真ん中にあるのが、「イエスはあなたの罪をあがなうために死んだ」って教えなんだよ。世界中で使われてる暦が、建前上は彼の誕生を起点にしてるってだけでも相当なもの。しかも、みんなが重く見てるのは誕生じゃない。この宗教のシンボルそのものが、十字架での処刑、つまり彼の死の印なんだ。考えうる限り最悪の、屈辱的な死に方が、最も善い人に降りかかったっていう話なんだよ。
※ 西暦は、6世紀の修道士ディオニュシウス・エクシグウスがイエスの誕生年を計算して定めた紀年法が元になっている。ただしこの計算はずれていたとされ、実際の誕生は紀元前4年ごろかそれ以前とする説が有力。
14. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
Redditじゃ受けない答えだろうけど、これはもう明らかだと思う。信じるかどうかは関係ない。今年って何年? 2026年だろ。AD2026年、つまり「主の年」の2026年なんだよ。その死をきっかけに広まった宗教が、今や世界最大の宗教になってる。ほかの死とは比べものにならない。
※ 西暦の「AD」は、ラテン語 Anno Domini(主の年)の略。15. 名無しのReddit住民(>>13への返信)
「世界中が同じ暦を使ってる」ってのは、ちょっと盛ってるけどね。日本は今でも令和みたいな元号を役所の書類で使ってるし、イスラム圏の宗教行事はヒジュラ暦、タイの公式の暦は仏暦だ。まあ、どこも結局は西暦と併用してるから、言いたいことは分かるんだけどさ。
16. 名無しのReddit住民
ハランベが理不尽に殺されるちょうど1か月くらい前に、テン(フェレットとかイタチみたいな小さい動物)が世界最大の粒子加速器LHCの電源ケーブルをかじって、CERNが1週間ほど止まったことがあるんだよ。
世界線が悪いほうに分岐したのは、絶対あのときだと思ってる。ハランベはその合図だった。
※ ハランベ:2016年5月、米オハイオ州のシンシナティ動物園で、展示エリアに転落した3歳の男の子の安全のために射殺されたゴリラ。その後、ネットで大きなミームになった。
※ 同じ2016年の4月、ジュネーブ近郊にあるCERN(欧州原子核研究機構)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で、テンが変圧器に入り込んでショートを起こし、運転が止まった。
17. 名無しのReddit住民(>>16への返信)
あれ以来、世界はずっと元に戻ってない気がする。ハランベとテンが無事だった世界線のみんなは、今ごろ元気にやってるのかな。向こうはたぶん平和すぎて、こんなスレも立たないんだろうね。
18. 名無しのReddit住民
ユリウス・カエサルがあのまま皇帝として国を治めることを許されてたら、いろんなことが本当に、本当に違ってたはず。どこまで違ったかは議論が分かれるところだけど、暗殺のあとのローマは十数年も内戦が続いたわけだしね。
※ ユリウス・カエサル:古代ローマの政治家・将軍。終身独裁官になったが、権力の集中を警戒した元老院議員らによって、紀元前44年3月15日に暗殺された。
19. 名無しのReddit住民(>>18への返信)
細かいけど、カエサルは皇帝じゃなくて終身独裁官な。しかも暗殺した側は共和政を守るつもりだったのに、そのあと養子のオクタウィアヌスが内戦を勝ち抜いて、初代皇帝アウグストゥスになってる。止めたかったはずの一人支配が、むしろ完成しちゃったんだよ。皮肉な話だと思う。
20. 名無しのReddit住民
ヘンリー8世の兄のアーサー・テューダー。15歳で死んだから、弟のヘンリーが代わりに王になった。そのヘンリーが兄の未亡人だったキャサリンと結婚して、のちにその結婚を無効にしたくてカトリック教会と決裂する。イングランド国教会ができたのも、元をたどれば兄の早死になんだよ。
※ ヘンリー8世:16世紀のイングランド王。生涯で6回結婚した。最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンとの結婚の無効をローマ教皇が認めなかったため、カトリック教会から離れてイングランド国教会を立てた。
21. 名無しのReddit住民
エドワード黒太子。百年戦争の英雄で、生きてれば間違いなく王になってた人だよ。それが王位につく前の1376年に死んだ。その直接の結果が薔薇戦争で、何十年も内戦が続いたんだ。
※ エドワード黒太子:14世紀のイングランドの王太子。百年戦争でフランス軍を破って名を上げたが、父エドワード3世より先に病死した。
22. 名無しのReddit住民(>>21への返信)
「直接の結果」はさすがに言いすぎじゃない? 黒太子の息子が10歳でリチャード2世として即位して、のちに従兄弟のヘンリー4世に王位を奪われる。そこから生まれたランカスター家とヨーク家の因縁が薔薇戦争になるんだけど、始まるのは黒太子の死から80年近くあとだよ。遠因なのは確かだけど、ドミノの1枚目って感じかな。
※ 薔薇戦争:15世紀後半のイングランドで、王家の分家どうしのランカスター家とヨーク家が王位を争った内戦。
23. 名無しのReddit住民
