「できないと知らなかったから、やってしまった」——歴史にはそんな“無知ゆえの偉業”がいくつも転がっている。海外掲示板で集まったエピソードは、笑える話から涙が止まらない話までバラエティ豊かで、読んでいると人間の可能性がちょっとだけ広く見えてくる。
元スレッド:r/AskRedditより
海外の反応
1. 名無しのReddit住民
数学者ジョージ・ダンツィークが大学院生のときの話。授業に遅刻して黒板に書かれた問題を「宿題だ」と思って解いてきた。実はそれ、当時誰も解けていなかった統計学の未解決問題2つだった。提出を受けた教授が真っ青になって、そのままダンツィークの博士論文になった。最終的にスタンフォードで教鞭をとった人。※ ジョージ・ダンツィーク:線形計画法の生みの親と呼ばれる数学者。映画『グッド・ウィル・ハンティング』の天才数学少年のモチーフになったとも言われる。
2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
教授の顔よ。学生が「あの板書の宿題、解いてきました」ってサラッと言いに来た瞬間の顔、想像するだけで笑える。多分コーヒーこぼしてる。3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
大学時代、初回テストの最後にミレニアム懸賞問題(数学界が100万ドル賞金かけて募集してる超難問)をしれっと混ぜてくる先生がいたわ。万が一10分で解いちゃう天才が紛れ込んでないか確認するためだって本人は笑ってた。
4. 名無しのReddit住民
タイタニック救助のカルパチア号の話を出さずにこのスレを終わらせるわけにはいかない。58マイル離れた現場まで本来なら4時間以上かかる距離を、艦長ロストロンは「絶対に間に合わせる」と決めて、暖房もお湯も全部止めて蒸気を全部エンジンに回した。設計上の最高速度は14ノット。彼は氷山だらけの暗い海をジグザグに避けながら17.5ノットで突っ込んだ。ちなみに船はこれ以降、二度とその速度を出せなくなった。705人がそれで助かった。※ カルパチア号:1912年のタイタニック沈没で唯一現場に駆けつけた船。船長アーサー・ロストロンはこの一夜の指揮で英雄として歴史に名を残した。
5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
カルパチアの話、何回読んでも泣く。「自分は何もしないという選択は耐えられない」って乗組員も乗客も全員が決めた一晩の話なんだよね。6. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
朝起きてコーヒー飲みながら見たオレを泣かせるつもりで書いたでしょこれ。投稿時刻見たけど絶対わざとだろ。
7. 名無しのReddit住民
インドのダシュラト・マンジヒおじさん。妻が病気になったとき、最寄りの病院まで山を迂回して55km。その遠さのせいで助からなかった。彼はその日からハンマーとノミだけ持って山に向かい、22年かけて一人で道を彫り抜いた。完成後は55kmが15kmになった。政府じゃない。一人の悲しみが、文字通り山を動かした。※ ダシュラト・マンジヒ:インド・ビハール州の通称「マウンテン・マン」。2015年に同名のボリウッド映画も作られている。
8. 名無しのReddit住民(>>7への返信)
これ叙事詩そのものだよね。文字通り山を動かしたわけじゃないけど、やったことは限りなく近い。22年って気の遠くなる時間を、たった一人で。
9. 名無しのReddit住民
ソ連の宇宙計画も入れてくれ。火星探査が立て続けに失敗したあと、彼らは「じゃあ金星にしよう」と方針転換した。当時の科学では金星のほうがずっとマシな環境だと思われてたんだよ。実際には地表温度460度、硫酸の雨、気圧は地球の92倍。火星より遥かに地獄。それを知らずに突っ込んだ結果、1970年のベネラ7号が人類史上初めて他の惑星に着陸成功した探査機になった。
10. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
ベネラ14号は地表のカラー写真を送ってきたんだけど、土壌サンプラーのアームが伸びた先に、自分が外したばかりのレンズキャップがちょうど落ちてた。せっかくの分析装置がレンズキャップを分析して終わった。宇宙開発のオチが完璧すぎる。11. 名無しのReddit住民(>>9への返信)
