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【背筋が凍る】外国人の「あと数分遅れてたら死んでた」体験談が壮絶すぎる|海外の反応

【背筋が凍る】外国人の「あと数分遅れてたら死んでた」体験談が壮絶すぎる|海外の反応 その他

「ギリギリで脱出した経験を教えて」――元ネタはベトナム戦争の「最後のヘリに乗った」という表現だが、寄せられたのは9.11、COVID、大規模火災、飛行機事故、津波など、あと数分遅れていたら人生が終わっていたかもしれない体験談の数々。運命を分けた「あの瞬間」を振り返るスレッドです。

元スレッド:r/AskRedditより

海外の反応

1. 名無しのReddit住民
2001年9月10日、予定を1日前倒しにしてニューヨークから朝8時のフライトに乗った。翌日何が起きたかは言わなくてもわかるよね。

2. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
うちの父はアメリカのパイロットで、ボストン発ロサンゼルス行きのフライトを2週間前にシフト交換してた。あのルートだよ。

3. 名無しのReddit住民(>>1への返信)
祖母は毎週火曜日に友人たちとワールドトレードセンターで朝食会をしてた。でもその週は友人の一人が火曜に病院の予約があったから、月曜に変更したんだ。あの病院の予約がなければ、祖母は96歳まで生きられなかった。

4. 名無しのReddit住民
2004年、覚醒剤をやめるためにフェニックスを離れて地元コネチカットのホームレスシェルターに入った。俺が去った直後、フェニックスの仲間がほぼ全員逮捕されて実刑くらった。みんな俺が密告したと思ってて、もうフェニックスには戻れない。でも今年の6月でクリーン22年になる。信じられないくらいラッキーだった。

5. 名無しのReddit住民(>>4への返信)
覚醒剤は悪魔だよ。自分自身も、愛するものも全部壊して、それでもまた手を出したくなる。22年クリーンを続けてるのは、多くの人が負ける戦いに勝ち続けてるってこと。本当にすごいと思う。

6. 名無しのReddit住民
家族旅行でカリフォルニアをドライブしてたら、バックミラーに煙が見えた。「ギリギリ通り抜けたな」と思って途中の博物館に寄った。1時間くらい見て回ってたら突然サイレンが鳴って、スタッフが飛び込んできて「今すぐ出ろ!」って。外に出たら、博物館の目の前の山が燃え盛ってた。熱風が顔に吹きつけてくる。警察が時速160kmで先導してくれて、なんとか脱出した。後で知ったんだけど、俺たちの車が博物館に着く前に高速は封鎖されてて、初回の避難点検では博物館は確認されてなかった。たまたまベテランの消防隊員が最終確認に来て、駐車場の車に気づいてくれたんだ。あと5分遅かったら車は焼けて身動き取れなくなってた。

7. 名無しのReddit住民(>>6への返信)
山火事の速さを知ってると、最悪のシナリオは車で逃げ遅れることだってわかる。木が道路越しに引火する映像を見たことあるけど、本当に一瞬で地獄になる。

8. 名無しのReddit住民
祖父は第二次大戦中、シンガポール陥落で日本軍に捕虜にされた。ある日、全員整列させられて数えられたんだけど、祖父の一人前で「はい、ここまでのやつはあっち。残りはここにいろ」って分けられた。後で知ったんだけど、「あっち」に送られた人たちは泰緬鉄道の建設に送られた。過酷な環境で多くの捕虜が命を落とした場所だよ。

※ 泰緬鉄道(たいめんてつどう):第二次大戦中に日本軍がタイとビルマ間に建設した鉄道。過酷な労働環境から「死の鉄道」とも呼ばれ、約1万2千人の連合軍捕虜が命を落とした。映画『戦場にかける橋』の題材としても知られる。

9. 名無しのReddit住民
父が出張に行ったんだけど、うまくいかなくて半日早い便に変更して帰ってきた。携帯がない時代だから連絡なし。父が本来乗るはずだった便は、生存者ゼロの墜落事故を起こした。その事故のニュースを見てから20分後に、父が玄関のドアを開けて「どうした?」って入ってきた。母が泣きながら走って抱きついたのを覚えてる。正直、あの瞬間が両親の仲が良かった最後の記憶だ。