あまり知られてないけど、個人的に推したいのがドイツ帝国の皇帝フリードリヒ3世。皇帝だったのはほんの短い間で、がんで死んでしまったけど、未来を大きく変えられる立場にいた人なんだ。妻はヴィクトリア女王の娘で、本人もイギリスとの関係を深めて、イギリスとフランスが手を組まないようにしたがってた。
啓蒙的で自由主義寄りの君主として腰を据えて治める時間があったら、第一次大戦もほかの多くの争いも違う形になってたと思う。大戦そのものはどのみち起きたかもしれないけど、陸の超大国ドイツと海の覇者イギリスが組んでたら、あそこまで血みどろにはならなかったんじゃないかな。ドイツ帝国もイギリスと並んで20世紀を繁栄してたかもしれない。
※ フリードリヒ3世:ドイツ帝国の第2代皇帝。1888年に即位したときにはすでに喉頭がんを患っており、在位99日で死去した。跡を継いだ息子が、第一次大戦時の皇帝ヴィルヘルム2世。
24. 名無しのReddit住民
ときどき思うのは、ケネディなのかもしれないってこと。もっと長生きして、2期務めてたら、今のアメリカはどうなってたんだろう。任期の途中で断ち切られて、副大統領のリンドン・ジョンソンがその日のうちに後を継いだわけだけど、あそこで何かが大きく変わった気がする。
※ ジョン・F・ケネディ:第35代アメリカ大統領。1963年11月、テキサス州ダラスで暗殺された。副大統領だったリンドン・ジョンソンが昇格し、その政権のもとでベトナム戦争への介入が本格化した。
25. 名無しのReddit住民
イスラエルのイツハク・ラビン首相。パレスチナ側と和平の合意を結んで、ようやく流れができかけてたところで暗殺された。彼が生きてたら今の中東はどうなってたのか、考えずにはいられない。
※ イツハク・ラビン:イスラエルの首相。1993年にパレスチナ解放機構(PLO)とオスロ合意を結び、翌年ノーベル平和賞を受けた。1995年11月、テルアビブの和平集会のあとで、和平に反対するイスラエル人の青年に射殺された。
26. 名無しのReddit住民
上にもあるけど、文句なしでイエスだと思う。神の子だったとか、復活したとか、そこまで信じろとは言わないよ。でも少なくとも、実在の人物で十字架にかけられたってことは記録からうかがえる。そこから生まれた宗教と神話は、良くも悪くも今でも世界を形づくってる。
27. 名無しのReddit住民
先回りして言っとくけど、「ヒトラー」って答えるやつは間違ってる。あいつが死んだのは、戦争の勝ち負けがもう決まってた時期だからね。生きてたとしても、ニュルンベルク裁判で裁かれて終わってただけだと思う。
※ ニュルンベルク裁判:第二次大戦後、ナチス・ドイツの指導者たちを裁いた国際軍事裁判。ヒトラーは1945年4月30日、ベルリン陥落の直前に自殺している。
28. 名無しのReddit住民
恐竜の死。あれがなければ哺乳類はずっと恐竜の足元でこそこそ暮らしてて、人間なんて出てこなかったかもしれない。世界史どころか、世界史を書く生き物がいなかったわけで。
29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
それはもう世界史じゃなくて地球史だろ(笑)。でも冷静に考えたら、人類の歴史が丸ごとその死の上に乗っかってるんだから、スケールではぶっちぎりの1位なんだよな。悔しいけど反論できない。
30. 名無しのReddit住民
海賊王ゴール・D・ロジャー。処刑台で放った最後の一言で、世界中の荒くれ者たちが海へ出て、大海賊時代が始まったんだぞ。あれ以上に世界を動かした死があるなら教えてほしい。
※ 日本の漫画『ONE PIECE』で、物語が始まる前に処刑された海賊王。処刑の直前に財宝のありかをほのめかす言葉を残し、それが大海賊時代の幕開けになった。
まとめ
最も多くの支持を集めたのは、サラエボで撃たれたフランツ・フェルディナント大公だった。「2つの大戦の起点」という評価にはほとんど異論が出なかったが、「燃料はとっくに積み上がっていて、あれはマッチ1本にすぎない」という見方もあり、一人の死が歴史を変えたのか、変わる寸前だった歴史に一人の死が重なっただけなのか、という昔からの論点がそのまま再現されていた。
面白いのは、アレクサンドロス大王、黒太子、アーサー・テューダー、フリードリヒ3世と、挙がった名前の多くが「死そのもの」より「その後に誰が座ったか」で語られていたことだ。後継者が固まらないまま大王が死ねば帝国は割れ、兄が早死にすれば弟が王になって国の宗教まで変わる。オゴデイの死がモンゴル軍を引き返させたという話も、空いた玉座をめぐる争いが前線より優先された例といえる。一方で、カエサルの暗殺が結局は帝政を完成させてしまったように、死が狙いとは逆の結果を生んだ例もあった。イエスについては、信仰の有無を問わず「今年が何年か」という形で誰もが毎日その影響に触れている、という指摘に説得力があった。
そして最後はゴリラとテンと恐竜と海賊王で締まるあたりが、いかにもこの掲示板らしい。日本でいえば、本能寺の変が真っ先に浮かぶ人も多いのではないだろうか。皆さんは、世界史をいちばん大きく動かした「一人の死」は誰だと思いますか?

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