ちなみにベネラ7号、着陸時にパラシュート壊れて時速60kmで地面に叩きつけられたんだけど、それでも電波を送り続けた。ソ連の機械、無駄に頑丈すぎる。
12. 名無しのReddit住民
Appleのビル・アトキンソンの話、地味だけど大好き。彼は1980年代初頭、ゼロックスの研究所を見学して「ウィンドウが重なって表示されてた」と思い込み、自分でもやろうとして必死で実装した。結果、QuickDrawという描画エンジンを発明して、今の重なるウィンドウUIの基礎を作った。後で本人が言うには、「あれ、実はゼロックスでは重なって見えなかったんだよね。重なるウィンドウは技術的に不可能だと知ってたら、絶対挑戦しなかった」って。
13. 名無しのReddit住民(>>12への返信)
ゼロックスのエンジニアがApple Lisaのデモを見て「マジで重なってる!」って衝撃を受けたってエピソード好き。本家が「無理」って諦めてた問題を、勘違いした他社が解いてしまった。技術史でこういうの結構ある。
14. 名無しのReddit住民
ニュートンが惑星の楕円軌道を説明するために、必要な数学が存在しないことに気づいて「じゃあ作るか」と微積分を発明した話。普通の人間が「資料が足りない」って言うレベルの問題を、彼は「分野ごと足りない」って結論にした。
15. 名無しのReddit住民(>>14への返信)
大学の物理の最初の授業で、誰かが問題が難しいって文句言ってたんだけど、教授が「ニュートンは君らと同じ年齢で、これを解くために微積分そのものを発明したんだ。だから黙って解け」って言ってきて、教室がシーンとなった思い出。16. 名無しのReddit住民(>>14への返信)
そのあと26歳になっちゃうんだよなぁ……(科学番組のお決まりナレーション風に)
17. 名無しのReddit住民
イグナーツ・ゼンメルワイスを忘れちゃいけない。19世紀半ば、彼は「医者が手を洗えば妊婦の死亡率が劇的に下がる」と気づいた。理由は分からなかった。細菌の存在もウイルスの概念もない時代だ。彼は同僚から猛烈に嘲笑され、最終的に精神病院に放り込まれ、そこで暴行を受けて感染症で死んだ。彼が正しかったと証明されたのはパスツールが出てきてから。※ ゼンメルワイス:「ゼンメルワイス反射」という用語の語源にもなった人物。新しい証拠を反射的に拒絶する人間の習性を指す心理学用語。
18. 名無しのReddit住民(>>17への返信)
当時の医者は「白衣が汚れてるほど経験豊富で偉い」って価値観だったらしいよ。解剖室から手も洗わずにそのまま分娩室に行ってた。ゼンメルワイスは今でいうクレーマー医師扱いだったわけだ。19. 名無しのReddit住民(>>17への返信)
元消防士だけど、いまだに「ヘルメットがボロボロで煤だらけのほうがカッコいい」って言って洗わない奴がいる。そういう連中はだいたい50代で癌で亡くなる。煤って発がん物質の塊なのに。歴史は繰り返す。
20. 名無しのReddit住民
1952年のヘルシンキ五輪、エミール・ザトペックは5000mと10000mで金を取ったあと、調子に乗って「マラソンも出るわ」と言い出した。それまで一度も走ったことのない種目。スタート後、世界記録保持者の隣について「このペースで合ってる?」と聞いたら、相手が「いや、遅いくらいだ」と嘘をついた(消耗させる気だった)。ザトペックは素直に信じて加速し、そのまま五輪記録で優勝した。長距離3冠は今のところ彼だけ。
21. 名無しのReddit住民(>>20への返信)
相手のランナーが「もっと飛ばせ」って嘘ついたのは伝説。完全にバテさせる作戦だったのに、本人が嘘の方を本気にして本当に飛ばし切っちゃう。フィクションでもなかなか書けない展開。
22. 名無しのReddit住民
ベルタ・ベンツも忘れないでほしい。夫のカール・ベンツが自動車を発明したけど、本人は「長距離はまだ無理」と腰が引けてた。妻のベルタはある朝、夫に何も言わず子供2人を乗せて勝手に106km走った。途中で燃料パイプが詰まったら帽子のピンで掃除し、ブレーキが効かなくなったら靴屋に革を貼らせた(これが世界初のブレーキパッド)。坂道では息子に押させた。到着後、改善点をまとめて夫に電報を打った。世界初の長距離自動車旅行は、夫が止めた女が独断でやり遂げた。※ ベルタ・ベンツの走行:1888年8月、ドイツ・マンハイムからプフォルツハイムまで。当時は給油所もないので途中の薬局でナフサ(揮発油)を買って継ぎ足した。