10. 名無しのReddit住民
パリでコンサートを探してたとき、近くの劇場でイーグルス・オブ・デス・メタルってバンドが演奏してるのを見つけた。「なんだその名前、ダサいな」と思ってチケットを買わなかった。

※ 2015年11月、パリのバタクラン劇場でイーグルス・オブ・デス・メタルのコンサート中にテロ攻撃が発生し、90人が犠牲になった。

11. 名無しのReddit住民(>>10への返信)
バンド名のダサさに命を救われるとか、人生何が幸いするかわからないな。

12. 名無しのReddit住民
コロナ前に卒業できた。たったこれだけのことが、人生で一番のギリギリセーフだったと本気で思ってる。就活もまともにできた最後の世代だし、卒業式も普通にやれた。

13. 名無しのReddit住民(>>12への返信)
マジで羨ましい。俺はコロナど真ん中世代で、卒業してから2年間ずっと無職地獄だった。タイミングだけで人生変わるの、つくづく理不尽だよ。

14. 名無しのReddit住民
2019年に住宅ローンの借り換えをした。金利が底値のタイミングで。今の金利を見ると、あのとき動いた自分を褒めたい。

15. 名無しのReddit住民(>>14への返信)
うちは2019年の夏に家を買って、その冬から軽くプレッパーにハマった。パントリーを深くして、冷凍庫を2台買って肉を詰め込んで、家庭菜園を始めた。2020年1月に自己免疫疾患と診断されて、消毒用品やマスクも大量に買い込んだ。2月末にはトイレットペーパーと小麦粉と米を補充したばかりだった。会社には持病を伝えてあったから、ロックダウンの1週間前に上司が「荷物まとめて今日帰れ。クビじゃない。食料とガソリン買って、自宅にオフィスを作れ」って言ってくれた。一生分の運を一気に使い切った気がする。

16. 名無しのReddit住民
椎間板が2つ破裂して脊髄を圧迫してて、緊急ではないけど早急に手術が必要だった。2020年2月の予定が保険の承認問題で延期になり、結局3月19日に決まった。16日に病院から「明日からCOVIDで手術全面停止だけど、あなたは最も合併症リスクが高いから明日ねじ込む」って電話が来た。手術を受けて翌日退院、ロックダウンの最初の数週間を脊椎手術からの回復に充てた。あれがなかったら、さらに4〜6ヶ月手術できなかったと思う。

17. 名無しのReddit住民
友人がタイのカオラックにあるマジックラグーンというリゾートに滞在してたんだけど、クリスマスに間に合うように12月23日にイギリスに帰った。ボクシングデーの12月26日、インド洋大地震が起きて大津波が襲った。カオラックだけで推定4500人が亡くなり、マジックラグーンの宿泊客も数百人が犠牲になった。2日の差だった。

※ 2004年のスマトラ島沖地震による津波。カオラックはプーケット北方のリゾート地で、タイ国内で最も甚大な被害を受けた地域の一つ。

18. 名無しのReddit住民
1991年にロシアに旅行に行った。木曜日に帰国して、次の月曜にモスクワに戦車が入った。ソ連崩壊の瞬間だった。数日ずれてたら、外国人旅行者として混乱の真っ只中にいたことになる。

19. 名無しのReddit住民
9.11のグランドセントラル駅から出た最後の電車に乗った。あの後すべてが止まった。

20. 名無しのReddit住民
ビーチから車で帰る途中、友達の車より数分先を走ってた。その数分の間に土砂崩れが起きてハイウェイが塞がれた。友達は「後ろで木が折れる音が聞こえた」って今でも言うけど、俺たちには何も聞こえなかった。

21. 名無しのReddit住民
2013年のボストンマラソンのゴール地点で友達の応援をする予定だったけど、代わりにメキシコにスペイン語留学に行った。あの爆弾テロのニュースを教室のテレビで見た。

※ 2013年ボストンマラソン爆弾テロ:ゴール付近で爆弾2つが爆発し、3人が死亡、260人以上が負傷した事件。

22. 名無しのReddit住民(>>21への返信)
俺はマラソンのゴール地点で待ってたんだけど、トイレに行きたくなってその場を離れた。10分後に爆発音と悲鳴が聞こえた。トイレに行きたくなった膀胱に感謝してる。

23. 名無しのReddit住民
1997年2月23日、エンパイアステートビルの展望台にいた。エレベーターのドアが開いた瞬間に銃撃が始まった。妻を降りてくる人の中に押し込んで、一緒にエレベーターに飛び乗ってロビーのボタンを押した。文字通り弾丸を避けた。ただ、その後ライバルTV局のインタビューに答えたせいでクビになった。WBで働いてるのにFoxに出たらダメだったらしい。

※ 1997年のエンパイアステートビル銃撃事件:パレスチナ人の男が展望台で銃を乱射し、1人が死亡、6人が負傷した事件。

24. 名無しのReddit住民
2017年に映画館にいたんだけど、映画がつまらなくて途中で出た。その後、映画館で火災が起きて、70人中約40人が出口を塞がれて亡くなった。退屈さに命を救われた。

25. 名無しのReddit住民
Woodstock ’99の最後、背後で火が燃え上がる中を脱出した。あのフェスは最初から最後までカオスだったけど、最終日の暴動と火災は本当にヤバかった。

※ Woodstock ’99:1999年開催の音楽フェス。猛暑・高額な飲食・劣悪な衛生環境が引き金となり、最終日に暴動・放火・略奪が発生。伝説的な音楽フェスの名を汚す事件として語り継がれている。

26. 名無しのReddit住民
母が人道支援ミッションに行く予定だった父を「娘の卒業式に出ろ」って猛反対して止めた。父の代わりにそのミッションに参加した女性は、若い母親で、少し一人の時間が欲しかったらしい。飛行機が墜落して、ほぼ全員が亡くなった。彼女も含めて。母の怒りが父の命を救った。

27. 名無しのReddit住民(>>26への返信)
これ読んで鳥肌立った。お母さんの直感というか、執念が文字通り命を救ったんだな。でも代わりに行った女性のことを思うとやりきれない。

28. 名無しのReddit住民
中学の居残りで1時間遅いバスに乗ることになった。南東LAから西LAまで各停で止まるバス。そしたらそのルートが、LA暴動の発生地点のすぐそばを通るタイミングだった。もし通常のバスに乗ってたら、怒った群衆のど真ん中で立ち往生してた。居残りに感謝するとは思わなかった。

※ 1992年のロサンゼルス暴動:ロドニー・キング事件の無罪評決をきっかけに発生した大規模暴動。6日間で63人が死亡、2000人以上が負傷した。

29. 名無しのReddit住民
2020年1月23日、深圳で目が覚めたら武漢がロックダウンされてた。出張中だったけど、即座に切り上げて香港に出た。あと1日遅れてたら、どうなってたかわからない。中国の初期のロックダウンは本当に厳しかったから。

30. 名無しのReddit住民
レイバーデーにキャンプに行って、月曜の昼に帰った。月曜の午後3時にはキャンプ場が山火事で閉鎖・全員避難。火曜の朝にはキャンプ場そのものが燃えてた。3時間の差で焼け出される側になるところだった。あのとき「もう1泊しよう」って言いかけたのを嫁に止められたことに今でも感謝してる。

まとめ

9.11、COVID、津波、テロ、山火事――集まったエピソードは、歴史に残る大事件の「ギリギリ外側」にいた人々の証言でした。共通しているのは、予定変更や些細な遅刻、誰かの直感といった小さな偶然が生死を分けていること。特にCOVID関連の「卒業」「住宅購入」「借り換え」のタイミングが人生を大きく左右したという声が多く、パンデミックが世代単位で運命を分けた出来事だったことが改めて浮き彫りになりました。飛行機事故で父親が玄関に帰ってきた瞬間や、津波の2日前にリゾートを去った話など、読んでいてゾッとするエピソードばかりです。皆さんにも「あの日、あと少し遅れていたら」という体験はありますか?

コメント

  1. Reddit名無しさん より:

    泰緬鉄道なんか出すからお里が知れちゃったw