23. 名無しのReddit住民(>>22への返信)
靴下留めゴムを電気の絶縁体に流用したエピソードもあるよね。あの時代の女性、装備のMacGyver率が高すぎる。
24. 名無しのReddit住民
WWII末期、パットン将軍に「トリーア攻略には4個師団必要だから迂回しろ」と命令が届いた。彼の返事はこれだけ:「2個師団でトリーアを取った。返した方がいいか?」。軍事史で一番カッコいい電報って言われてる。※ パットン将軍:第二次大戦の米陸軍指揮官ジョージ・パットン。性格の強さと型破りな戦術で知られ、しばしばハリウッド映画の題材になる。
25. 名無しのReddit住民(>>24への返信)
同じ系統で、米海軍のアーレイ・バーク提督が自分の艦隊を日本軍の機雷原にうっかり突っ込ませた時、本部から「お前何やってんだ」と聞かれて一言「31ノット」とだけ返した話もある。それからずっと「31ノット・バーク」ってあだ名で呼ばれた。
26. 名無しのReddit住民
1972年のアンデス山脈墜落事故、生存者2人が救援を呼びに歩いた話。あの距離と地形、プロの登山家でも無装備じゃ絶対やらない。墜落前に機長が「もう少しでアンデスを抜けるところだった」と言い残してたから、彼らは「山一つ越えれば人里」と信じて出発した。実際は山脈の奥深くで、目の前にはどこまでも山が続いてた。それでも諦めずに何週間も歩き続けて、ついに人に会った。※ アンデス山脈墜落事故:ウルグアイ空軍機571便。映画『生きてこそ』の題材になった。生存のため亡くなった仲間の遺体を食べたことで知られるが、最も衝撃的なのはむしろ最後の踏破劇のほう。
27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
食人の話ばかり有名になっちゃってるけど、本当にすごいのは「ここを越えれば助かる」って嘘を信じてしまった2人が、それでも歩き切ったところだよね。希望って時々、事実より強い。
28. 名無しのReddit住民
ベル研究所のペンジアスとウィルソン。アンテナのノイズの正体が分からなくて、原因を探して鳩のフンまで掃除した(あのホーン型アンテナの中、鳩が住んでた)。それでもノイズが消えなくて困ってたら、近くの大学のグループが「ビッグバンの残光ってこういう電波で見えるはず」と理論的に予言してるところだった。たまたま2チームが会って話したら一発で繋がって、人類は宇宙の起源の証拠を手にした。ノーベル賞。鳩のフン掃除から始まった。
29. 名無しのReddit住民(>>28への返信)
「ビッグバンの決定的証拠」って呼ばれる発見が、最初は「アンテナに鳩がフンしてんじゃない?」って疑いから始まったの、科学の現場感ありすぎて好きすぎる。
30. 名無しのReddit住民
グレース・ホッパー海軍少将。1954年、彼女は「コンピューターは英語の命令を理解できるべきだ。数字だけじゃ駄目だ」と言い出した。当時、世界中のエンジニアが3年間「無理に決まってる」と笑った。彼女はそれを無視して史上初のコンパイラを作り、COBOLという言語を生み出した(今でも銀行・保険・航空業界の基幹システムを支えてる)。ちなみに彼女、海軍に入ったのは38歳。それまでは「ただの数学者」。※ グレース・ホッパー:プログラムの不具合を「バグ(虫)」と呼ぶ語源を作った人物としても有名。実際に機械に虫が挟まっていた事件を報告書に残している。
まとめ
並べてみると、共通項が見えてくる。一つは「権威ある人が無理と言った瞬間に閉じる扉」を、知らずに通り抜けてしまった人たちが歴史を進めてきたということ。もう一つは、無知だけじゃ足りなくて、その先に必ず狂気じみた執念があるということ。山を彫った22年、エンジンを限界まで回した一晩、息子を乗せて押した坂道——彼らは「できる」と思ったから動いたんじゃなくて、「やらない自分が許せなかった」から動いた。読みながらふと、自分が今「無理」と決めつけて手を出してない何かがあるんじゃないかと考えてしまった。皆さんは、後から「知らなくてよかった」と思える挑戦をしたことがありますか?

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